第十八話 世界の暴力
ファンレさんを迎えたその晩から、早速彼女も働き手として参戦することになる。
俺はといえば……。彼女を迫り来る手から必至に守る。
「ってっえな! ノヴィてめぇ何しやがる」
「あ゛あ゛っ!!??」
「すっ、すまねぇ……」
タリサさんみたいな声を思わず出してしまった。超美少女看板娘として降臨したファンレさんが近くに寄ると、酒場のムサイ男共が無節操に手を出すのだ。なんというかコイツら遠慮が無さ過ぎだろうというぐらい、詫びる様子もなく手を出すのだ。
この手を出すという行為であるが、文字通り手を出すのだ。あろうことかファンレさんの尻、尻尾、はたまた胸にまで手を出そうとした命知らずがいやがった。最後の3つ目は俺が命掛けで死守。
それからというもの、客が増える、入れ替わる度に同じことを繰り返していたのである。
「ノヴィのやつ、何をキレてやがるんだ?」
「わかんね。俺らもさっき同じ感じだったぜ」
「ノヴィがキレているところなんて初めて見たぜ。一瞬タリサの姐さんが来たのかと思っちまった」
そして何度繰り返したか分からない、負けられない防衛戦を繰り広げていると。
「いたっ!」
「こらノヴィ。あんたはいい加減仕事しな」
「だってここの男共が、ファンレさんに直ぐ手を伸ばそうとするんですよ!?」
「あんたがファンレに入れ込んでいるのはわかった。けど仕事が回ってないんだよ」
「でも俺がいないと、ファンレさんがベタベタと触られるんですよ!?」
「あんたは何を言ってるんだ? 別にいいじゃないか?」
(こここここここのオバサンは何言っておられるんじゃああああああああ)
地球でアイドルの親衛隊とか意味不明と少し馬鹿にしていたが、今奴らに謝りたい気持ちで一杯である。偉い人にこの気持は分からんですたい!
「と・に・か・く。あんたはこっちでマヨネィズでも作ってな!」
タリサさんに引きずられながら、厨房に押し込まれる羽目になる。しかし今の俺には撹拌作業なんて目じゃない、気合をいつもの8割増しぐらいでかき混ぜる。そして作り上げたそれをさくっと料理として仕上げる。
俺の限界を超えた瞬間である。一緒に厨房にいたスプライドさんでさえ、驚きを隠せないぐらい凄い様子であったらしい。
~数時間後(閉店後)~
「はぁ……、初めて会わせたときは変だと思っちゃいたが……。あんたのこの変わり様は一体どうしたんだ」
「俺は別に変わっていませんよ。最初は確かに無知だったかもしれませんが、一目見た時から彼女のことは美少女とか褒めていたじゃないですか! それがすこ~しだけヒートアップしただけじゃないですか」
「確かに言われてみればそんな気がするね……」
「ノヴィはもしかしたら、半獣に欲情する性癖なのかもしれない」
「そっ、そそそそ、そうなのかい……」
スプライドさんの何気ない一言に、タリサさんがドン引きし始めている。なんだろう明らかにズレを感じる。以前も似たようなギャップに四苦八苦した非常に苦い記憶がある。
記憶をほじくり返すように思い返す。そうだ『パンツ』の時である。確かにあの時もこんな感じで異様なまでにドン引きされていた経験がある。地球という名の異世界の知識があるが故の認識の相違。俺の常識が恐らく通じていない。この場合俺の考えが沿わない為、俺が異端扱いされていると思われる。
俺が異端扱いされていることを自覚したと伝え、本来の正確な認識を教えて頂けるよう頼む。数度のやり取り後、詳しい話を説明してもらえることとなる。
「そうだなノヴィ。お前は例えば雌鳥や雌馬に欲情するか? それにも欲情するなら、虫に欲情できるか?と考えろ」
俺の認識のズレをスプライドさんが冷静に分析してくれる。この人何気に頭が良いのに、なんでこんな酒場にいるのか不思議で仕方が無い。
