第三十二話 罪
いつもより長めです。
目を覚ました時、俺はボロ屋の床に倒れていた。周りには誰もいなかった。マオも、マオを囲んでいた男達も。残っていたのは、血痕だけ。
俺はボロ屋を出て、マオを姿を捜した。ユテイルさんのパン屋には帰らずに。あそこにはマオと一緒に帰るんだ。マオを見つけるまでは帰らない!
そうしてマオを捜し続けてた俺は、ある日一人の少女と出会った。その水色の髪と瞳の少女は、モエと名乗った。
モエは俺をしばらく見つめた後、唐突に衝撃的な言葉を浴びせてきた。
「あなた、弟を捜しているみたいだけど、その弟、もう死んでるわよ」
「なっ……!」
「それに、あなたも死んでるわよ。自分で気づいてなかったの?」
俺が、死んでいる……?
そういわれて、気づく。マオを捜している最中、ずっと何も食べなかった事、一睡もしなかった事を。トイレにも行っていない。
……俺は、死んでいるのか? じゃあ、今ここにいる俺は、幽霊?
俺は自分の姿を確認できる物を捜した。何か、鏡のような物は……あ、あの水たまりを使おう。
深呼吸してから水たまりを覗きこむ。
「……っ! 俺が、映ってない……」
本来なら俺の顔が映っているはずなのに、空しか映っていなかった。そこで、ふと気づく。俺の影もない。ということは、本当に俺は幽霊なのか……。
自分の状態を確信した俺を見て、モエが呆れたような声を出した。
「今気づくなんて、あなた、どれだけ弟に会いたかったのよ。……まあいいわ。それより、弟と自分の敵、とりたくない?」
「敵を、とる……?」
「そう。あたし、あなたたちを殺した犯人、知ってるのよ。その人達を……殺してみない?」
不敵な笑みを浮かべながらそう問いかけるモエ。その言葉に、俺はあの男達を思い出した。
マオを蹴っ飛ばした奴。マオにナイフを刺した奴。俺を撃った奴。全員、笑っていた。楽しんでいた。俺の大切な弟を傷つけながら……俺は、あいつらを……。
「……殺したい」
「ふふっ、そういうと思ったわ。じゃあ、今からあたしの言う事を聞きなさい。そうすれば、その男の所につれてってあげるわ」
俺は即座に頷いた。
モエは俺を少し離れたところにあった小屋に連れて行った。小屋の中には、紺色の髪の五歳ぐらいの男の子が床に寝転がっていた。モエはその男の子を指さし、口を開く。
「この子、死んでいるんだけど、あなたにはこの子に乗り移ってもらうわ」
「乗り移る……?」
「ええ。つまり、この子の身体を借りるのよ。そうすれば、あの男達を殺す事が出来るわ。今のままの姿じゃ、人に触るどころか、ナイフを持つ事さえ出来ないもの」
「……そうなのか。で、どうやって乗り移るんだ?」
「簡単よ。あなたは、その子の胸あたりに手を添えてて。あたしが魔法を唱えるから」
俺は言われた通り、寝転がっている――いや、死んでいる男の子の胸に手を添えた。後ろで、モエがよくわからない言葉を呟く。これが、魔法の詠唱ってやつか。
その詠唱が終わった刹那。俺と男の子の身体が白い光に包まれた。あまりの眩しさに目を瞑り……次に目を開けた時、俺は何故か仰向けて寝転がっていた。
「成功ね。立ち上がってみて」
身体を起こし、立ち上がる。あれ、なんだこれ。目線が低い……? それに、身体が重い。
違和感を感じながら身体を動かしていると、モエが大きな鏡を持ってきた。俺はその鏡に目をやり、驚きの声を上げた。俺が、さっき目の前で死んでいた男の子の姿になってたからだ。髪は紺色で、目は赤色。
これが、乗り移るってことなのか。そうか、さっきまで十三歳の姿で幽霊だったから……いきなり五歳児の身体になったから、違和感を感じるんだ。
「さて、準備は整ったわ。今からこの近くにある空き家に行くわよ。……あ、そうそう」
歩き出したモエは途中で何かに気が付いたのか、俺の方を振り返った。
「あなた、確かカインって名前だったわよね?」
「ああ」
「その名前、捨てなさい」
「は!?」
な、何言ってるんだ? 自分の名前を捨てる? 何でそんな事を……。
その理由を訊く前に、モエは俺の疑問に答えた。
「カインって名前、あのパン屋の人たちに知られてるんでしょ? 姿が違っても、同じ名前の人が人を殺したら怪しまれるわ」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「名前を捨てる。つまり、名前を変えればいいのよ。その身体の名前を使うと良いわ」
モエはそういうと、目を細めて俺を見据えた。モエの周りの空気が変わり、目を反らせなくなる。そんな俺に、モエは低い声で告げた。
「その紺色の髪、赤色の眼の男の子の名前はシン。あなたの名前は、今日からシンよ」
……シン。俺の名前は、シン。
その瞬間、まるで魔法にかけられたかのように身体が俺に馴染んだ気がした。
俺はそのままモエに着いて行き、一つの小さな家の前に来た。窓から中を覗く。中には二人の男が酒を飲みながら笑いあっている姿があったけど……あの二人、どこかで見たことがあるような……。
俺が首を傾げていると、モエが肩にかけていたバッグから布に包まれた何かを取り出した。それを俺に手渡す。なんだこれ?
