第三十話 ゆうべは おたのしみでしたね。ていくつー
最近はシヴ宅の良質なベッドと起床時間にすっかり慣れてしまい、酒場の生活と比べて明らかに生活がダラけきっていた。日が明るくなる頃に軽く目を覚まし、そこから更に布団で惰眠を貪るのである。大抵はこの惰眠を満喫しているところで、ファンレが起こしに来てくれるというのがここ最近のパターン。全く持って贅沢な朝である。
今朝も惰眠を満喫しようとしたところ、いつもと様子が違うと気付く。自分の体に寄りかかる何かを手で探る様に確認する。それが人の頭であることは一瞬で分かった。
遂にこの時が来てしまった。そうファンレとの関係が進んでしまうのである。
(気持ちよさそうに寝ていたから、私も潜り込んじゃった、テへ)
とかキモイことを想像。俺に寄りかかるその頭をナデナデしてあげる。髪がサラサラして気持ちが良い。そして彼女のチャームポイントである、獣耳を愛撫しようとしたところで違和感を感じ始める。
(あれ耳が無い)
まさかファンレの獣耳はオプション装備だったのであろうか……。いやそんなわけがない。そんなことがあったら歴史的大発見である。彼女の頭を確認する様にサワサワする。耳が……ある……けど……なんだこれ?
耳が妙にでかい、正しくは長い気がする。耳の形を確かめるようになぞっていると、
「ぁぁぁぁんぅ」
妙に艶かしい声が聞こえた。
(え?)
明らかにファンレの声じゃない。ファンレの若々しいあの元気ある声じゃなくて、もっとこう色っぽくてツヤっぽいのである。とにかくファンレの声じゃない。ファンレ親衛隊の俺が言うのだから間違いない。
「ノヴィ、もう朝だよ。起きてー」
(そうそうこんな感じの、明るい系の声なのであ──ん?)
俺は飛び跳ねるように体を起こす。俺は見たこともない御方の耳を弄っていた。
「っん」
目の前の見知らぬ御方の色っぽい声がもう一度響く。
「ノヴィお邪魔だったかな?」
ファンレが笑いながら俺の側に居た。笑ってるけど、ちょっと頬がピクピク引きつってる。折角これまで築いたファンレとのフラグが、ボキボキ折れていく不吉な音が響き渡る。
それからというもの、ここ最近ずっと俺の隣を陣取っていたはずのファンレが遠くにいる。心的な距離ではなく物理的に遠い。
(あぁぁああああ。なんでこうなったあああああ)
俺は心の中で叫び続ける。
そして俺達の目の前には、俺のベッドで倒れこんでいた女性と妖精が座らされていた。俺と妖精の視線が合う。妖精が滅茶苦茶ビビっている。妖精を見たのは初めてであるが、人をそのまま縮小したようなサイズの小さい小人である。妖精とか本気でファンタジー。この妖精俺と視線がぶつかると、どんどん顔面を蒼白にして、泣いて謝ってきたのである。
昔から動物にやたら吠えられたりとかはあったが、初対面の妖精にマジ泣きされるとか、顔つきに問題でもあるのだろうか。整っているとは思わないが、少々自信を無くしてきた。
そして俺達と同じサイズの人。綺麗な金髪に西洋的美人を絵にしたような綺麗な女性だ。そして最大の特徴は今朝散々弄り倒していた長い耳。この方どう見てもアレ。
『エルフ』である。
俺の知識が一致するのであれば、エルフの人なのである。この世界にエルフがいたということも初めて知ったぐらいである。当然見たのも初めて。
現在、朝急ぎでニュトンさんに来て頂き、俺達の代わりに尋問してもらっている次第である。どう見ても俺を狙った刺客っぽいが、ベッドで寝ているとか間違いなくドジっ子だな。俺の中でドジっ子エルフに決まった。
「俺エルフなんて見たの初めてだわ。なんでエルフが居るんだ?」
徹夜明けのエポックスも騒ぎで目を覚まし、同じ部屋にやって来る。
「今朝ノヴィの・お・な・じ・ベッドで寝ていたんです」
俺の言い訳も虚しく、ファンレがやたら『同じ』という単語を強調して説明する。
「ノヴィ、お前何処であんな綺麗どころ買ってきたんだよ」
「俺外に出てないよ?分かる?理解ってて言ってるよね?」
「ああ。面白いのとちょっとムカつくから、からかっただけだよ」
エポックスの話では、この世界のエルフは本当に稀少らしい。昔あった龍神災害の際に一族がやられ、元々数が少ないエルフは姿を見せなくなったとかなんとか。人族との関係はそれなりで、昔は知識の共有などをしていたとか。
そんな感じでこの世界のエルフの知識を補完していると、ニュトンとシヴから声が掛かる。
「初めまして。リリアン=バレットベクトールと言います。一応S級冒険者です」
S級冒険者という発言に、ファンレもエポックスもやたらびっくりしているようだ。S級に命を狙われていたとか俺もびっくりだよ。まあ相手がドジっ子で助かった。
「わたしはS級妖精のセレクティ──ヒィィィィィィ。偉そうにしてスミマセンスミマセンスミマセン」
俺と視線が合うとこれである。寝返りで潰してしまったのだかろうか?どちらにしても自業自得。
「話をする前にですが、貴方達は俺の命を狙いに来た刺客なんですよね?」
「大分誤解があったようなので、まずは謝罪と訂正させて頂く機会を頂けないですか?」
話を統合するとこうらしい。俺の捜索が始まった理由が、ギルド長及びそれよりも偉い妖精族からの依頼であること。今回この街の出来事と捜索理由は関係無いとのことであった。
