第三話 交渉-前編-
7/1 改行など若干調整しました。
テレスタジアは魔王ことレティと別れるとそのまま空気へと溶け、魔神と呼ばれた男の寝屋に姿を表す。
テレスタジアは夢魔族として知られる一族であり、他の種族には無い【魂の洗濯】と呼ばれる秘術を行使することができる。【魂の洗濯】には制約があり、相手が休眠状態になっていることが一つ。そして魂を重ねる為、体を密接させる必要があった。
幸い、目の前の魔神は身に纏うものは無く、裸体でいるタイプの魔族であると解釈した。
魔神の寝床に潜り込み、体を重ねると秘術が発動する。見慣れた魂の回廊に降り立つと、目の前には先程の魔神が操られたように立っている。
「さぁ貴方の殻に帰りましょうか」
魔神がコクリと頷く。
魂の回廊を歩いて数分、森が見えてくる。少し前、回廊のお隣に引っ越してきた別世界である。
レティに注文された大きく珍しいとされる外殻は、この森に墜ちていたものであった。以前から森の主よりなんとか出来ないかと相談を受けており、丁度良いところにレティの命が重なり、渡りに船と言わんばかりにこの外殻を利用したのだ。
生誕の秘術と魂の想造に伴い、外殻も変貌を遂げていた。テレスタジアは、入口を見つけるも扉を開けることができなかった。外殻の扉とは簡単に言ってしまえば、心の扉そのものである。名前も知らない会ったばかりの関係であれば、扉が閉まっていても普通のことであった。
「貴方のお部屋に入れて頂けないかしら?」
テレスタジアが猫撫で声で交渉を始める。【魂の洗濯】秘術の一つ、扉を開く力『交渉』。洗濯をするにはまず殻、すなわち家に入れてもらう必要がある。
しかし、魔神は首を左右に振る。答えはノーである。それから様々なパターンで交渉するも、解錠の糸口が見つからないでいた。
(なかなか身持ちが堅いようね……)
次第に交渉はエスカレートし、よりセクシャリティに迫る。最初は体を密着させ、肢体を絡め、豊満な胸を押し付け、雌雄の行為が過剰となっていく。
……。
…………。
……………………。
一向に変化の余地が見られないでいた。
(ハァハァハァハァ……、流石が魔神ね)
髪を乱しながら、荒い息を吐くテレスタジア。魔神が性の誘惑に耐性、抵抗があると知っていたが、想像以上の壁であった。性のアプローチに効果が無い以上、別の方向性から攻めて見る必要がある。
テレスタジは魔神を一人そこに残すと、そのまま森の中へと消えていく。森へ歩いて行くテレスタジアを魔神がをジッと見つめる。
暫くすると魔神は扉をジッ見つめ始めた。そして木々の影から、魔神の様子をコッソリ見張る姿が居た。先程姿を消したテレスタジアである。
(クッ、まさかこんな激しい闘いになるとは思わなかったわ)
文字通り、テレスタジアにとって初めての経験であった。生誕の中でも最古参であり経験豊富な彼女であったが、その術が全く通用しない雄など初めてである。
それから更に時間が経ち、魔神に若干の変化が見られた。魔神が急に周囲をキョロキョロ挙動不審になり出したのだ。
(何かしらアレ)
そして魔神が姿勢を低くし、付近にあった鉢を動かし何かを拾い上げた。
(……鍵かしら?)
その鍵を扉に差込み、そのまま扉を開けたのだ。
(!!!!)
テレスタジアは扉が開いた瞬間、素早く森を抜け、扉へと駆ける。まさに扉が閉まろうとする瞬間、滑りこむようにテレスタジアの足と指が扉の隙間に突き刺さる。
「ちょっと、お待ち頂けるかしら!!」
若干キレ気味で中に入ろうとするテレスタジア。それを何とか追いだそうと、扉を閉めることに力を注ぐ魔神。
彼女と魔神の攻防は激しさを増す一方となった。
─────────────────────────────────────
そんな激しい攻防を観戦する幾つかの視線があった。森に住む妖精達である。
「何かしらアレぇ」
「夢魔のテレサだよ~」
「あんなお家あったかな~?」
「テレサが造ったんだって~」
「違うよ~魔王だよ~」
「でもでもー、前あったのは凄くボロボロのゴミだったよ」
「ヴィヴィアン様とテレサがこの前お話してたよ~」
「テレサあのお家に入りたいのかな?」
「でもでもー、お家の人凄く嫌がってるよ」
「テレサ嫌がることはしないでて言った~」
「私も言われた~」
「私も私も~」
─────────────────────────────────────
女と魔神の攻防は続いていた。
「いい加減諦めたらどうかしら!?」
笑顔のまま『交渉』が続く。交渉(物理)といっても過言ではない。魔神が首をプルプル左右に振る。
「テレサ~その人嫌がってるよ~」
「イヤイヤしてるよ~」
森の妖精達が騒ぎに気付き、集まってきたようである。
「貴方達いい所に来てくれたわ、コレ手伝ってくれないかしら?」
「でもでもー、その人テレサの事イヤイヤしているよ」
「テレサその人嫌いなの~?」