「それはね、あなたの弟を刺したナイフよ」
「っ……!」
モエの言葉を聞いて布をめくり、俺は息を呑んだ。これが、マオに刺さったのか。
「そして、この家にいる二人の男はあなたの弟を蹴った男と、そのナイフを刺した男よ」
モエのその台詞を聞いた途端、ナイフを握る手に力が入った。この家にいる奴が、マオを蹴って、このナイフで差しやがったのか……許さない。後悔させてやる……!
モエがにやりと笑い、ドアノブに手をかけた。
「さぁ、その怒りをぶつけてきなさい」
扉が開く。俺はナイフを両手で握り、家の中にいる男どもに突っ込んでいった。
――気づけば、俺は呆けたように部屋の中央に突っ立っていた。
「どう? 人を殺した気分は」
後ろから声をかけられ、ハッと我に返る。振り返ると、モエが壁により掛かり、薄く笑みを浮かべて俺を見つめていた。俺はモエの言葉に、ゆっくりと視線を部屋中に巡らす。
壁や床に血が飛び散っていて、ところどころに傷がついていた。窓ガラスは割れ、机や椅子は部屋の隅でひっくり返っている。そして、俺の足下には腹や肩、背中から血を流した二人の男が倒れていた。
……ああ、そうか。俺は、人を殺したんだ。
必死だったのか、それとも怒りで我を忘れていたのか。どんな風に殺したかはあまり覚えていなかった。でも、この右手にある血に染まったナイフと服についた返り血が、俺が人を殺したという事を物語っていた。それに、少しだけなら覚えてるんだ。こいつらを刺した時の感触を。悲鳴を。音を。その時の俺の感情を。
さっきの質問に答えるため、俺はもう一度モエに視線を戻した。口角をあげ、今の気分を言う。
「最高だ」
口にした瞬間、俺は今までに溜まっていたもやもやした気持ちが一気になくなったのを感じた。
なんだ、この感じは。すごく、すっきりしている。
そう思ったと同時に、強い欲望を抱いた。
「……もっと、人を殺したい」
モエが目を丸くする。でも、すぐに楽しそうに笑いを零した。
「ふふっ。いいわ。今度はその男達の仲間のところにつれてってあげる」
それから、俺は男の仲間を殺し続け、快感を覚えていった。何故モエが俺や俺の弟のこと、男達の居場所を知っていたのか、その時は気にならなかった。
たった三日で弟の殺した奴の仲間を皆殺しにした俺は、それでも殺したいという思いは収まらず、イライラする事があると人を苛めている奴や盗みを犯した奴、俺に喧嘩売ってきた奴を殺していった。次第に、関係ない奴らにも手を出していった。そいつらの恐怖に歪む顔は見ていて面白かった。そいつらの親や友人が悲しみ、怒り、絶望する顔を見るのも楽しいと思った。それが、俺のストレス解消となった。
そんな行為を繰り返し、一年が経過した。そこで、俺は城に住む二人の男の子と出会った。二人は人の心を読めるため、人の感情に怯えて暮らしていた。
俺はモエの魔法で心に壁を作り、二人に近寄った。二人とはすぐ仲良くなった。心を閉ざしている俺に興味を抱き、面白いくらいに懐いてきた二人を見て、俺は思った。こいつらを裏切ろうと。そうしたら、どんな表情が見られるのだろう。
そして俺は二人の親を殺し、赤煉瓦の家でそれを告げることにした。不思議そうな顔をする二人に言ってやったんだ。「君たちの親を殺したの、俺なんだよ」ってな。
その二人を裏切ってからも、俺はずっと人を殺し続けた。警察に捕まんなかったのは、モエの魔法のおかげだな。モエにもらった魔法も、結構役に立った。
