1-12 お使いイベント発生
時は流れて再び放課後、ホームルームが終わった一年A組は「起立、礼」のお決まりの儀式を済ませていた。
長かった授業時間から解放され、一息をついたレンが帰りの準備をしていると、今まさに教室を出ようとしていたエイゼルが思い出したかのように立ち止まった。
「そうそう、レン君にヒルデブランドさん、ちょっと頼みたいことがあるので後で職員室に来てもらえますか?」
昨日に続いてまたも呼び出しをくらったレン。しかし今日は何故かエファも一緒である。
きょとんとするエファを横目にレンは「はい、わかりました」と返事をする。
エイゼルが立ち去り、教室の中に喧騒が満ちる。そんな中、ケイスが当たり前のようにレンの横にやってきていた。
「なんだお前、また呼び出しかよ。今度は何やらかしたんだ?」
「頼み事があると言っていたからお小言じゃないと思うんだけどな。それに、今日はエファも一緒だ」
二人してエファに視線を移すと、彼女はこちらを睨んでいた。
「どうしてあなたと一緒なの?」
「そんなこと俺に言われても。とりあえず職員室に行けばわかるんじゃないか?」
言ったところで納得できないという顔をしていたエファだったが、呼び出されたものは仕方がない。諦めたように荷物をまとめると席を立って歩き出す。
呆けたようにその様子を見ていると、教室の出口あたりでエファが立ち止まった。
「何してるの、早く行くわよ」
「あ、ああ、そうだな」
てっきり先に行ってしまうものだと思っていたレンだったが、どうやら一緒に行ってくれるらしい。急いで荷物をまとめると、慌てて席から立ち上がる。
「それじゃあケイス、また明日」
「ああ、よくわからんが頑張れよ~」
ケイスと別れ、レンは教室を出る。待っていたエファと合流し、足並みを揃えて廊下を歩く。
レン達の所属する一年A組から職員室まではそれなりに距離がある。まず生徒達が主に授業を受ける本校舎、その一階にあるのが一年の教室。職員室があるのはそこから一階の渡り廊下を通った先にある特別棟だ。
終始無言で歩いていた二人は、数分かけて職員室の前にたどり着く。
昨日も呼び出されていたこともあってか、エファよりも少しだけ手馴れていたレンが自然と前に出て職員室の扉をノックすると、失礼しますと一声かけてから入室する。
少し歩いてからエイゼルの事務机の方を見ると、手招きをしている担任教師の姿が見えたのでおとなしくそれに従う。
「よく来てくれましたね、二人とも」
柔和な笑顔で迎えたエイゼルは、次に「ふーむ」と何かに関心したかのように唸る。
「それにしてもレン君、ヒルデブランドさんは今日から登校を始めたはずなのですが、ずいぶんと仲良くなるのが早いですねぇ」
「別に仲が良いわけではないです」
すかさずエファが否定に入り、レンが苦笑する。レンとしてはもうエファとは友人関係のつもりなのだが。
「それでマストウェイ教官、私達が呼び出されたのはどういった用件なのでしょうか?」
レンとの仲をあれこれ聞かれるのを嫌ったのか、エファがさっさと話を先に進めようとする。
どうやらエイゼルはエファの思っていた通り二人の関係を根掘り葉掘り聞くつもりだったのだろう、少し残念そうに肩を落としたが、すぐに普段通りの表情に戻った。
「ええ、少し二人に頼み事がありましてね、かなり長いこと時間を取ることになりますが、この後予定はありますか?」
「俺はありませんが」
「私もありません」
強いて言うならレンは放課後に剣の鍛錬に励むつもりだったが、エイゼルから頼み事があるとなればそちらを優先してしまっても構わないといった具合だ。反応を見るに、エファも同じようなものだろう。
「そうですか、それは良かった。では……」
前置きし、エイゼルは綺麗に片付いている自身の事務机に置いてあった封筒を手に取る。
二つある封筒を差し出されたので、訝しみながらもレンがそれを受け取った。
「これは一体何でしょう?」
「報告書、のようなものです。ああ、一応は機密書類という扱いなので中は見ないでくださいね」
封筒にはきちんと糊で封がされており、破かない限りは中身を見ることもできそうにない。しかし機密書類という割にはそれほど丁寧な扱いがされているわけでもなさそうで、その重要度合いはかなり軽いもののようだ。
「お二人にはその二つの書類をそれぞれ島の機関に届けてもらいたいのです」
「二つの機関、ですか?」
「はい、一つはリンクライン鉄道中央管制塔、もう一つは用心棒ギルドリンクライン島支部です」
