乙姫の母大ピンチ
ガンガン!
太郎がまだ夢うつつでいると、窓の外から大きな音がした。
まだ眠い太郎はその音がうるさいとは思いつつも、眠り続けていた。
「あけなさーい!」
だが、さすがにその大きな声に反応し、目を覚ます。
「な、なんだ?」
寝ぼけ眼で時計を見ると、まだ時刻は6時前、比較的寝つきのいい彼にとってはあまり見ない時刻である。
ガンガン!
「いったい何なんだ? ってカグヤさん?」
一応2階の窓のはずなのだが、カグヤがどうやって登ってきたのか、窓枠に足をかけて、窓を叩いている。
急いで窓を開けてカグヤを迎え入れる。
「何してんすか、こんなに朝早くに……、俺朝弱いんで、話なら後にしてくださいよ」
「あなた、私の許婚になりなさい!」
「は? カグヤさんも寝ぼけてるんですか? 俺達婚約者ですよ。意味一緒じゃないですか」
「そして、うちの婿養子になって、家督を次いで頂戴!」
「え? 何の冗談ですか? 演技でしょ?」
「いいえ、本気よ。あなたを迎えられれば、きっとお父様も私を正当な後継者にするわ! すぐに家にきて!」
「ちょっと待ってくださいって? 何の冗談ですか? 俺には乙姫先輩がいるんですから、カグヤさんとは一緒にならないって言ってるじゃないですか!」
「……事情を話すわ。少し前お父様の会社でトラブルがあった話はしたわよね」
「ええ、ニュースも見ましたよ。大赤字に大幅リストラで、事業の軌道修正を求められてるそうですね」
喜多家の会社が長らくシェアしていた機械が、海外メーカーの進出で大幅に不利益を出し、自己資本がほとんどなくなり始めていて、それを売る可能性もあるとのこと。
「それは別にいいのよ、お父様にはいい薬よ。別に私はお父様の後を継ぐ気はないし、つぶれても別にいいの」
「それも聞きましたよ。カグヤさんなら何しても成功できるでしょうし」
「実は3日前、お母様が倒れたの。それで、難しい手術が必要な病気で、お母様の国に戻らなきゃいけないんだけど、保険も何も利かなくて、1千万円が必要なの」
「それは大金ですね」
「私はせいぜい200万円が精一杯。お父様もいまは資金繰りが厳しくてお金は出せないって……。だから、あなたと結婚して、三波家の財産を頼りにしたいの。それで、あなたをうちに迎えて、跡継ぎも私がやるわ」
「事情は分かりましたけど、俺は嫌ですよ」
「どうして? 私くらいのスペックがあれば文句ないでしょ、一生の自慢よ。乙姫さんのことならいいわ。
乙姫さんも家に引き入れて、私が2番目でもいいわ。だから、お願い」
「嫌です」
「ど、どうして……? お母様が、お母様が……」
「別にお金が欲しけりゃ俺じゃなくてもいいじゃないですか。あなたいろんな人に求婚されてるんですから。別に1千万くらいなら、そこそこのお金持ちでもすぐに準備できるでしょう」
「そ、それは……。どこの誰とも知らない人とお金のために結婚するなんて嫌だわ……」
「どこの誰とも分かってれば、お金のために結婚してもいいと?」
「そ、それは……」
「あんまり俺を下に見ないでください。俺は初めから言っているでしょう、俺は乙姫先輩が好きです。ですから、あなたと結婚をすることはできません」
「……うぅ……、じゃあ私はどうすれば……?」
「はぁ……、俺に助けは求めてくれないんですか?」
太郎はあきれた顔になりながらも、カグヤに話しかける。
「さ、さっきから言ってるじゃない……」
涙があふれ声にならない声で、カグヤが顔を上げる。
「言ってません。俺と結婚しろと、命令しているだけです、お願いはしてません」
「でも……」
「俺は、他人の理想に手を貸すことはしません。理想なんて叶うものじゃありませんから」
「いきなり何?」
「俺は、他人の助けに全部耳を貸すことはしません。人を助けるのは労力のいることですから」
「……だから……」
「俺がカグヤさんの理想に手を貸しているのは、他人ではなかったからです。結果的とはいえクラスメイトで、形上とはいえ婚約者ですから。だから、あなたが助けを求めれば耳を貸します。手段や方法を考えます」