そんなある日、俺は親を殺した赤髪の男を連れて孤児園に入るようモエに指示された。孤児園で暮らす奴らはみんな辛い過去を持っている。その上大切な人を殺したら、さらに大きな絶望を味わう事になるだろう。それに、六年前に裏切った二人がそこにいて、そのうちの一人が俺の記憶を失っていない。口封じをしなければ、俺のしている事がばれる。そう言われ、俺は指示に従った。だが、それは俺の行為がばれる事を恐れたからじゃない。ただ、殺したかった。そいつらの大切の人とやらを。そして見てみたかった。大きな絶望を味わった時の顔を。
そうして、俺は孤児園に入ったのだった。
* * *
脳裏に蘇った過去の映像が消え、俺は目を開けた。痛む腹をさすりながら身体を起こす。
床に座った状態で呆然としていると、誰かが遠慮がちに近づいてくるのに気が付いた。そっち顔を向け、思わず呟く。
「マオ……?」
「え? シンお兄ちゃん、マオって誰?」
首を傾げてくるそいつを見て、俺はゆるゆると首を振った。
違う。こいつはマオじゃねえ。アトだ。
無意識にアトとマオを重ねていた事に気づき、苦笑する。そうか。こいつを見た時、懐かしい気分になったり、イライラしたのはマオに似ていたからか。
「何でもねえよ。それより……」
俺は言いながら目線を上げた。そこには、椅子に座って俺を見下ろしている園長の姿があった。
園長は目が合うと、微笑を浮かべた。
「目が覚めたみたいだね。忘れていた過去は思い出せたかい? カイン君」
「……はい。さっき見せられた過去の映像、あれはあなたの魔法なんですか? エンさん」
俺がカインと呼ばれたからか、突然俺の口調が変わったからか、アトがきょとんとした表情になった。悪いな、アト。このことは、ちょっと説明できないんだ。
園長――いや、エンさんは少し間を置くと、小さく頷いた。
「そうだよ。それで、自分のやった行為を振り返ってみて、どう思った?」
「……後悔、しています」
「そうだね。でも、後悔して反省しただけで済まされる話じゃないのは、わかるよね?」
「……はい」
返事をし、さっき見た過去の事を思い返す。自分の行動を客観的に見て、俺は関係ない奴に自分と同じ思いをさせていた事がわかった。俺が、一番兄妹を失う悲しさをわかっていたはずなのに。辛さをわかっているからこそ、この思いを誰かに与えてはいけなかったのに。俺は、怒りに我を忘れ、人を殺してしまった。殺された人たちは、マオと同じ思いをしていたのだろう。それに、マオを失った悲しみや辛さを人を殺す事で紛らわしてしまった。人を殺さないと苛つきが収まらないなんて……俺はもう、人間じゃない。もう死んでるから、元々人間をやめてるんだけど……そうだ。俺、自分が死んでいた事を忘れて、人を殺し続けていたんだ。これじゃ、悪霊じゃねえか。
俺の口から、乾いた笑い声が漏れる。
「ハハ……エンさん、俺はどうしたらいいんですか……?」
「冷たいようだけど、どうにも出来ないよ。君はもう死んでいるし、君が殺した人たちを生き返らせるなんて事は出来ない」
「わかっています」
「今君に出来る事は、ここにいる子供達の思いを受け止めて、成仏する事だよ」
エンさんがパチンと指を鳴らした。その途端、俺の頭の中に『声』が響いてきた。これは……スターの声だ。
『シン、酷いよ……』
「……っ」
その悲痛な声に心が痛む。
続いて、他の子供達の声も聞こえてきた。
『俺の母さんを返せ……返してくれよ!』
『父さんと母さんに会いたい……』
「姉ちゃんやおじさん達に、何の恨みがあるんだ……』
『許せない……!』
『人の感情で遊ぶなよっ……!』
『人殺しで楽しまないでっ!』
『カー君やラギが可哀想だよぉ!』
『人を殺す事に、何の意味があるの!?』
倒れている全員からの『声』を聞き、罪悪感と後悔が募った。だが、俺は何も出来ない。やった事をなくす事も、時間を巻き戻す事も出来ない。この声を受け止めて、罪の意識を感じる事しかできないんだ……!