とにかくスプライドさんの言葉で、俺と世界の致命的なまでのズレが判明する。人族の認識では半獣は同格に見られていない。同じ位の知的生物として認識されず、家畜と同じ枠に収めているというのだ。
つまり先程までの客達は半獣さんのことを話が出来る程度のペットや愛玩動物的ぐらいにしか思っておらず、手を伸ばしたことは性的目的ではなく、スキンシップの一貫として行っていたということだ。
自分の考察をスプライドさんに改て聞いて貰う。
「今のお前の考えで大体合っている。俺とタリサは最初ノヴィが半獣の保護精神が高い、『心根の優しい奴』だというぐらいの認識をしていたんだ」
「質問なのですが、もしかして獣族に対する認識も同じということでしょうか?」
「ノヴィは怒るかもしれないがそうだな。俺達にとって獣族は馬や牛と同じ。元々戦争時や闘う時に使う獣ぐらいとしか見ておらん。だからその獣に欲情するような人族は愚かで、酷く気持ち悪いと思っている。場合によっては気が狂ったという認識だ」
スプライドさんが冷静に教えてくれるその言葉に、頭を何度も何度も鈍器で叩きつけるような衝撃を受け続ける。気が狂いそうになるぐらいの衝撃。人族の考え方を聞き、なんて傲慢で酷いと思ってしまう。目の前にいる恩になった優しい夫妻ですら、その枠にいるというのだ。
散々騒いでいた出鱈目設定に文字通り、デタラメ過ぎるその理不尽に、激しく怒りを覚える。
けど、その認識でいる俺は異端であり異常者。俺が間違っていると言われる。
「だからファンレは家畜と狂人と間に生まれてしまった、可哀想な動物ぐらいの認識でいる。人族の中には半獣を酷く嫌悪する奴もいる。そして可哀想な動物と認識している奴らは、半獣に触れることで友好の証としてそれを示しているんだ。俺もタリサも今日ここに来た客らも皆同じだ」
何もできない自分の不甲斐無さだけではない。この世界の考え方。間違っていると、自分の倫理観が異世界の常識という暴力で殴られる。ただ、ただ、ただ悔し涙する。
「ノヴィお前の考え方は、近い将来、教会に殺される原因となる。考え方を変えろとまでは言わない。だからその心を隠せ。偽れ。嫌だと思っても笑え。ノヴィが殺される姿は俺もタリサも見たくない」
夫妻が後を去っても、俺は涙鼻水を流しながら情けなくその場泣き続ける。
「ノヴィさん、ありがとう」
優しい声と共に、自分を抱くふわりと優しく暖かい感触に包まれる。言われなくても分かる。ファンレである。この場にいるのは、ファンレと自分だけ。
俺よりも何十倍も何百倍も酷い目、怖い事にあってきたことは嫌でも分かる。この世界の条理を浴び続けても、なお彼女は優しく接する。何故こんな人族や獣族に対し優しくいるのか、酷い世界で強く生きるのか。みっともない声で彼女を酷く責める。
ファンレさんは色々な事を教えてくれた。獣族も人族を家畜同然の扱いでいること。
人族は獣族に言語を教示、戦争で使えるようにしたという教え。反対に獣族は人族の言葉を覚えてやったとの認識。脆弱な人族に手を貸しているとの教え。
半獣はどちらにもなれず。獣族の輪に入れば、脆弱な人と扱われる。人族の輪に入れば、馬鹿な獣として扱われた。
彼女達半獣は人と扱われることなく、ただ人々と生活を共にする。それだけのことである。中には友好的な動物として扱ってくれる人もいる。触れられることを嫌がらず、愛想よく笑顔を振りまいていれば、殺されることはない。
だから彼女は告げる。皆と同じようにして下さいと。今日涙してくれただけで十分であると。
空腹で腹を痛め酒場裏の樽を漁ろうとした瞬間と同じだ。ここが俺の境界線である。決めなければいけない選択肢。見ない振りをし、皆と同じように過ごしていく出鱈目設定な世界もある。
でも、少しでも、ほんの僅かでも構わない。これは彼女達の救いならないかもしれない、優しいファンレは喜ばないかもしれない。
それでも抗う。僅か一欠片でもこのふざけたな世界を壊すことを決意した。