「好きなの~?」
「嫌いなの?」
「「「どっちー?」」」
「好きよ。好き好き超好き。滅茶苦茶愛してるわ。だーかーらっ!手伝ってくれないかしらっ」
扉の隙間から妖精達が次々と侵入を始める。
「魔神~」
「まーじーん、さーま?」
「魔神様ぁ~」
殻に入る妖精達が魔神と呼ばれる男に呼び掛ける。
「…………」
魔神が沈黙を続ける。
「ウーだよ」
「フィ~」
「ナーなの~」
入り込んだ妖精が名を告げる。
「…………」
魔神が妖精を見る。
「魔神様はねー」
「テレサが知らない人ぉ」
「なんだって~」
(まずったなぁ。まさか名前交換が必要になるなんて……)
テレスタジアの試みでは、ここまでの状況に陥ることを想定していなかった。今ここで魔神の精神体を逃せば、恐らく扉を閉めたまま殻を閉ざす可能性が十分に考えられる。
名とは命である。精神体が受肉することで活動を開始。ただこれだけでは魔物同然。名が入ることにより、この世界において人族、獣人族、魔族等といった個体となる。親から子に名を送る際、その功績を認め、力を認め、才を認め、命(個体)を認める。魔族ではこれが常識であり、名が送られない生物は魔物として生を終えることも多い。力や才や功績を参考に名を付けている習わしの為、魔神の力が解析出来ない現在、名付けを後回しにしていたのだが……。
生誕の秘術にて精神体を創造した為か、存在が不安定であることに今更ながら気づいた。この精神体は記憶から想造された存在。
名はこの世界との唯一の紐付け。
この精神体とこちらとの紐付けが無い為、結び付きが強い記憶の世界へと還ろうとしている。生誕秘術ゆえの弊害が起き、このまま名が無ければ秘術が失敗となる。
思い返せば召喚の際、名前を思い出せないことに恐怖していた姿が思い出せる。兆候を軽視としていたことを悔やむテレサ。
そして現状テレサの名前を先に告げれば、交渉の優位は魔神側に移る。最悪な状況を回避出来ているのは、偶然やってきた妖精達が先に名前を告げ、交渉のテーブルに参加してくれていたこと。妖精達を中継することにより、なんとか魔神の精神体と対話が成り立っていることである。テレサの名前を告げるという方法もあるが、そこで終了となる可能性が高い為、リスクが高い行動は取れない。これだけ強い抵抗を見せている為、交渉の全権が魔神に移った時点で、交渉が終わる可能性が高いのだ。
「本当まずいなぁー、この状況」
「あらあら。テレサにしては随分と入れ込んでいますのね」
テレサの後ろから嬉々とした声が掛かる。
「ヴィヴィアンごめんねー。なんか騒がしくしちゃって」
「特に問題無いわ。テレサがそこまで苦戦しているのは初めて見るから……凄く面白いわ。プフッ」
この森の主ヴィヴィアンである。清楚で美人な見た目とは裏腹に、絶対ドSであろうと核心するテレサ。
「なんとか出来ないかしらコレ(キレ気味」
「名付けてあげればいいのではないかしら?」
何言ってんのお前?という当たり前の顔で答えるヴィヴィアン。
「私が名付けるという意味、わかって言ってるんでしょ?(キレキレ気味」
「私達、妖精側が名付けても結構ですが……その場合こちらで貰っちゃいますよ」
「自慢じゃないけど、今のところ武力も魔力も全く無い魔神よ」
「あらあら、そんなに強がってー。このこのー」
ヴィヴィアンがテレサのわき腹をちょんちょん突く。
「やめっ、やめっ、やめっ、…………やめろや!」
テレサが悶え苦しんだ挙句、激しくキレる。
「貴方に精神世界で対抗できている時点で、私達には十分メリットがありますからね。それにこの物凄く興味を誘う外殻」
ヴィヴィアンの言う通り、この魔神……精神世界においては、恐らく相当強いと思われる。想像力が凄いのか、意志が強いのか知らないが、夢魔族それも族長のテレサに対抗している時点で異常であった。おまけにこの外殻。別次元から来たヴィヴィアンも見たことが無い程の希少価値。
ここまで条件が揃ってしまえば、この魔神を逃す理由は無いというが現状での判断。先程までは妖精達に一時預け、中断後即座に魔王へ相談という可能性を残していた……、しかしヴィヴィアンが介入したことにより悪手となった。
交渉を始めたテレサが席を用意する権限を持っており、妖精達の席はテレサが許可した為、交渉を可能としている。現在、ヴィヴィアンが交渉を行えない理由は、テレサが席を許可していないからであった。もし優先権を持っているテレサが離席すれば、即座にヴィヴィアンが席を掠め取ることが確実に解る。
しかもこのドSっぷりである。全部わかっていながらここで遊んでいるのだから、物凄くムカツク。
「ヴィヴィアンさん~そろそろ飽きてきたのではないかしら?(ニッコリ」
「いえいえ。物凄く楽しいわ(ニッコリ」
思った以上に長くなってしまったので、前編後編になりましたスミマセン。
後編はちょっと短めです。




