第三十七話 ノヴィの秘策-前編-
「それで妾とノヴィが『チェス』とやらで争うのか?」
「いえいえ、俺はこの中で一番頭が良いとかそんなこと思っていませんよ」
レティが訝しげな表情を妖精族のヴィヴィアンにぶつける。
「まさか、そこの妖精族の長とやれとは言わんだろうな。そんな阿呆とはやる気もせんわ」
「いえいえ、それこそまさかです。妖精族に任せるぐらいなら、俺がやります」
それに俺が見た限りだとヴィヴィアンという人、チェスを知っている可能性がある。このフロアにいる面子でチェスの存在を知っているのはニュトンだけかと思っていたが、ヴィヴィアンも興味を示す事無く、淡々としているのである。
現在このチェスに関しては初心者同士の戦いが理想的なのだ。それを経験者をぶつけてしまってはご破産となる。
「妾の見立てでは、この中で妾とまともに勝負になりそうなのは、お主ぐらいだぞノヴィ」
俺はあくまで仕掛け人だ。立役者は冒険者でなければいけない、冒険者と対峙させることがポイントなのである。
「実は今日俺が連れてきたメンバーの中で、S級冒険者とA級冒険者がいます。S級冒険者とはこの世界でも七人としか存在しない、いわば冒険者のリーダー的存在でございます」
「それがお主の隣で震えておるエルフか?」
「いえいえ。実はこれ演技で震えているんですよ。さっきなんて最下層に来る間にいました魔物を一瞬で細切れにしてしまいましたから」
「ほう」
嘘である。細切れなんて全くもって嘘。しかもゴブリンなんて言えない。そして隣のリリアンを盗み見ると、こちらに対し涙目で訴えている。
「ノヴィ貴様何を企んでおる?」
やっべぇもう勘付かれているよ。元々俺には前科があるからな。なんか巧みに誘っていると気づかれたに違いない。こうなったら単刀直入にいこう。
「このSランクのエルフと『チェス』で勝負をしてくれませんか? この者が勝てないようであれば、俺は潔く魔族につこうと考えています」
「それでお主が納得するのであれば良かろう」
「はい。ここでご提案なのですが、もしこのエルフが魔王様に勝つことができたなら、この者達、いえ正確には冒険者達の命を一度俺に預けてくれないでしょうか」
「ノヴィ何を言ってるのか分かっておるのか?」
「ええ勿論。もし俺が冒険者達の命を預かっている最中に何かあれば、俺が責任を持って冒険者ギルドを壊します」
「随分とでかく出たなノヴィ。お前のその知力は確かに買ったが、お前が責任を取れるほど優秀とはまだ認めておらんぞ」
「先日ファルファシオンで冒険者ギルドにトラブルが発生したこと、そちらの妖精族から聞いたと思われます」
「うむ」
「それを仕組んだ犯人が俺だとしたら、どうですか?」
「続きを言え」
まずファルファシオンの冒険者ギルドが腐っていたこと。妖精の欠片を作り、冒険者ギルドの仕事を根こそぎ奪ったこと。金に困った冒険者達が生誕に至るまでの流れを説明した。
シヴさんが以前俺に教えてくれたことだ。聞いた時は確かに多少吐き気を覚えるものではあったが、俺はとっくに境界線を越えている。ファンレの為に今の世界を壊すと決意したからあの日から。世界を壊すという決意したあの日から、人を殺す覚悟は決めていた。世界壊すということは、結果的に大なり小なり人を殺すことに繋がる。
「証人は今日そこにいる、ニュトンという傭兵ギルド長です。俺は商人ギルド、傭兵ギルドを利用し、俺が冒険者ギルドを半壊させました」
冒険者ギルドの半壊の犯人即ち手柄を俺に集めることにより俺の力を象徴させる。
「男、本当か?」
「──はい。ノヴィ様は俺達傭兵、商人を巧みに誘い、最終的にファルファシオンの冒険者ギルドを解体寸前まで追い込みました」
空気の読めるニュトン。俺が頂点に立つ状況を作ってくれる。
「そうかあの供物はノヴィの贈り物だったか。あの時の戯言が本当だったぞテレサ。これ程愉快な出来事は久々だ」
「私は最初からノヴィが凄いて知ってましたから」
「嘘をつけ。テレサも駄々をコネて適当を言っておったくせに」
俺の首元からレティに返事するテレサ。テレサと魔王が互いに笑い合う。
「気分がいい。ノヴィの言うたとおり『チェス』を試してやろう。もしそのエルフが勝つことができたなら、その者達の生命ノヴィに預けることも認めてやろう。ルーカス、テレサ、ヴルム、ハッセル、スゥ異論は無いな?」
