第三十一話 そのフラグはどんな魔法よりもこわひ。
俺が生誕に向かうと決まって以来、屋敷内に重苦しい空気が漂う。
例えば爺さんの場合、チェスを持ち出そうとしたところ、チェスは置いてけだの、チェス作りが残ってるだの文句を言い続ける。この人なりに、俺を止める理由を作ってくれていることはそれとなく気づいた。もしかしたら本気で言ってるだけかもしれないが。
そしてエポックス。チェスで未だに俺に一勝もしていないことを出しにして、さっきからずっとチェッカー、オセロ、チェスを続けながら無駄話を繰り返す。
「本当にダンジョンに行くのか?」
「行くよ。皆そんなノリになちゃってるし」
何度目かになる押し問答。ただ淡々と駒を進める。どうせ勝っても負けてもまだ続けるのである。であれば駒は進めるだけでいい。
「続きはどうするんだよ」
「エポックスの好きなようにしてくれていいよ。チェスの利権の半分はエポックスが持っているんだしさ」
「半分もいらねーよ。お前が殆ど考えたんだろうが」
いつかの帰り道と同じようなやり取りを、延々と繰り返している。
「それにファンレはどうするんだよ」
「シヴさんにお願いしてあるからいいよ。それにおっちゃんも味方してくれるだろ?」
「お前の玩具じゃあるまいし、ついでのように残していくなよ」
ここで匿って貰っている間にシヴさんもエポックスも、随分とファンレとの関係が変革したと思う。
最初は積極的に話し掛ける感じではなかったが、チェスで一向に勝てないことや、俺達の会話に対して十分な理解を示すこと、そして彼女自身の明るさと持ち前の可愛さが彼女と彼等の垣根を取り払っていた。
なんとなくではあるが、あとは俺がいなくても、自然と街に溶けこんでくれそうな予感がする。シヴさんには俺が進めていた残りの計画を託している。出来れば結果を見届けたいところではあるが、あの人であればそんなヘマはしないと思う。どちらにしても街には帰る予定。
「俺はよ、小さい頃は細工師になりたかったんだ。俺以上に認められる細工師は沢山居て、俺は直ぐにその道を諦めた。食っていくには武具の鍛冶屋が一番だったからな。ただ武具作りが上手いかというと、失敗することもちょこちょこあったんだぜ」
エポックスも駒を適当に進める。
「そんな時お前が樽のゴミ屑から『チェッカー』を作ってきたときは、頭をガツーンとされた感じだったんだぜ。俺の理想としていた細工がゴミ樽から出来たんだからな。そうしたら今度は馬鹿でも出来る形にしたいていって、『オセロ』にしちまった。俺は皆が心酔するような細工じゃなくて、手にとってもらって、気軽に付けてくれるような細工を作りたかったんだ。道は違ったけど、お前がやっていたことは俺が捨ててきた夢だったんだ」
最後に黒と白のキングだけが残る。
「なあ考え直さないか? どうしてお前がダンジョンに潜る必要があるんだ」
「行くよ俺は。最初は行かないつもりだったけど、行かないといけない理由も浮かんじゃったから……さ」
「なんだよその理由は、ファンレを置いてでも行く理由になるのかよ」
「おっちゃんやシヴさんは、ファンレの為に信じていた神様を捨ててくれた。だけど俺にはそのことが、なんか小さな刺が刺さったままで嫌なんだよ」
彼等は結果として神に背く行為をしている。決して口にしたことではないが、この世界の教会の教えを聞く限りでは、現在の彼等の行動は教会に敵対していると考えられる。
黒のキングが白のキングを倒した。
「大丈夫、ちゃんと帰ってくるから。そんときはチェスの収入楽しみにしてるよ」
そして夜になっても、折れない者が一人。ファンレ。彼女だけは折れることなく、俺を引き止める説得を続けていた。俺なんかがダンジョンに行ったら、死んでしまうだの、絶対に無事では帰ってこれないだの必至に引き止められる。時には一緒に別の街へ逃げようとさえ誘われる。ファンレの勢いに任せた告白でも決心は揺るがない。そんな俺をつなぎ止めるよう唇が奪われる。私の気持ちを置いて、逃げるのなんだのと、女の武器、情を誘う。はたまた俺が殺される夢を見たからなど、あらゆる形で繋ぎ止める。
