1-11 予想内のクラスメイト
一夜明けて4月14日。今日もリンクライン島は快晴だ。
朝からまたお騒がせメイドと一悶着あったわけだがいつものことなので省略し、レンは昨日と同じようにケイスと共にレアード学園に登校した。
「へぇ、そりゃまたなんつーか、お前もつくづく厄介事に巻き込まれる体質だよなぁ」
通学路で先日の決闘の件についてしつこく聞かれたので、レンはいろいろと省きはしたがおおまかな説明をケイスにした。それに対する彼の反応がこれというわけだ。
ケイスの話によると、放課後には第三体育館に多くの生徒が集まっていたらしい。朝の通学路であれほど堂々と果たし状を突きつけられたのだ、噂が広まるのも当然といえば当然だが、この学園には物好きな生徒が多いらしくギャラリーの数はそれなりだったらしい。ちなみにケイスもその中の一人だ。しかし、レンがなかなか現れなかったためにギャラリーの数は次第に減っていき、待ち人が第三体育館に着いた頃には誰もいなくなっていたというわけらしい。
そのことについてケイスは若干腹を立てていたが、生徒会に呼ばれていたということを伝えると一応納得してくれた。念のため、ニュービーキラー事件については伏せておいてが。
「おはよう、レン君!」
と、レアード学園の廊下を歩いていると、見知らぬ二人組の女生徒内の一人がレンに挨拶をする。赤いリボンを見る限り、彼女は一年生であるらしい。
「ああ、おはよう」
爽やかな笑顔と共にそう返し、女生徒とすれ違う。その数秒後、背後で黄色い話声が飛び交った。そのところどころで「かっこいい」やら「素敵」やらなにやら好色な単語が聞こえてくる。
無論、レンの聞き間違いというわけではない。同じ単語を聞いていたケイスが、冷たい流し目をレンに送る。
「相変わらずモテますなぁ、お前は」
「うーん、俺が読んだ書物によるとモテるというのは良いことだと書いてあったんだが、実際にその立場になってみるといろいろと複雑な気持ちになるものだなぁ」
「そう思ってんならそのバリバリ美男子みたいな態度取るのやめろよ……」
ケイスの言い分はもっともだが、レンは父から仕込まれた社交の術を実行しているに過ぎない。モテるのは困るが、父の教えを裏切ることはできないので、いまさら態度を変えることもできない。
「しかしそのヒルデブランドも、お前のフェロモンに食いついてきたりはしなかったのか?」
「フェロモンって何だ……。あの子は、そういうタイプじゃなかったよ。単純に俺の実力を知りたがっていただけだ」
「ふーん、変なヤツだな。ってか俺もお前の本当の実力ってヤツはあんまり把握してないんだけど、実際お前ってかなり強いんだろ?」
「そんなに大したことはないさ、俺より上なんていくらでもいるし、それに俺は光月流の中でも劣等生だからな」
「でも総合成績第三位じゃねぇか」
「成績はあくまで成績。成績がいいから強いってことにはならないだろう。実際、俺はあのヒルデブランドの剣と引き分けたんだから」
引き分けた―――という言葉を使ったが、実際にはあれはエファの勝利だっただろうとレンは考えている。
最後の一撃、レンは掌底でエファは斬撃。どちらの方が相手に大きなダメージを与えられるかと問われれば、答えは明白だろう。あれがもし本当の死闘であったのなら、敗北していたのは確実にレンだ。
「じゃあなんでお前は三位なんて好成績をたたき出してるんだよ?」
レアードの入学試験総合成績の評価項目には、当然戦闘に関するものも入っている。いわゆる実技試験と呼ばれているそのテストではレアードの教師陣と実際に戦闘を行い、その内容によって点数がつけられる。
詳しい評価基準は不明だが、戦闘において攻撃というのは一番重要な技術だ。それを苦手とするレンが好成績を修められたのは何故なのか。
「多分だけど、俺は筆記試験の成績が良かったんじゃないかな。もちろん実技試験での点数もそれなりだったんだろうけど、俺が総合成績第三位の位置につけたのは実技試験の結果はともかく筆記試験の点数が良かったおかげだと思う」
「あー、なるほどな。それなら『総合成績が高いヤツは強い』って理論もただの思い込みだったってわけか」
「間違いではないと思うぞ。総合成績が高いということは、実技試験で高い点数を取ったってことだから、それなりに腕の立つ生徒が上にいるのは確かだ」
ケイスの言う「総合成績が高い者が強い」という理論は学生の間での共通認識のようなものだ。もちろん、レンの言うようにそれは思い込みに過ぎない。総合成績というものは筆記試験と実技試験の合計値であるわけなので、どちらか一方の点数が偏って高いとレンのような「総合成績は高いが戦闘力はそこそこ」という状態に陥ったりもする。