レンにとっては二つとも聞き覚えのない名だった。しかしエファはそうでもないようで、訝しむような顔をしている。
「どうしてレアードから管制塔とギルドに書類を送るんですか? とても繋がりがあるようには思えないのですが」
「そんなことはありません、レアード学園はリンクライン島でこの二つの施設と並ぶくらいの要所。故に我々は常に連絡を取り合い、連携を密にしているのです」
言っていることの大半はレンにはわからなかったが、どうやらこの二つの書類はかなり重要な機関に届けなければならないものらしい。
もう一度、手に持つ封筒を見てみると、二つとも普通の小さな封筒だ。厚さもほとんどなく、おそらく中に入っているのは折りたたまれた紙が一枚といったところだろう。
つまり、ここまでの話を要約すると、レン達は配達を頼まれたということになる。
「届けるのは構いませんが、どうして俺達なんでしょうか?」
それこそ、学生に頼むくらいなら配達の業者に頼めばいい。仮に業者に頼むことができないほど重要な書類であるのなら、学生になど預けないはずだ。それにレンにとっては人選の意味も不明だ。先程エイゼルは今日から登校してきたエファとレンの関係がある程度良好であることに驚いていた。しかし二人が呼び出されたのはエイゼルがそのことを知るよりも前の話だ。
入学前からのエファとレンの接点はほぼゼロに等しい。あえてあるとすれば二人が剣の道を志している者であるというぐらいだが、A組なら他にも同じような者がいるはずだ。
なにより、A組には委員長というクラスの代表のような存在がいる。普通こういう担任教師の仕事を頼むのなら、委員長に頼むのが筋というものらしいのだが、それがどうしてレンとエファなのか。
「簡単な話ですよレン君、キミはまだこの島の―――世界の情報に疎いでしょう。実際、この書類を届けてもらう二つの施設についても知らないようですね」
「嘘でしょう、レン、あなたこの島で生活していくなら中管とギルドの二つは知っておかないとまずいわよ」
そういうものなのか、とレンは事態を少しだけ重く受け止める。
実感は湧かないが、片方の「リンクライン鉄道中央管制塔」は名前でなんとなくどんな施設なのかは予想できる。おそらく、世界を繋ぐかの鉄道に関連する施設なのだろう。となればかなり重要な施設であるに違いない。
「そういうわけで、レン君にはこの島に慣れてもらうためにいろいろな場所に行っておくべきだと思ったのですよ」
「教官、それ私関係なくないですか?」
「ああ、エファさんのは補習みたいなものです。正当な理由もなくこの一週間休んでいたのですから、罰くらいは受けてもらわないと」
つまりエファはこの一週間学校をサボっていたらしい。生真面目な性格をしている彼女がサボりなどという行為に及ぶことは意外だったが、まぁそういうこともあるだろうとレンは納得しておく。
当のエファも理由なく学校を休んでいたことは認めているようで、反論もできずに押し黙ってしまった。
「なんにせよ、お二人とも暇なんでしょう。これくらいの雑事は引き受けてくれませんか?」
「教官、やっぱり単に自分で行くのが面倒なだけなのでは?」
そんなわけないじゃないですかあっはっはーと笑うエイゼルだったが、多分図星だろう。口の端が引きつっている。
とはいえ、エイゼルの言う通り暇なのは事実なわけで、この依頼を断る理由も特にない。
「わかりました、この依頼、引き受けさせてもらいます」
「本当ですか、いやぁ助かります」
「ですが教官、あんまり生徒に雑事をさせていると学長に怒られますよ」
レンの指摘に、エイゼルの笑顔が引き攣る。なぜなら、彼の後ろで学長である老獪の男性が彼のことをじとーっと睨みつけていたからだ。
「それじゃあ教官、失礼します。行こう、エファ」
「え、ええ」
促されてからぺこりと頭を下げ、エファはレンの後に続いて職員室から退室する。
扉を閉めたところで他の生徒の通行の邪魔にならないように廊下の端に寄り、改めて二つの封筒を取り出した。
「さて、それじゃあ行くとするか。といっても俺はどちらの施設も場所を知らないんだが、どっちから行くべきなんだ?」
「ここから近いのは中央管制塔の方かしらね。順当にそちらから回って行きましょう」
「了解、すまないが案内は任せるよ」
「任せておいて」
こうして二人は二つの封筒をそれぞれの場所に届けるために、リンクライン島の中央街へと向けて歩き出した。
ちなみに、自分の担当するクラスの生徒に仕事を押し付けた教官は、この後こってりと学長に絞られたという。




