第八十三話 ネリー=ファルファシオン
遅くなりました。
ファルファシオン伯爵の娘、ネリー=ファルファシオン。
街ではファルファシオンのお転婆娘、貴族に相応しくない娘と陰口を囁かれていたが、ネリーは噂を気にしないようにしていた。
ある日、勇者と名乗る男が告げた。
「変わらなくていい、今の君は素敵で魅力的だ」
男に免疫の無いネリーはその言葉に絆された。自分みたいなお転婆を好きになってくれる男性なんて、一生に一人だとさえ思った。彼の勇者という肩書に惚れたのではなく、自分みたいな跳ねっ返りでもいい告げる器の大きさに惚れた。
ネリーを含むパーティーは破竹の勢いでクエストを消化、ダンジョンを踏破していく。瞬く間にBランクの座へと駆け上がる。
ある日生誕に珍しいアイテム、『魔晶石』が取れるようになったと密かな噂が流れだした。これを確かめるべく、生誕に潜り込んだのが一ヶ月程前の出来事。
順調に踏破していると思っていたダンジョン探索。いつもと同じだと思っていた順調な作業と思った矢先、噂されていたモンスター『サイクロプス』と遭遇することになる。
ネリー達のパーティーリーダーである勇者の男は、豊富な知識からネリー達と共に幾度と無く強敵を撃破していた。
今回も勇者の励ましを武器にサイクロプスへ立ち向かう。勇者の話ではサイクロプスの後方に死角が存在する為、そこを軸に攻めることを作戦とされていた。
しかし状況が一変した。
「なっ、なんでだ!? なんで後方にも『目』があるんだ!?」
勇者の前情報ではサイクロプスは一つ目の巨大なモンスター。前方には滅法強いが後方に対しては弱い。四方をパーティーで囲み、死角にいるポジションの者が順に攻撃を重ねるといった、定石のあるモンスターとのことだった。
しかし後方からの攻撃を防がれたことにより、定石となる戦術が効かないと解った。現時点での対応は無理と判断するやいなや、一同は即座に撤退行動を開始。
しかしそのサイクロプス亜種らしきモンスターの異質な行動に驚愕した。モンスターが素早く動き、出口へのルートを防ぐように立ちまわり始める。
明らかに格が違うモンスターと相対していたことに、今更ながら気づいた。
出口を塞がれたが、あのサイクロプスらしき亜種との距離が大きく開く。この隙にと一同がサイクロプスとの戦闘区域外へと逃げ出した。
逃げ出した先で一同が絶望に暮れる。そんな中、自然とネリーが言い出した。
「私がアレを引きつけるから、みんなは脱出して」
「何を言ってるのですか? あなた一人でどうやって脱出するのですか!?」
ネリーと一番仲の良いシスターが真っ先に反対する。
「私も反対。みんなで脱出」
普段よく衝突することもある弓使いの娘も、強く反対の意を示す。
「……ネリーすまない……」
勇者と呼ばれる男だけが、作戦を提案したネリーに謝る。
現状を打破する方法として、誰かを犠牲にしなければ突破が困難。おそらくは誰もが頭に過っていた作戦。それをネリーが真っ先に提案しただけだ。その作戦を提案する者が貧乏クジを引く運命にあった。
「……勇者様っ」
「……勇者」
「俺を恨んでくれていい。だけど一人でも多く生還するには、今この手段しか残されていないんだ。このまま時間を潰しても、いつか食糧と水が尽きる」
ここに来るまで随分と食糧と水を消耗していた。パーティーメンバーに女性が多い為、モンスターの肉を口にすることは避けるようにしていたが、そんな悠長なことが言うことができないことは誰もが理解している。
「ネリー、君にできるだけ水、食糧を渡しておく。俺達は戻り次第、応援を直ぐに呼ぶからそれまで頑張ってくれ……」
「いいよ、それで。ぶっちゃけると、私が一番生存確率高そうだしね!」
ファルファシオン伯爵を間近に見てきたネリーには、リーダーとして状況を俯瞰する資質があった。本人は気づいていないようであったが、その資質が現在の状況を冷静に映し出す。