スター達の心の叫び声を聞きながら、俺は唇を噛みしめた。みんな、ごめん……謝ってどうにかなるような事じゃないけど、ごめんなさい……! マオ、こんな兄ちゃんでごめんな……。
「カイン君。もう、成仏できるね」
「……はい」
俺は俯いたまま立ち上がった。そんな俺に、エンさんが手の平を向ける。そうして何か呪文のような物を唱えた刹那、俺の身体が光に包まれた。
目を開くと、視界に緑色の前髪が入った。俺の足下には『シン』の身体が倒れていて、自分の影がなくなっていた。俺は『シン』と抜けて、幽霊に戻ったんだな。
「シン、お兄ちゃん……?」
アトが信じられないといった感じに俺を見つめる。ああ、俺の姿が見えているのか。
俺は微笑み、アトの頭をぽんぽんと叩いた。実際はすり抜けて触れなかったんだけど、撫でるふりをした。
「アト、俺を止めてくれてありがとな。冷たく当たってごめん」
「ううん、気にしてないよ? 何でそんなこと言うの?」
「見てわかる通り、俺はもう死んでるんだ。だからここにいるべきじゃないんだよ」
「え、やだ……いかないで!」
「……アト君」
エンさんが、アト君に歩み寄った。そして、その小さな手にロケットペンダントを置く。
不思議そうな顔でエンさんとペンダントを交互に見るアトに、エンさんが笑いかけた。
「これは魔法具って呼ばれる物で、一度だけ、シン君を呼び出す事が出来るんだ」
「シンお兄ちゃんを、呼び出す?」
「そうだよ。シン君は今から遠くに行っちゃうけど、このペンダントを開くとシン君を呼び出す事が出来る」
「ほんと!?」
「うん。でも、さっきも言った通り、一回しか使う事が出来ない。だから、いざというときのためにとって置くと良いよ」
「……わかりました」
俺を見て寂しそうな顔をしながらも、アトはコクンと頷いた。
俺は孤児園を見回し、倒れているみんなにもう一度謝ってからエンさんに目を向けた。エンさんは俺の視線を受けると、トンと床を蹴った。それを合図に、俺達は淡い光に包まれる。光でアトの姿が見えなくなると、身体がふわりと浮き、空に引き寄せられた。
今、俺は成仏している最中なのかな。
そんなことを考えながら、俺はエンさんを見据えた。
「エンさん。あなたは何者なんですか?」
これは、ずっと疑問に思っていた事だ。俺と出会う前の事を知っていたし、俺の魔法具を受けてもすぐに目を覚ました。過去を見せる魔法や、人の心の声を聞かせる魔法も使える。そんなエンさんの正体を、純粋に知りたいと思った。
エンさんは俺と視線を交差させると、ゆっくりと口を開いた。
「私は――この世界の神だ」
神……!?
驚きに目を見開く。だがすぐに納得することができた。確かに、神であれば俺の過去を知っていてもおかしくないし、色んな魔法を使える事が出来るだろう。
しかし神か……ほんとにいたんだな。そりゃ勝てねーわ。
俺は自嘲気味に笑ったが、すぐに視線を戻した。
「なんで、俺を止めなかったんですか? あなたなら、俺を止められたはずです」
「……神は、普通は人間に干渉してはいけないんだ。だが、私は孤児園を作り、あの子達を育てる事で人間と関わってしまった」
「だから、それ以上の事はしてはいけなかった。そういう事ですか?」
「うん。私が関われば、みんなの未来が変わってしまう」
「あなたが育てた事で、もうとっくに変わっていると思いますが?」
「それだけじゃない。さらに手助けをすれば、私は神の世界に戻されてしまうんだ。そうなったら、誰があの子達の面倒を見るんだい?」
「……」
「神の世界に戻れば、もうこちらには来られなくなるかもしれない。あの子達にも、すぐに里親が出来るという保証はない。だから、何も出来なかったんだ……」
俯くエンさんの表情を読み取る事は出来なかったが、声色からすごく悔しそうだという事はわかった。
しばらくすると、エンさんは俺と視線を合わせずに困ったように微笑んだ。
「神は基本、地上に人間を生みだし、その人間の行動を見守るだけだ。そのことに、何の抵抗もなかった。だが、人間と関わったことで、何もしない事に抵抗を感じるようになってしまった。だから、つい手助けしてしまう事もあったよ。そのたびに神の力が弱まるのに、それに気が付かなかった……」
エンさんは小さく呟くと、ハッとしたように俺を瞳に映し、首を横に振った。
「すまない。変な事を言ってしまったね」
そう言って顔を上げたエンさんは、もう元の表情に戻っていた。それを確認した時、俺達を包んでいた光の輝きが増した。
そうか、そろそろ俺はこの世界から消えるのか。あの世は、どんなところなんだろうな。
エンさんが俺に笑いかけた。俺は感謝の気持ちを込めて頭を下げてから目を閉じ、光に身をゆだねた。
『第三章 過去からの悲劇』 終
『最終章 エピローグ』へ続く。