「大丈夫だって。理由は知らないけど、本当にダンジョンの出入りは出来るからさ。それにリリアンさんから連絡があってさ、Aクラスの人が同行してくれることになったから、なんとかなるよ。最悪直ぐに逃げてくるし」
「いやだぁ」
泣き喚く彼女を優しく撫でる。
「ファンレはダンジョンや魔族が怖いんだよね?」
「こわいに決まってるょぉ」
彼女達……おそらく人族達にとって、魔族や魔王は畏怖の象徴であり、恐怖そのものなんであろう。かなり本格的に俺が帰ってこれないイメージを持っているようだ。
「もし、だけどさ。……俺が魔族だって言ったらどうする?」
俺は元々そこまで深刻に考えていないが、もしかしたらいつかは知られるかもしれない隠し事。人族や獣族が半獣を否定したように、俺も否定される可能性がある。場合によっては、半獣よりも更に酷い扱いとなる可能性だってある。
「ノヴィがもし魔族でも好きだよ。ノヴィが人族だから好きになったんじゃないの。ノヴィだから好きになったんだよ」
「ありがとう。もし魔族が俺みたいな奴等だったらどう思う?」
「多分だけど……怖くないかもしれない」
「大丈夫大丈夫。魔族なんて俺に毛の生えた程度の奴等だからさ(嘘だけど」
「顔に嘘て書いてあるよぉ」
別に魔族との垣根を払おうとかそんな仰々しい考えで、ダンジョンに潜るつもりなんて無い。心にある何かがダンジョンに行けと強く囁くのである。
ハッキリと覚えていないが、この世界に来て以来、俺の不安を取り除き、妙な自信を与えてくれていた強い心が、生誕に行くべきだといざなう。
この強い心があったからなんとかここまでやって来れた。最初は無理そうだったダンジョンすら脱出することが出来た。であれば、ダンジョンの一つや二つ余裕…………やっぱり一つだけでいいや。
話し合えばきっと無事に解決できる気がする。うん、そんな気がする。まずはこの世界に蘇らせてくれたこと、ついでに若くしてくれた事に礼を言って、黙って出てきたことを謝って、それからまたこの街に戻りたいことを申し上げる。
それでなんか解決出来る気がする。幸いあの小さい魔王様は知性に優れた感じだし、説得すればなんとかなりそうだ。説得する手段もいくつか用意している。
それになんと言っても、話し合うのは俺じゃなくてお偉いさんだし。あくまで俺はオマケ。
「そうだ。帰ってきたら、なんでもいいからさ、ファンレのお願い事聞くよ。勿論俺に出来る範囲だけど。だからそれで許して」
「本当?」
「本当本当。幸い今の俺って結構金持ちだからさ」
木版印刷(既に活版気味)に喜びを上げたシヴさんが、暫くは困らない程の金をぽーんくれたのである。その額金貨100枚。金貨100枚で単位が上がるから、白金貨1枚か。日本円に換算するとざっと1億円。そんな金をぽーんと出せる爺さんも凄いが、まぁ俺も金持ちの仲間入りと考えてもいいだろう。今なら家も買ってあげることもできる。といっても、この街の家というのは日本にあるような一戸建てではなく、屋敷や豪邸みたいなのが標準なようだ。
「本当に本当? 嘘付かない?」
「大丈夫大丈夫。金貨100枚以内のことならなんとかするよ」
と一応予防線を張っておく俺は、男としての器が小さいのかもしれない。
「分かった……」
良かった良かった。なんとか夜が明ける前に納得してくれたようである。
「街に帰ってきたら、私とつがいになって」
「つがい?」
「うん──結婚して」
彼女はとんでもないフラグを立ててしまう。どんなに強力な登場人物でも、その呪いの台詞一つで運命付けられてしまう禁断の台詞。
『 死 亡 フ ラ グ 』
すげぇピンチの予感がしてきた…………。
次話は早ければ7/11にアップ出来ると思います。




