1-20 魔獣討伐後のギルドにて
「ほんっとーにありがとうございました!」
あの後バスに乗ってバウンサーズギルドへと帰還したレンとエファの二人は、バスの運転手から説明を聞いたミナから深々と頭を下げられた。
「お二人のおかげでたくさんの人の命が救われました! 本当になんとお礼を申し上げればいいか!」
「い、いや、お礼ならバスの乗客達からも十分すぎるくらいされたし、これくらいのことは当たり前だからそんなに頭を下げないでくれ」
「いーえ! 本来ならばバウンサーの仕事であった民間人の保護を危険な目に遭ってまで成し遂げてくれたんです! 何度でも頭を下げさせてください! なんなら地面に頭をつける勢いです!」
「それはやめてくれこっちが恥ずかしいから!」
本当に土下座しかねない勢いのミナをレンは必至に止める。
「でも本当にすごいですお二人とも! まさかたった二人であの『ライオテイル』を仕留めてしまうなんて!」
「ライオテイル?」
「はい、お二人が討伐した大型魔獣の名称です! 一流のバウンサーでもかなり手古摺るような相手なんですよ!?」
そんな大物だったのか、とレンは今更にして思う。
確かにあんな大型の魔獣が人間の生活圏である街道に出てくることはおかしいと思っていたし、以前レンがこの島で戦ったことのある魔獣とは比にならないような巨大さだったが、あのような巨大魔獣が出現することはリンクラインではままあることなのかもしれないと考えていた。しかし、ミナの言い分では魔獣の出没頻度はレンの故郷とそう変わらなそうである。
「それにしても、どうしてそのライオテイルが街道に現れたのでしょうか。最近は魔獣の出没頻度が増えていますし、それと関係あるのでしょうか?」
ぶつぶつと顎に手を当てながら呟くミナ。
なんにせよここで考えていたところで答えの出ない疑問だ。あるいは偶然の可能性だってあるわけで、レンは深く考えないようにする。
「とりあえず被害者が出なくて何よりだよ。また同じようなことがあるかもしれないし、どうしてもって時は俺達を呼んでくれ。喜んで手を貸すよ」
「本当ですか!? レンさんみたいな強い人が手を貸してくれるなんて心強いです! というかいっそバウンサーズギルドに入門しませんか!? レンさんなら一人前のバウンサーになれますよ!!」
「い、いや、俺には学園で学ばなきゃならないことがあるから。悪いけど遠慮させてもらうよ」
「そうなんですか? それじゃあエファさんはどうですか!?」
勧誘の対象がエファに変わり、二人してエファに視線を向ける。
しかし彼女は自分に声を掛けられたことに気付いていないようで、ずっと俯いて考え事をしていた。
「エファさん?」
もう一度名前を呼ばれて、エファははっと顔を上げる。
「え、えっと、何?」
「いえ、ですからバウンサーになりませんかと」
「私が? ふふ、魅力的な提案だけど遠慮させてもらうわ。将来的には家業を継ごうと思っているから」
「そうですか、お二人ともこれ以上ない逸材なのに、ほんっとーに残念です! でももし気が変わったらいつでも言ってくださいね!」
ふんすふんすと興奮気味に言うミナ。どうやらまだ勧誘を諦めていない様子である。
「私もお二人はバウンサーに向いていると思いますよ」
と、横から口を挟んだのは例の襲われたバスの運転手だ。事情聴取のためにギルドまで来た後、今日の仕事はあの便で終わりだったということもあって、バウンサーズギルドに謝礼金を支払う手続きをしていたらしい。
レンとエファが代行したとはいえ、今回の一件は正式にバウンサーズギルドへの依頼ということになった。レンとして今回の一件はボランティアのようなもののつもりだったので、謝礼やら何やらとあまり細かいことは気にしないでほしかったのだが、バス運営会社の経営上の問題で風評被害がどうこうといった事情があるので、必要な手続きなのだという。
謝礼金の何割かはレン達に受け取ってほしいとミナに言われたのだが、それは丁重にお断りした。今回はレンとエファが勝手に行動しただけの話だし、もしバウンサーズギルドと関わりがない場所で事故の話を耳にしていても、やはり同じように助けに駆け付けたはずだ。謝礼金をもらう気など毛頭なかったし、学生の身分で金銭に関わる受け渡しに関わるのはかなり躊躇われる。
そう話をしたところものすごく残念そうにしていたバス運転手の男性は、改めて頭を下げた。
「今回は本当にありがとうございました、お二人が駆けつけてくれていなかったら、今頃どうなっていたことか」
「本当に気にしないでください、自分達が勝手にやったことですから」
「そういうわけにはいきません、このお礼はいずれ必ず。おっと、すみませんがそろそろバス会社の方にも連絡しに戻らなくては。それでは相浦さん、今回は本当にお世話になりました」
「いえいえ、また何かお困りごとがありましたら当ギルドにお越しくださいね!」
運転手の男性はぺこりともう一度頭を下げると、そのままギルドから立ち去る。
