第十九話 ちょっと早くないですか?
あれだけシリアスに決意した誓いが、早速崩れそうである。なんと脆い決意。
俺もファンレさんも今日の寝床が無い。最初は俺が下の食堂で寝るといったが、それをファンレさんが絶対譲らず、自分が食堂で寝ると言い出したのだ。こんな美少女を食堂で寝かせることは俺の紳士道が許さない。
これが不細工な人だったらちょっと分からない。もし彼女がちょっと見た目麗しくない人だとしたら、どうしていただろうか。正直に言おう。俺はここまで彼女を優先していなかった。あの無駄にシリアスな決意も無かった気がする。男として正常な判断であることをどうか理解してほしい。
結局堂々巡りとなり、最終的に鶴の一声で二人共寝床を同じにすることになってしまった。
そして現在この寝床。俺にとってはここ最近慣れた部屋ではある。そしてこの部屋、従業員用であるから狭い。何が言いたいのか、まぁ少しずつ言おうではないか。狭いということはベッドが近いのである。しかも部屋にはベッドが二つしかない。あえてもう一度言おう、部屋は狭いのである。ベッドとベッドの隙間は人が入れるかの僅かな隙間。正直タリサさんのような、ふくよかな女性は入れない程の隙間である。つまりベッアンベッが近いのである。
何訳の分からない台詞を並べているって? HAHAHAHAHA。もうちょっと俺に付き合いなYO。
「……ん」
隣のベッドから甘い吐息が聞こえてくる。先程まで一人でアメリカン通販ごっこっぽく意識を逸らしていたのはこれが原因。お隣から聞こえてくる吐息一つで、直ぐに意識してしまうのである。
最初は羊でも数えていれば余裕じゃねと思っていたのではあるが、非常に甘い試みであった。この世界に来て以来、女性と寝床を共にすることが初めてであると失念していた。正確には油断していた。
この世界ファンタジーな癖に、中世ヨーロッパを見習ったかのよう、お風呂に入る習慣が殆ど無い。お湯で体を拭くというのが生活習慣であるが、今晩はバタバタした状況が続いてしまい、結局俺もファンレさんもそんな時間が無かった。
そう、彼女の臭いがヤバイ。もっと臭いとかならアレなんだが、そんなことは美少女にはあるまい。なんかいい匂いなのである。フェロモンが男性ホルモンを刺激するのか、目が冴える程の興奮状態。非常に由々しき状態であった。
結局……隣の美少女を起こさないようにコッソリ抜け出した俺は、部屋を出て、廊下に座り込む。マントに包まると、意識がうとうとフェードアウトする。
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「────さん」
「───ィさん」
「ノ、ヴィー、さん!」
その声で飛び起きるように体を起こす。
「はいノヴィです。この酒場で一番下っ端のノヴィっす」
「何を変なこと言ってるの、おはよう」
「おはよう。ファンタジスタさん」
アレ、目の前の美少女がちょっと涙目。
「おはよう、ファンレさん。ちょっとしたお茶目だよ!」
意地悪だのなんだの文句を言われつつ、二人で1階へ降りる。
「ノヴィあんたにしては珍しく早いじゃないか。て、起こされただけか」
この世界の人達が無駄に早起きなだけだよ。恐らくではあるが24時間周期と考えた場合、この世界の人達の起床は6時頃で遅い基準なのである。お陰様で下っ端の癖に一番寝坊助という不名誉を得ている。
まだ中途半端な眠気に襲われていると、次々と目の前に簡単な朝食が置かれていく。下っ端の癖に座っているだけという、実はこの時間にだけ許された上級階層的扱いなのである。
パンを千切ると口に入れてモソモソ食べる。普段食べるスピードの8割減ぐらいである。かつて無い眠気に襲われたまま朝食に挑む。口に入れようとしたものをポロッと落とす。
「あぁ~。何やってんだいあんたは」
何処かから絶対強者の声が聞こえてくる。逆らってはいけない人だと、判っていても脳が働かない。
「あーん、して」
言われるがままに口を開ける。
「はい、お口閉じて」
言われるがまま口を閉じる。なんかパン意外のも一緒に口の中に入る。モソモソさせていると、それが直ぐに引っ込む。パンがふやけると、そのまま喉の奥に落とす。
そして気が付くと俺は街中を歩いていた。一体いつ俺は酒場を出たのか。全くもって意味不明である。そして隣には例のスーパー美少女がおられるではないか。何処から時が飛んでいるのであろうか。
「はぁ、やっぱり全部覚えてない……」
昨日とは打って変わって、随分と打ち砕けた関係になれたものである。
「ご飯食べた後に、街を案内してくれるて言ったじゃない」
「俺そんなこと言ったの? ファンレさんはてっきりこの街の住人とばかり思ってたよ」
信じられないといった顔で睨まれる。この美少女の眼光だとちょっとゾクゾク来ちゃったよ。目覚めてはいけない属性が付いてしまいそうだ。感覚的に言えば、戦闘中に頭に電球がピコーン!て点灯、『M』という技でも閃いてしまいそうである。
「ファ・ン・レ。さっきそう呼んでくれるようにお願いしたら、頷いたのはノヴィだよ」