このメンバーの中で囮にするのであれば、誰を残すのがベストか。ネリーか勇者が最適と判断。ではどちらが残るか。天秤に掛けるまでもなく、取ってしまった。
好きな男の為に、命を投げ出す選択をした。その時はその選択肢を選んだことに後悔は無かった。
そしてネリーの闘いが始まる。サイクロプスを引きつけ、出口より遠ざける。その隙に他のメンバーが上層へと逃げて行く。
十分に引きつけた後、自分も上層へと試みたが、逃げる隙が一切無い。
上層への脱出を諦め、サイクロプスとの距離を作ることに専念し続ける。
~三日後~
ネリーの疲労が心身ともにピークを迎える。満足に睡眠を取ることも出来ない為、十分な思考が働いていなかった。働かない思考は理性と欲望を掻き乱して行く。空腹を満たす為、残りの食糧を口にしてしまう。思考が働いていた時には数日を乗り切る為の配分をしていた。しかしアッサリとその計画を壊すことになってしまった。
そして最悪なのが閉じ込められている階層である。現在サイクロプスと思われる主が居るこのフロアには、食糧となりうるモンスターが存在していない。もう一回層下に降りれば、食糧となりうるモンスターがいるかもしれない。
しかし初めての階層を自分一人で、しかも最悪な状態で挑むことは即死に繋がるとネリーは直感していた。
~四日後~
サイクロプスは相変わらず一定の行動のみ。ネリーを探す素振りは無かった。まるで自分が息絶える姿を楽しみに待つかのように思えた。
「意地でも生き残ってやる…………」
「ほう。女の冒険者にしては随分と根性があるな、お主」
ネリーの呟く声に誘われるよう、トカゲの亜人……魔族が姿を現した。
「最悪…………(この生誕の魔王?)」
ネリーは目の前の魔族の力量に恐怖で凍りつく。ネリーは剣士として才能、それに見合う実力を身に付けていた。故に目の前に居る魔族が、武人として圧倒的実力者であることを肌で感じる。
「随分と死にそうではないか。武器を捨て降伏するなら、その生命助けるがどうする?」
「クッ殺せ。お前らの手先になるぐらいであれば、この場で死を選ぶ」
「助かりたくないのであれば、それはそれでお主の自由だ」
目の前の魔族が何もせずに去って行く。
ネリーは魔族のその行動に激しく怒りを覚える。あのサイクロプスと同じだ。自分をジワジワ嬲るように疲弊させて行く。
~五日後~
ネリーは空腹を満たす為、昆虫型のモンスターを口にすることを決心する。しかし満足に食う場所が無い上、とんでも無く不味い。
果たして本当に助けに来てくれているのか、疑心暗鬼な心がネリーの希望を無残にも蝕み始める。
自分が囮役として手をあげたこと、自分が選んだその選択肢に、ネリーは後悔していた。確実に皆を逃がすためとはいえ、自分の命だけを危険に晒したことを酷く後悔した。
命懸けでサイクロプスに挑めばなんとかなったのではないか、選ばなかった選択肢と考えがネリーの感情を醜く染め上げる。
醜く染まる自分の心にネリーは疲れた。助かる見込みが薄いのであれば、最後ぐらい命懸けであのサイクロプスを越えてみせると悟った。
乗り越えた先でネリーはあのパーティーと向き合えるのか、そんな感情はもう残っていない。ただ彼女は願う。その願いだけが彼女の最後の原動力。
帰りたいと……。
ファルファシオンへ帰りたいと願う。父親に反発してでもなった冒険者。ネリーの冒険者たる姿は、父親に対する反発心から来るもの。
ネリーは昔から父親の姿を情けなく思っていた。伯爵たるその威厳は皆無で、優しき伯爵といえば聞こえはいいもの、軟弱な男と見ていた。
彼女は最後に思う。優しい父のもとへ帰りたいと……。
「父様……ごめんなさい」
絶命を意味するサイクロプスの一撃が、ネリーの眼前へと迫っていた。
ここ数日ペースダウンしてすみません。ボチボチまたアップを頑張るので、宜しくお願いします。
次話7/26予定。