「まぁでも、俺はお前が弱いだなんて思ってねぇぞ。実際に戦うところを見たわけじゃねぇけど、なんつーかお前は強いって感じがするんだ」
非常に曖昧な言葉でレンをフォローするケイス。
いや、フォローというよりは本心を述べただけなのだろう。総合成績十五位でレンの所属する一年A組の中では最下位だが、総受験数千人を上回る中から十五番目というのはかなり上位である。故に彼もかなりの実力者ではあるのだ。
実力者は他者の力量をある程度見抜けるとレンも父から聞いたことがあるが、あながち間違いではないだろう。実際レンもある程度であれば他者がどれくらい強いかを推し量ることができる。もちろん、正確にどれくらいの実力があるのかを測れるわけではないし、実力を隠している者もいるのであまりアテにできたものではないが。
「それはどうも」
苦笑しつつ社交辞令のような礼をして、レンはむず痒い気持ちを隠すように肩越しに背負った紫紺の太刀袋を軽く担ぎ直す。
と、そこでレンは前方の様子がおかしいことに気付いた。ちょうど自身が所属する一年A組の前だ。
「なんだろう、いつもよりざわついているな」
「え、そうか?」
とても些細な違和感で、ケイスは気付いていないようだ。
なにはともあれ二人は目的地である所属クラスに近づくと、何故か扉から教室を覗き込んでいた他クラスの生徒の横を通って中に入る。
すると、違和感の原因はすぐに二人の目に飛び込んできた。
「おはよう、レン」
エファ・ヒルデブランド。
先日レンが決闘を申し込まれ、放課後に模擬戦という形で闘うことになった女生徒が、我が物顔で座っている。
確か彼女が座っている場所は、これまで主のいなかった欠席者の席だったはずだ。
「お前、ヒルデブランド!? なんでA組にいるんだよ?」
状況を飲み込めないケイスが、ほぼ反射的にそう質問する。
もっとも答えはわかりきっていることで、エファは「何を言っているのコイツ?」といった冷たい目をした。
「私はA組の所属ですから。ここにいるのが当然だと思うのですが?」
「は、はぁ?」
かなり混乱しているケイスとは裏腹に、レンは納得していた。というより、そうなのではないかと昨日の時点で予想はしていた。
帝国名門ヒルデブランド家。六大陸の中でも広くその名を馳せているエリート一家の長女がA組の所属であるということに違和感はまったく感じられない。むしろその逆の方であったら不思議に思ったことだろう。
「ま、待てよ。このA組は入学時総合成績で15位以内に入ったヤツが入るクラスだぞ。お前いったい何位なんだよ?」
「11位ですが、何か?」
うぐぐ、とケイスが悔しそうな顔をする。そもそもケイスはこのA組の中では最下位なので総合成績でA組の他の生徒に劣っていることは確実なのだから、改めてその事実を突きつけられて悔しがる必要はないと思うのだが。
「そういえば貴方、昨日もレンの横にいましたが、一体誰なのですか?」
「俺か? 俺はケイス・ラースヘル、帝国出身だ」
「そうですか、私も帝国出身なんです。改めて、エファ・ヒルデブランドです。よろしくお願いします」
にっこりと社交辞令スマイルを浮かべる彼女は、皮肉にも華があって美しい。ヒルデブランド家は帝国貴族でもあるので、ある程度の作法は身に沁みついているのだろう。もっとも、その笑顔が社交辞令だとわかる程度には棘のある雰囲気を隠しきれてはいなかったが。
溢れ出る高貴なオーラに圧されてしまったケイスに代わり、レンが前に出る。
「おはよう、エファ。やっぱりA組の生徒だったんだな」
「ええそうよ。入学式から昨日まで少し立て込んでいて出席できなかったけど、今日からはきちんとこのレアード学園に通えるようになったの。そういうことだからよろしくね、レン」
「ああ、改めてよろしく、エファ」
一方は爽やかな笑顔を浮かべつつ、もう一方は裏に棘を隠した笑顔を浮かべつつ、二人は握手を交わす。なんともいえない複雑な光景に、ついに抱えきれなくなった疑問を爆発させたようにケイスが割り込んだ。
「待て待て待て、お前ら昨日一日でいったいどういう関係になったんだ?」
「あら、普通のクラスメイトだと思いますけど」
「じゃあなんでレンに対しては敬語じゃなくて普通に喋ってるんだ?」
「昨日彼から普通に接してくれと頼まれたからです」
「んじゃあなんか気持ち悪いし俺にもレンと同じように接してくれ……」
「あらそう、わかったわラースヘル」
「ケイスでいいっつの、エファ」