「俺が妖精族とまともに話したのはこれが初めてなんですけど……。妖精族に呼び出される心当たりが全く無いのですが」
「私も実はノヴィさんを連れて生誕に潜って欲しいとしか、聞かされていなくて。詳しくは妖精が事情を聞いているのだけど……」
なんというか鬼を目の前にした小さな子供のように、隣にいるエルフにしがみついて終始泣いている。
「俺、一旦どっかに行きましょうか? どうも俺が泣かれている原因のようですし」
「すみません、そうして頂けると。私もこんなティアの姿は初めて見るから……」
一旦俺だけ部屋を出ることにする。
(しかし参ったな。生誕絡みだったのは痛い。この流れでいくと俺が『魔人』とバレるのも時間の問題な気がしてきた。となれば、この街を出る準備をしないといけないかもしれない)
どうしようどうしようと悩んでいると、部屋に戻ってくるよう呼びかけられる。
「どうか生誕に入ることにご協力お願いします」
リリアンさんが頭を下げてお願いする。最初のインパクトはともかく、友好的に接してくれる為無下にし難い。
しかしここで俺が変な気を回すと、ファンレの好感度が下がる一方である。
「すみませんが、お断りします。ダンジョンに入る実力が無いことは、俺が一番理解していますから」
「お願いですノヴィ様! 一緒にダンジョンに来てください。一緒に来てくれないと私がテレスタジア様に殺されちゃいます! テレスタジア様はノヴィ様に会いたい会いたいと、毎夜枕を濡らしていると仰っていました」
妖精が俺の前にスライディング土下座を決める。
そして妖精のマシンガントークに一同が耳聡く反応。このチビ妖精さらっと言わなくてもいいことまで言いおった。セレクティアがテレサと知り合いだったとは、もうこのファンタジー世界狭すぎるだろ……。
どうしようかしらね。本気で困っている。具体的にどう困っているかというと、ファンレのことである。女の直感であるのか知らないが、テレスタジアの名前に反応していた。俺に向けるそのニコニコ顔がまじ怖い。これが平時ならともかく、この状況でそのニコニコ顔は怒りの裏返しとしか考えられない。
俺がどうしようかと悩んでいると、妖精が『後生ですから~』と泣きついてきた。ある程度戦力を整えて行けば、多分帰れると思いたいが実際の所はどうなのだろうか。ちょっと聞いてみるか。
「そうね。ダンジョン最下層となればSランクとAランク構成でないと踏破が難しいわね。ただ今回は少々事情が違うから。生誕の場合、多少は戦力を落としても行けると思うわ」
生誕のダンジョンとして質が劣ることは、割と有名なようである。
「実は依頼主からノヴィさんが一緒であれば、最下層までは行けるみたいなことを言われているの……」
まぁ魔族の誰かと会えば、そのまま顔見知り的な展開で行けるだろうしな。ダンジョンを抜けてきた逆手順で潜れば不可能では無い気がする
「どちらにしても俺を除き、踏破可能なメンバーは出来る限り揃えて欲しいですね。自分で言うのもなんですが、役に立つ自信がこれっぽちも無いですから」
「そう……、実はこの街に入って冒険者ギルドに寄ってみたのだけど……」
やはりリリアンさんから見ても、ファルファシオンの冒険者の質に問題が見えたようである。
「しょうがねぇーな。ここでノヴィを殺すわけにもいかねーし、俺が一緒に行ってやるよ」
随分と男前な発言をしたのは、傭兵ギルド長のニュトンさんである。
「ニュトンさんはダンジョン行けるのですか?」
「ああ、問題ないぜ。妖精は持ってないけど、魔力はあるしな」
やべぇ。超頼りになる人に見えてきた。今ならこの人に尻……これ以上このネタは言わないでおこう。いつかマジでそうなりそうな気がして怖い。
「そうなるとあと一人ぐらい欲しいわ。あまり人数増やしても、行動に制限が掛かっちゃうし。今回はダンジョン踏破優先で、素材やアイテムは無視するようにします。残りの一人はギルド長と相談して決めるとして、明日一日は準備に当てましょう。出発は明後日」
流石ベテランなだけあり、決まってしまえばあとはあっという間に段取りを組んでくれる。俺は荷物を揃える心得等が一切無い為、リリアンさんが揃えてくれるらしい。というか頼まれているのに、金払って準備するというのも納得いかないしな。
「すみません。帰る前にその妖精ちょっと借りていいですか?」
「ヒィイイイイ」
妖精を連れて外に出る。あることを確認しないといけないからである。
「ももっももしかして、何か余計なこと言いましたでしょうかっ!?」
「余計なことだらけだよ。まぁいいやそれは。セレクティアは『魔人』について知ってるの?」
「はい『魔神様』のことは、ヴィヴィアン様からも知らされております」
(ヴィヴィアンという人は初めて聞く名である。この人が依頼主なのであろうか?)
「『魔人』の件はこの街だと、どれ位の人が把握してるの?」
「私を除くとギルド長のフランぐらいかと。魔神様の事は妖精族の中で秘密になっております」
(妖精族の口止めさえうまくいけば、この街に暮らせそうである)
「『魔人』の件誰にも言うなよ、言ったら分かるな?」
セレクティアが涙目のまま何度もコクコク頷く。