「た、太郎君、私と、私のお母さんを助けて……」
「分かりました。とりあえず、少し待っててください。カグヤさんは当事者ですから、あまり冷静な行動は取れないでしょう。お母さんの側にいてください」
「わ、分かったわ」
「何か動きや案が出れば、また連絡します。とりあえず学校に行きますか? それとも帰られますか?」
「今日は家に居るわ……。お母様の側に居てあげたい」
「わかりました。家までとりあえず送ります」
そして、太郎はカグヤを家まで送り、学校に登校した。
「さて、偉そうにいったは良いが、1千万円か……」
普段冷静なカグヤがあれだけ取り乱していているのでは、カグヤに何か考えさせるのは間違いなく正しくない。
まだある程度事情を知っている太郎に頼み、他の誰かとお金のために結婚しようとは考えていないようではあるが、もし母親の容態が急を要することになれば、その行動を取る可能性もあるだろう。
「もっと早い段階でこうなってれば、別に良かったんだけどな……」
太郎にとって、本来カグヤとの現在の関係は何もメリットがない。
はじめはそう思っていたが、ある程度付き合いを持ってしまったので簡単には見捨てづらく、乙姫の家庭内問題のときも、一応手を貸してもらってはいる。
高い意識を持って頑張っている彼女を、できる範囲でなら助けたいと思い、今日まで過ごしていた。だからこそ、基本的に我関せずの太郎が、おせっかいを焼いたのである。
「金の問題ねぇ。お金持ちはお金持ちで大変だよな。お嬢の父さんの気持ちも分からなくは無いぜ。ただの一般の親だったら、最悪自分の全てをなげうってでもお金を作れるかもしれないが、多くの人間の人生を背負ってる以上は、非常な決断も必要なんだろうぜ」
太郎は裕彦に相談した。別に裕彦がお金を持っているわけではないのだが、全く妙案が浮かばなかった。
「俺はどうあがいても200万が限界だ。お前は無一文だろう」
「宵越しの金は持たない主義でな」
「それでも所持金を毎回2桁にするのはやめとけよ。何かあったらどうすんだ」
「別に金がなくても、今日明日死ぬわけじゃない。地震とか起こっても、真っ先に商品をかっぱらって、適当なところに逃げられる自身があるぞ」
「まぁそんなことはいい。何か案はないか……」
「大金だもんな。10万とかそこらなら、カンパって手もなくもないが……。あ、お前の彼女先輩はどうなんだ?」
「乙姫先輩か……」
「あとはお前の兄貴じゃねぇの」
「兄貴か……。一応頼れなくも無いが……」
「どうせたいした案もないんだろ。お前が自分で借金してでもお嬢を助けたいって言うなら、保証人くらいにはなってやらなくもないが?」
「お前に保証人は無理だろ……。でも気持ちはありがたい」
わが道を行き続ける裕彦が、できないとは言え、案を出してくれることに太郎は感謝していた。
「そこまでするつもりはないだろ?」
「ああ、カグヤさんに恩を売ったら、関係がややこしくなる。もうこのおせっかいで大分話がややこしくなってるしな。正直、いい案が浮かんだとしても、助けていいか分からん」
太郎は自分がカグヤにおせっかいをかけたことにとても困っていた。
ここで太郎が何かしらの形で、1千万を準備することに成功して、カグヤにそれを渡すとする。
それが譲渡であれ貸付であれ、間違いなくこれまでのような関係を太郎とカグヤは築けない。
そして、カグヤが太郎に対して友人以上の感情を持つようになるようなことがあれば、間違いなく関係性が複雑になる。
太郎のうぬぼれではない。
カグヤは今回自分の意思を曲げてでも結婚していい対象として、太郎は選ばれているのだ。その後の会話で、誰でもいいというわけではないということも分かっている。
1度弱いところを見せた相手に、完璧に助けられたら、どうなるのかということは、乙姫から恋愛小説を借り手見ていた太郎にはなんとなく想像ができていた。
「とりあえず、いろいろ試してみるわ」
「なんかあったら言ってくれ。金は貸せないが、手は貸すぞ」
そして太郎と裕彦は別れ、帰路についた。