そう言われたエファは、「わかったわ、ケイス」と素直に頷く。
こうして一年A組に不思議な組み合わせの三人組が完成したところで、レンが自分の席へと移動する。というのも、彼の席はちょうどエファの隣だったのだ。
「ところでエファ、昨日の一件はもういいか?」
「あなたの実力のこと? 正直納得はできないけど、これ以上聞き出しても無駄みたいだからもういいわ、悪かったわね」
「いや、気にしてないさ」
納得していないという部分が引っかかったが、エファがこれ以上追及しないというのであればこの話は終わりにしてしまった方がいいのだろう。
「それよりも、あなたが使っているあの『無月』の型って流術よね?」
「ああ、そうだ」
二人の会話に聞き憶えのある単語が出てきて、ケイスが首を傾げる。
「流術ってーとあれか、流力を使ったあの技術のことか」
「そうね。人間の体内に流れている『流力』を操って身体を強化する技術ね」
ケイスの言葉に、エファが補足を加える。
それにさらに補足を付け加えると、この世界の人間の体には「流力」という力が流れている。それは普段は血液のように全身を駆け巡っていて、一般人はその力をどうこうすることはできない。だが、武術を習う者は基本的にこの力の制御方法を最初に覚えることになる。それは、この力を制御することによって身体能力が大幅に向上するからだ。
たとえば流力の流れを腕に集中させると、それだけで腕力が向上する。身近な例だとエファが行っているのがそうで、彼女が自身の身の丈ほどもある大剣をああも軽々と振り回すことができているのは流力を操作することによって膂力を向上させているからだ。
これはレンにも当てはまることで、彼も流力を腕に集中することによって重い一撃を受け止めることができている、という原理なのだろう。
さらに流術というのはそんなに単純なものではない。流力というものは扱っている内に高まっていくものであり、達人の領域に達すると常人の数十倍もの流力をその身に宿すこともあるという。そして、その扱いに慣れてきた者はある程度の流力を体外にも放出することができるようになる。
たとえばレンの場合エファの剛剣を鞘で受け止めていたが、あれは単に鞘の強度が高かったわけではない。レンが体外に放出した流力を鞘に纏わせ、その強度を上げたという仕組みだ。
というように、流力というものは扱いに慣れれば慣れるほどその効果は多種多様なものになる。
「光月流剣術が扱う太刀は他の剣に比べると非常に刀身が細くて折れやすいんだ。だから、最初に必ず剣そのものを流術で強化する技術を学ぶ」
「だからあなたの使う無月の型が初伝なのね」
「んあ? どういうこと?」
「レンは光月流『無月』の型っていう防御に特化した剣術を使うのよ。その型は私の大剣ですら何度も防いでみせるほど強固な流術なの」
なんじゃそりゃ、とケイスが半ば信じられないような顔をする。
彼は昨日の朝に一度、エファの大剣を目にしている。それから考えればレンがいつも持ち歩いている太刀であれを防げるとは到底思えないだろう。
といっても今ここで実際にレンの技術がどれほどのものなのかを披露するわけにもいかないので、その半信半疑は置いておく。
「まぁ、俺は防御しか能のない剣士だけどな」
「それでも十分だわ、仮に防御以外の技術も完璧だったなら、あなたが今年の総合成績一位になっていたかもしれないもの」
さすがにそれは言い過ぎだろうとレンは思ったが、攻撃技術をほとんど持ち合わせていないという理由から総合成績三位の枠に収まったのは事実だ。逆に言えば、攻撃技術を持ち合わせていればもっと上にいけたかもしれないということにもなる。
現在の総合成績二位と一位の二人を見たことがないのでなんとも言えないが、レンの防御力はおそらく今年度一年生では最高レベルのものだろう。
「だからこそ信じられないわ、それだけの技術を持ち合わせていて、どうしてあなたが初伝止まりの型しか使っていないのか」
「……」
「あるいは、それ以上の技も習得しているけれど、あえて使っていないだけなのかしら?」
「俺の実力の件に関しては納得してくれたんじゃなかったのか……」
未だ追及しようとしてくるエファだったが、ここでレンを助けるようにチャイムが鳴る。
やっべ始業だ、とケイスが慌てて自分の席へと走る中、エファは厳しい目でレンを見ていた。
「とにかく、私はまだあなたのことを認めたわけじゃない。それだけは憶えておいて」
ガラリと教室のドアが開き、担任教師のエイゼルが入室する。
面倒なことになったなとレンは思いつつ、今日の授業に臨むべく意識を切り替えた。