その男と入れ替わるように、一人の女性がこちらに向かって歩いてきた。明らかにこちらを見ている。
こちらというよりは、彼女が見ているのはエファだった。
赤紫の髪に、黄赤色の瞳。少しキツめのその瞳は、どこか決闘を申し込んできた時のエファを彷彿とさせる。
ずんずんと進んできた彼女は、やがてエファの前まで来て止まる。
「エファお嬢様、このようなところで一体何をされているのですか?」
「り、リーナ」
エファがリーナと呼んだその女性は、おおよそ一般人という雰囲気ではなかった。
怒りというよりも厳しさをその瞳に湛え、エファはその瞳の前に少し委縮してしまっている。まるで軽いいたずらがバレて親に怒られる子供のような。
「あれほど時間までに寮にお戻りくださいと言い付けましたのに、どうしてこんな時間まで街を歩き回っているのですか?」
「こんな時間って、まだ時間が過ぎてから三十分しか経ってないじゃない。というかあなた、たった三十分でどうやって私のことを探し出したのよ」
「ヒルデブランド家の従者を甘くみないでくださいませ、主人の居場所など五分もあれば探し出せます」
「さすがに怖いんですけど……」
話についていけず、どういうことだと立ち尽くすレンに、エファは困ったような笑顔を向ける。
「ごめんなさいね、この人、私の従者なの。時間になっても帰ってこないから迎えに来てくれたみたい」
「ああ、そうなのか」
流石はヒルデブランドのお嬢様というべきか、きちんと従者がいるらしい。
レアード学園に通う貴族生徒には彼女のように従者付きが多い。レンにもかなり癖の強いあのメイドがいるくらいなのだから、エファに従者がいたところでそれほど驚きはしない。
レンが従者の方を見ると、ちょうど目が合ったので軽く会釈をする。それに応えることなく、従者の女性は厳しい目つきをさらにキツくした。
「なるほど、貴方が噂のレン様ですか」
ズイっと従者の女性がレンに顔を寄せる。その距離がかなり近かったので、レンは思わず一歩退いた。
「ふん、どうやら少しは腕が立つようですが、大したことありませんわね」
女性はレンから顔を離し、仁王立ちになる。
「わたくし、エファお嬢様の従者をさせていただいております『リーナ・エニスタ』と申します。以後、お見知りおきを」
「こ、これはご丁寧に。俺のことはご存知のようですが、改めて、レンです。エファさんとは学友として仲良くさせていただいてます」
「誰が学友よ、誰が」
エファの抗議はともかく、リーナは特に何かをレンに言うでもなく、眼中にないとでも言わんばかりに視線を逸らし、エファの方へと戻した。
「ともかくお嬢様、このような得体の知れない輩とこのような時間まで出歩かれては困ります。わたくし共はお嬢様の自由を尊重して単独行動を許しておりますが、本来であれば奥様からお嬢様のことを託されているのです。万が一のことが起きないよう、約束は守っていただかないと困ります」
「わかっているわ、今日はちょっと緊急事態が発生しただけ。今後は守るようにするから、許してリーナ」
辟易とした様子のエファは、ぷらぷらと手を振って軽くリーナをあしらう。反省はまったくしていない様子だ。
もっともエファの言いたいこともわかる。エファとて一人の実力者なのだから、護衛は必要ない。門限なく自由に行動することくらい許してほしいといったところだろう。だが、自分の親の命を受けた従者から言いつけられたことなのだから、多少なりとも強制力はあるはずだ。
不憫ではあるが、それはエファの家庭の事情というものだ。レンが口出しできることではない。
「今回だけは不問といたしますが、次からはお気をつけてください。それでは、寄り道などしないように真っ直ぐ寮まで帰ってきてくださいませ」
「わかってるわ、もう用事も済んだし、少ししたら帰るつもりだから。あなたは先に帰ってなさい」
「かしこまりました。お気をつけてお戻りください、エファお嬢様」
そう言って、リーナは一礼をしてから去っていく。
なんというか過激な従者だったなぁと思ったレンだったが、思えば彼の従者も別方向に過激である。あるいは、この世界の従者というのはどこか過激なものなのかもしれない。
「ごめんなさいね、少し騒がせてしまったみたい」
「いいえぇ、それよりもエファさんの方こそ大丈夫なのですか?」
「大丈夫よ、いつものことだから」
心配するミナに、にこりと微笑んで気丈に振る舞うエファ。その様子はいつもに比べれば多少元気がないようにも見えたが、単に門限という制度にうんざりしているだけといった様子だ。思ったよりもエファの事情が深刻ではなさそうで、レンは少しほっとする。
「それじゃあ、口うるさい従者が待っていることだし、この辺で失礼させてもらうわ。今日はいろいろとありがとうね、ミナ」
「お礼を言うのはこちらの方ですよぉ! 本当に今日はありがとうございました!」
「ふふ、それじゃあ」
「ミナ、また何かあったらよろしくな」
元気いっぱいに手を振って見送ってくれるミナに手を振り返しながら、レン達はギルドの門から外に出る。