まじかよ俺。しかも俺の呼称もノヴィになってる。まぁいいや。
「俺、二箇所ぐらいしか知らないよ」
「でもノヴィはこの街に来て、結構経ってるでしょ?」
「スプライドさんやタリサさんに聞いてない? 俺この街に辿り着いたとき、マント一枚でさ、お金も一切無かったんだよ。つい最近までは金無しだったから、街の工房に入り浸ってたんだ」
「ふーん」
あ、あんまり興味無さそう。俺、年頃の娘さんの興味ありそうな話なんて知らないよ。そんな気の利いたプレイボーイであれば、この世界にいない気がする。
「とりあえず、露店が並ぶところに行ってみようか」
着いた途端、彼女があっちこっち物珍しそうに顔を覗かせる。勿論俺も引きずられる形にてお供をしている。アレは何だのと言われるが、俺も知らん。アレは可愛いと言われると、センスを疑うぐらいの微妙っぽい彫り物。この世界の美的意識がおかしいのか、この美少女のセンスが悪いかは俺も知らん。
するとファンレがある露店に食いつくように張り付いてしまった。鏡などを扱っている店である。鏡屋っぽい露店を見たのは初めてだ。
ファンレの様子を観察していると、何やらコソコソ身嗜みを整えている節がある。あの酒場では鏡らしい鏡を見た記憶が無い。多分この世界で鏡を見たのが初めてだ。
鏡の製法てどんな感じなんだろう。透明度の高いガラスに、反射率の高い銀を垂らせば完成。というイメージがあるが、近代的な鏡を作るには工程が複雑なんだろうけど一切不明だ。うまくいけば俺の世界侵略に一歩近づくと思ったが、駄目なようであった。
そして目の前の美少女は相変わらず鏡に夢中である。ファンレはもしかして自分に酔っている人だったりするのか……?
あ、店主がちょっとイラッとした表情をしている。これはちょっとマズイ雰囲気がするな……。
「ファンレそんなに鏡に映る自分が好きなのか?」
「何言ってるの違うわ。良さそうな鏡が無いかなぁて見てただけよ」
それにしては、しきりに何度も髪の毛を解いていた気がする。ふと鏡に写った俺の顔に気づく……、
「なんじゃこりゃあああああー」
思わず叫んじゃったよ。突然の声に周囲に居た人が全員俺に振り向く。騒がしてスミマセンと、周りにペコペコ頭を下げる。
何度見ても間違いない。俺の顔が妙に若い。年齢は15~20歳ぐらいに見える。生誕で召喚された影響だろうか。そういえば魔王様が召喚した時に、再生したとかなんとか言っていた気がするが……全く覚えていない。
「ファンレ俺の顔て幾つぐらいに見える?」
「急にどうしたの? もしかして顔の作り気にしてるの?」
「いやいや不細工とかはどうでもいいの。歳は幾つぐらいに見えるか聞きたいんだ」
「ん~。16か17ぐらいかな」
この場の鏡がマジックアイテムとかそんな類では無いようである。ここに来てトンデモ事実が判明してしまった。もしかしたら召喚の影響で肉体自体も若返ってる可能性が高い。ずっと死んだ時の40過ぎの体とばかり思っていたが……よく考えてみると、ダンジョン脱出するほどの体力が40過ぎのオッサンにあるとは思えない。
「ノヴィ……そろそろ行こ」
隣でクイクイと袖を引っ張られる。目の前の店主が買うの買わないのと睨んでいる。ここはサッサと退散しよう。
「ノヴィ、ありがとう!」
買ってあげた手鏡を嬉しそうに抱えている。余程欲しかったのであろう、これだけ喜んでくれるなら男冥利に尽きるというものだ。
「でも、ノヴィ。本当にお金は大丈夫なの?」
実は意外とこの手鏡の料金が高く、銀貨10枚もした。日本円に換算すると10万円。たけーなおい手鏡。マヨネィズが銀貨1枚ということだし、元々この街の物価が高いということもありそうだ。
「ノヴィお金は返す当てがあるの?」
あれ?どうも俺が借金をしている、金を借りていると勘違いされている。
「いやいやいや。ちゃんと俺のお金だから、マイマネーよ」
「だって、ノヴィお金払うとき金貨出してたよ」
おう、この娘何気に目聡いな。いくらこの街の物価が高いといっても、金貨を持ち歩いている平民がおかしいようなのである。かといって銀行があるわけでもないから、俺の全財産は俺の財布に入っているわけであって……。
俺の財布には以前オセロを売ったお金が全部丸ごと。つまり今は金貨14枚と先程の釣りが入っている。日本円で考えると1400万円以上もの大金を持ち歩いている……急にスリや盗賊が怖くなってきた。ヤバイ。この国の金持ち達は、金をどうやって管理しているのか気になってきた。あとで商人ギルドの人に聞いてみるか。
結局、俺の金貨という事実に疑惑を持たれたまま時が進む。まぁ金貨を持ち歩くようなやつ=あの酒場で働くというイメージが浮かばないんだろうな。
露店巡りが終わり、ぼちぼち満足してくれたようである。
「ノヴィはこれからどうするの?」
「ん~。ちょっと商人ギルドに行こうかなと」
「お買い物? それともお金借りに行くの?」
ファンレの頭の中では、俺が常に借金しているイメージが出来上がってるらしい。
「ちょっと用事があってね。聞きたいことも少しできたし」
「……私も行っていいかな?」
「別にいいんじゃない?」




