第三十六話 漆
この張り詰めた空気を読んでいない方が一人います。俺の首に現在進行形で抱きついているテレサ。このお姉さん、いつものR18指定やCEROに注意されそうな色々なところがスレスレの服ではなく、俺が見たこともない正装をしていた。
大事なのは心の正装だからね、もう少し空気読んで欲しい。決していつものえっちぃ服じゃなくて、残念に思っているとか、そんなことは一切無い。一切無い。一切無いよ?
俺は色仕掛けに結構弱いのかもしれない。
そんな感じでまずは思考を切り替えていく。どうしても今の話を聞いている限りでは、怒りにしろ恐れにしろ、感情的な考え方になってしまうのである。
この場で重要なのは、起こりうるかもしれない戦争を止めることだ。ダンジョン運営なんてぶっちゃけどうでもいい。ただダンジョンを無くしてしまうとなると、今度はモンスターを閉じ込めておく場所が無くなる。結果的には両方とも止めないといけない。マジでウンザリする。
現時点で一番ベストなのは魔王様の怒りをなんとかする、戦争する必要が無いと判断させることがベスト。
「お話中よろしいでしょうか」
「なんだノヴィ? 今の話でお主も気が変わったか?」
「はい。実はこのままいってしまうと、近いうちに人族と戦争が起こりそうな勢いなので」
「まぁそうであるな。近いうちにではないぞ、明日から人族の街に遊びに行ってもいいと考えとる。それでノヴィよ、お主はどちらに味方する? お主のことはテレサが相当気に入っておるからな、今戻るというならこれまでのことは勿論不問に致す」
今の生き残れると言われた瞬間に安堵しているあたり、やっぱり小さい男だなとしみじみ思うよ。
「ものは相談ですが、一度戦争のシミュレーションを……えーと模擬戦闘をやってみませんか?」
「この場にいる誰かと試そうというのか」
「はいそうです。ですが一番いいのは魔王様とこの場の一番戦力になる者が、試してみるのが良いかと。実のところ魔王様の本気を見たことが無いものですから。もちろん魔王様が歴代生誕でも有数の実力者ということは存じております」
「ノヴィも言うようになったではないか。……ただ我ら一同、一度はお主に出し抜かれたんじゃ。ここで妾の本気を見せておくのもよかろう」
その瞬間、辺り一面が魔力の奔流に飲まれる。柱の石柱や地面にピシピシと細かいヒビが入りだした。もうここまで来るとファンタジーとかそんな次元じゃない。
(ヤッ、ヤベェ……。魔力を感じていない俺でも、相当マズイ規模の魔力を発していると分かる。他の人達も異常な震え方をしている)
「魔王様。少々落ち着いて頂けませんか。何も力比べをして下さいと申し上げているつもりではないのです」
「ふむそうか? 妾としてはこの場にいる奴等、皆殺しにでもしようかと思っていたのだが」
「いえいえ。俺は魔王様の力が凄いことは俺も知っていますから。仮にもヴルムとハッセルが配下なわけですし」
「何を見せて欲しい言うとるんじゃ?」
「武力、魔力に劣る俺が皆を欺いて、どうして脱出できたのか、魔王様ならお分かりかと思います」
「そうだな。お主の本質は分析力、計画性、即ち『知力』に通じるところが大きい」
「自分で言うのもなんですが、俺なりに知力に関することで、色々やってきたつもりです。勿論ダンジョンを抜ける際は、魔王様含め、皆の優しさに付け込んでいる面も大きい為、自分の知力が優れているとかそんなことは申しません。ですが俺は知力無き王に付き従う気も毛頭御座いません」
「お主は妾に知性を見せろと言うておるのか?」
「左様です。そこで今回このような余興を用意致しました」
「ほう、見たことも無いアイテムじゃのう。それが知性を測る為のアイテムじゃというのか?」
「ええ、そうです。知性を測る為の『チェス』というアイテムに御座います」
玩具をハッタリ道具として使う。実は菓子折りの代わりに、献上品と用意していたのである。なんだかんだで、このチェス第一号完成度が凄い高いからな。このような形で使う羽目になるとは、俺もびっくりだよ。
ただ地球の歴史を鑑みれば、実戦争の代わりにチェスを用いたみたいな話も聞いたことがある。戦争シミュレーションとも言えなくもない。少なくとも知性を競わせることは可能である筈だ。
「ほう、この黒い細工はよく出来とるわ。特に艶が良い」
「それは遥か遠方に住む人族の工芸品の一つ『漆』を利用しています」
「お主そんな場所にまで出向いておったのか?」
「いえ、俺はファルファシオンに身を潜めておりました。その際遠方から来た人族の者と仲良くなり、『漆』を使った細工を思いついたのです」
「ほう人族にしては、なかなかいいセンスをしておる」
「魔王様ならそう言って頂けると思い、本日はこれをご用意した次第です。実は悲しい話ですが、ファルファシオンではこの『漆』を使った製品全く売れなく、金に困っていた職人と仲良くなり、この『チェス』に協力頂いた経緯でございます」
「全く見る目が無いのう。気に入った。その漆職人は残すよう図ろう」
「はい、ありがとうございます」
良かった。想像以上に漆効果が抜群であった。魔族だから黒い品々が好きという、安直な考え方をしていたが、予想が的中して良かった。初めてあった時、真っ黒い鎧とか装着していた人だったしな。
ファルファシオンには『漆』という価値のある物が存在する、そんな知識をレティに植え付けることができた。
流れにつけ込み、現在『漆』を使った食器の製作に取り組んでいる。複数の職人に依頼しているとも説明。本当はツクダさんにしか依頼していないけど、この面子にはその事実を知るものがいない。どんどんフッカケておく。どちらにしろ、いずれは大量生産で売り込む予定だったしな。
「まことか! よくやったノヴィ」
「ありがとうございます。それで……」
「皆まで言うな。お主の言いたいことは分かった。少なくとも街を壊すという、無下にする真似はやらぬ。このような芸術品を扱う職人達を殺すのは、妾も胸が痛む」
ヤベェよツクダさん。あんたファルファシオンの英雄だよ。マジで英雄。あの時チェス作りに巻き込んで本当に良かったわ。最低限ではあるが、街の致命的な被害を避けることは出来たと思う。
次に解決しないといけない問題は冒険者とダンジョンについて。結局ここに至ってしまう。本当に面倒である。
「それで魔王様いえ、レティ様へご提案なのですが……」
冒険者が生き残る為の闘いを始める。
「このチェスで一番知性が優れる者と、知恵比べをしてみませんか?」
次話は7/12予定です。
※できるだけ気づいた時に誤字はステルス修正しております。ご迷惑おかけします。




