第二十九話 魔神少し怒る
皆が寝静まるシヴ=リューケン屋敷。屋敷中を幻透過で遊々歩く二人がいる。S級冒険者リリアン=バレットベクトールとS級妖精セレクティアである。妖精であるセレクティアはリリアンの肩に止まっているだけであるが、その余裕から足をプラプラ遊ばせているのである。
(ここかしら?)
(あたりー)
ノヴィが寝静まる部屋を見つける。S級妖精であるセレクティアには秘術の一つ『夢遊病』が使える。妖精が寝ている対象をそのまま動かす結構危ない秘術である。S級冒険者であるとはいえ、男一人を担いで外に出ることは骨が折れる為、こうして楽な手段に走る。リリアンは魔力容量がそれなりにある為、妖精秘術を一つ二つ使っても十分と余力を残していた。
(気をつけてね)
(いってきまーす)
いつもの調子でセレクティアの様子を見守るリリアン。
セレクティアはノヴィの上に乗り、同じように目を閉じると、ノヴィの精神へと潜る。
セレクィアは一瞬の意識の途切れから目覚めると、精神世界に立っていた。
「ここ……どこかなー?」
セレクティアの目の前には人族の居住区建物のようなものがある。しかし、精神世界では本来あり得るはずのない建造物である。
「別の世界に飛ばされちゃった!?」
一瞬焦って周りを見渡すと、自分が生まれ育った森がある。魂の回廊じゃなくて、なんで森?と一瞬混乱するも、問題無いと直ぐに判断すると建物の中へと入って行く……。
建物の中には精神世界どころか、俗世界ですら見たことも無いようなものがズラッと並んでいた。
「なっ!? なにココー!!」
好奇心旺盛な妖精族達にとって、そこは心躍る程の未知の世界。
セレクティはぴょんぴょん跳ねては、次々と別の場所に移動。立てかけてあるような物を触り、倒して、転がして、挙句に壊し始めた。
悪戯好きの猫が夢中になった部屋のように、みるみる部屋が散らかり、悲惨な姿へと早変わり始めた時、セレクィアを問答無用で捕まえる衝撃が走る。
「きゃあああああああああ」
魔神の魂が無言のまま妖精を握る。普段は温厚な魔神の魂が、本当に珍しく怒気を放っていた。そしてこの怒気は精神世界周囲へと一瞬にして浸透する。
魔神の魂が怒っているという異常事態に、魔神の魂を知る住人が何事かと慌てて姿をみせる。
「妖精?」
真っ先に駆けつけたのは、未だダンジョン中で不満を募らせていたテレサ。
「まー」
「じーんーが」
「おこってる……」
ウー、フィー、ナーも見たこと無い魔神の姿、恐怖のあまりコッソリ影から覗くだけである。
「何事ですか?」
僅かに遅れてやって来たのは、湖の姫たるヴィヴィアン。
「ヴィヴィアンさまぁー」
半泣き顔でセレクティアがヴィヴィアンに助けを求める。
「セレクティアが何故ここに……、言うまでも無いですね。力を見誤り寝込みを襲いましたか」
「はあ!? なにそれ!!」
ヴィヴィアンの言葉に今度はテレサが激昂する。自分が知らぬ場所でノヴィが襲われていると聞いただけで、テレサは爆発寸前の状態になっていた。
魂の回廊と森で怒らしてはいけないTOP3の内の二人が怒りを放つ。ヴィヴィアンはそれなりに力がある為、留まり続ける。ウー、フィー、ナーも恐怖はしつつも、実は内包する力は強力な為、こそこそ隠れながらもこの場の様子を観察する。
そして現在この場で一番格下で弱いとされる、S級妖精セレクティア。俗世界ではそれはそれはチヤホヤされていた彼女は天狗になっていたが、この場においては睨まれた蛙同然。出来れば逃げたい。しかし、魔神の手の中で死刑宣告を突きつけられている状況。
「す゛み゛ま゛せ゛ん゛。びゃああああ」
セレクティアは遂に泣きだしてしまったが、魔神の怒りが一向に冷める様子が無いのである。
「何が原因かと思いましたが、明らかにこれですね……」
魔神の魂の住処たる場所が、見るも無残に荒らされていた。
「このちっこいのはヴィヴィアンのかしら。どちらにしても消すから」
「ヒィィィィイイイ」
ドスの利いたテレサの声に、セレクティがそのまま消えてしまいそうになる。
「テレサ申し訳ありません。これは私の責任です。全てお話するので、テレサだけでも怒りを抑えてもらえないでしょうか。この散らかした場所は私共が片付けます」
散らかした書物や立ててあったもの等、記憶の限り元の場所へと戻していく。
「貴方達も手伝って下さい」
「えー」
「ティアがー」
「わるいのにー」
「貴方達はセレクティアのお姉さんです。妹を助ける為に手伝いなさい」
「「「はーい」」」
ヴィヴィアンが母のように三人の妖精を諭すと、片付けに参加させる。一族がやらかした問題である為、一族が揃って謝らないといけない。でないとこの魔神の魂が本気で妖精族を滅ぼしかねない、それほどの雰囲気が漂い続けていた。
「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛~」
泣きながら謝るセレクティアの様子は、最早泣くだけの赤子であった。
怒りを抑えていたテレサも、その様子とやり取りにすっかり毒気を抜かれ、妖精族と共に部屋の片付けを始めた。
以前と全く同じとは言えないが、片付けが終わるとヴィヴィアンが魔神の魂に向けて頭を下げる。実は片付けを終えても、一向に魔神の魂が怒りが治まる様子が見えない。
「我々妖精族が、貴方様の寝屋を荒らしたこと誠に申し訳御座いません。その者の命でお怒りを収めて頂けるなら、差し出し致します。ですが、もしお慈悲の心を頂けるようであれば、私の魂でお許し頂けないでしょうか。そのような末端の馬鹿者でも私にとっては、愛しい我が子で御座います」
普段は暴君を振りかざしているヴィヴィアンであったが、今の彼女にはそのような言葉は微塵も無かった。普段のヴィヴィアンを知るテレサではあったが、その母たる姿に心を打たれる。
「「「まじんーさーまー、ごーめんー」」」
ウー、フィー、ナーも揃った、謝辞を述べる。
「私からもお詫びします。どうかこの者達を許しては頂けないでしょうか」
テレサも揃い頭を下げる。
「次ニ我ラニ敵意ヲ向ケレバ滅ビヲ迎エルト知レ」
魔神がセレクティアを放つと、魔神はその姿を奥へと消してゆく。こうして魂の回廊と森を大騒がせした、一夜の事件が収束に向かう。
テレサはこの時ふと魔神の言葉が気になった。
(我ら? ノヴィの魂が二つ? どういった意味かしら)
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時は少し遡り、セレクティアがまだ魔神に捕まった状態の頃。
(おかしい。一向にティアが戻ってこない)
普段であれば然程時間も掛からずに終わるであろう作業が止まったままである。今になり自分の冒険者の勘が警笛を鳴らし始める。
判断に迷うリリアンではあったが、相棒であるセレクティアが最優先と判断。撤退の為ティアの体に触れた瞬間のことである。リリアンは立ち眩みを意識した途端、眠りに落ちてしまった。セレクティアを引き剥がそうとしたところ、リリアンの精神体が逆に引き込まれてしまったのであった…………。