レティが周りの配下に確認を取る。無言が了承の返事となる。
「妾達には異論無い。そちらはどうするのだ? そんな無様な様子で出来るとは思えぬが」
魔族は一致団結しているのに、冒険者はガタタガタだな。文字通りガタガタ震えてる。Aランクのヤスィーを見るが、こっちはもっと駄目だ。やはり立場や可能性的にも、このSランクエルフに任せるしかないであろう。俺の作戦的にもリリアンが理想的なのである。
「リリアンいつまで震えてるフリなんてしてるんだよ?」
「ア、ア、ア、アンタはこれがフリに見えるの!?」
「だってこんな状態でやり過ごしても、どうせ冒険者は皆殺しの対象なんだぜ? 魔王様が保証してくれたのはあくまで職人達だけ。俺理由は知らないけど、冒険者なんて目の敵なんだから、まず真っ先に狙われるよ」
「ノヴィがなんとかしてよ!」
リリアンに発破をかけたつもりが、ポロポロ涙を流し始めてしまった。女の人を泣かすのは正直心が痛むが、命懸けなのであるから勘弁して欲しい。
「俺は冒険者になれない程弱い奴だから、長いものには巻かれる主義でいるの。それにこれは冒険者が招いたトラブルなんだ。上に立つということは、下の者達の責任をとる義務がある」
「Sランクで散々チヤホヤされていたんだろ? 下の尻拭いぐらいパパっとやれよ。リリアンとは短い間しか話してないけど、合理的に考えるタイプだろ? だったらさっさと合理的に動けよ。いいか合理的に考えてさっさとやれ」
目をギュッと閉じて、顔を左右に振る。
「レティ様すみません。こんな調子なんで、よければ練習がてら三回勝負にしてもいいでしょうか? 俺の命を賭けて言いますが、『チェス』についてはこのS級冒険者も初めてなので」
「よいよい。はよ準備せい」
取り敢えず先に俺は準備に取り掛かる。まずは駒を並べ、レティにはルールブックを手渡す。
「ほう思ったより随分と細かいのじゃな。もっと適当に動かす物とばかり思っておったわ。妾は当然、黒にするぞ」
「問題ございません。俺も黒色の駒を気に入ってくれ、嬉しい限りです」
「妾もこの書物を見る限りでは気に入った。これなら戦の真似事としては丁度良い」
そして要であるリリアンだ、コイツを説得しないといけない。どうしようかしね本当。挙句マジで泣かせちゃってるし、今必至にセレクティアが慰めている最中だ。
ちょいちょい手招きしてセレクティアを呼びつける。
(どうだ?)
(駄目っぽいです。完全に呑まれてるみたい。ヴィヴィアン様がやるて言ってますけど、どうします?)
(駄目駄目。見た感じだけど、ヴィヴィアンあの人チェス知ってるだろ?)
(知ってるようですね。何処で見たのかはわかりませんが、何度かやったこともあるようです)
(尚更駄目だな。アイツには絶対手を出すなて言っておいてくれ)
(了解しました)
これだけ発破をかけておいて気が引けるのだが、やるしかない。男は度胸だ。
「リリアン」
リリアンがこちらを向くと同時に強く強く抱きしめる。テレサ辺りがなんか言ってそうだけど、無視する。さっさと伝えるべきことを伝えなければいけない。
(今から言うことを信じれば、お前は勝てる見込みが十分ある)
(あんな物見たことも無いんだよ)
涙は見えないが、涙の音が聴こえる。
(『オセロ』の時と同じだよ。ゲームだよゲーム。初めてやるゲームなんだから、別に負けてもいいんだよ。負けたって誰も怒らないよ)
(負けたら殺される)
(三回勝負になったから大丈夫。それに上手く行けばお前は一回目は勝てる)
(いいかあのゲームは王を取るゲームだ。合理的に考えられるリリアンなら勝機は十分にある)
(別にS級だからやらせるんじゃないんだよ。リリアンだから任せられるんだ)
(絶対負けるよぉ)
(だから初めてのゲームなんだし、負けてもいいよ。もし負けても……)
(俺が絶対にリリアンを助けてやる。とにかく信じろ)
実のところ絶対という保証はない。この状況下では流石に絶対なんて存在しない。でもリリアンを動かさなければ始まらない。リリアンを動かすことにより選択肢が増える。
「ノヴィ……いつまで抱きついているの……かしら?」
死刑執行人が参られた。いやいやお前散々俺に抱きついていたんだから、数分ぐらいは許せよ。
後編は7/12アップ予定




