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異世界の孤児園  作者: 菖蒲 美瑠花
第三章 過去からの悲劇
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第三十一話 弟

「やめてええええ!」


 突如、聞き覚えのある声が耳に入り、は思わず振り返った。


「……っ!?」


 アト!? 何でここに入って来れた!? その扉は、誰にも開けられないように魔法をかけたはず……!

 その驚きが、相手に隙を与えてしまった。気が付くと俺の鳩尾には拳が叩き込まれていて、痛みを感じると共に息が詰まる。

 クソッ! 力が入らねえ……!

 俺は園長を睨み、その肩により掛かった。耳元で、園長が囁く。


「君の目的はなんだい? 過去を、思い出してごらん」


 その声を最後に、俺の意識は闇に閉ざされた。


 *  *  *


「……ちゃんっ……お兄ちゃん!」


 聞き覚えのある高い声が聞こえると同時に身体を揺すられ、俺はゆっくりと目を開いた。まず視界に入ったのは、青色の目をいっぱいに開いて俺を呼ぶ男の子。そいつは俺と目が合うと、安心したように微笑んだ。


「よかったぁ、死んじゃったのかと思ったよぉ。……どうしたの?」


 俺と同じ緑色の短い髪を揺らして首を傾げるそいつをまじまじと見て、俺は「あぁ……」と声を漏らした。

 なんだ、マオじゃねえか。なんで俺、弟の事を忘れてたんだ?

 ゆっくりと身体を起こし、辺りを見回す。

 俺のすぐ近くにはガラスが割れている窓があり、その横にはボロボロの状態の扉があった。部屋の隅には壊れた机やタンスが倒れていて、床は埃を被っている。そんな様子を見て、俺はやっと思い出す。昨日、このボロボロな家に勝手に泊まったという事を。

 雨の中走っていたらこの家を見つけて、上がらせてもらったんだ。ま、誰もいなかったんだけどな。

 それで、身体を休めていたら眠っちまったってことか。えっと今は……太陽の位置からするに、十二時ぐらいか。

 状況を理解し、マオに視線を戻す。マオはさっきの問いの答えを待っているのか、じっと俺を見つめていた。俺は苦笑し、答えを返す。


「何でもねえよ。それより、何で俺が死んだと思ったんだ?」

「だって、お兄ちゃん全然起きないんだもん。それに、昨日何も食べてなかったし……」

「悪い。心配かけたな、俺は平気だ。見てわかっただろ?」

「うんっ。あ、ぼくね、さっき近くの町でおじさんのお手伝いして、食べ物もらってきたんだよ」


 マオは後ろに置いてあったバッグの中から小さな袋を取りだした。開けると、パンが一つだけ入っていた。これは、メロンパン?

 訊くと、マオは大きく頷いた。


「うん! おじさんの奥さんが作ったんだって」

「へぇ……」


 マオからパンを受け取り、口に運ぶ。ゆっくりと噛んでから飲み込んだ時、俺は自分が腹が減っていた事に気が付いた。さっきマオが言ってたけど、俺、昨日は何も食ってなかったんだよな。


「どう? 美味しい?」

「ああ、旨い。あ、マオはもう食べたのか?」

「うん、おじさんのとこで。だから、それは全部食べて良いよ」


 俺に笑顔を向けるマオ。俺は礼を言い、五分も経たないうちに平らげた。まだ腹はいっぱいになってないが、何も食べないよりはマシだな。

 袋をマオに返した俺は壁に手をつけて立ち上がった。……よし、動く事は出来るな。ま、動けなかったら困るんだけど。

 その場でジャンプして固まった身体をほぐした後、俺はマオに向かって口を開いた。


「マオ、お前が手伝ったおじさんがいるところに案内してくれ」

「え? なんで?」

「俺も手伝いに行くからだ」

「だ、駄目だよっ。昨日お兄ちゃんいっぱい働いたから、今度はぼくが働くの! それに、もうお手伝い終わったから……」

「それは午前中。この後、また手伝いに行くつもりなんだろ?」

「え、なんで知って……」

「お前の考えてる事ぐらいわかる。どうせやるんなら、二人でやった方が効率が良いだろ?」

「でも……」

「いいんだよ。俺はお前の兄ちゃんなんだから、俺に甘えとけ」

「……うん」


 嬉しそうに微笑んだマオの頭をわしゃわしゃと撫でてから、俺達は家から出た。

 家の外には草原が広がっていて、ところどころにボロ屋が建っている。周りには柵のような物がたっていて……昨日は大雨の中ここに来たから気づかなかったけど、ここは人がいなくなった村なんだな。人がいなくなったから、草が生えまくって草原になったってことか。

 そんななか、マオが右の方へ歩いていった。俺は村を観察するのをやめ、マオを追いかける。マオが言っていた町は、すぐに見えてきた。

 町の中は意外と静かだった。建物の造りが綺麗な大きな町なのに、歩いている人の数が少ない。今ぐらいの時間帯なら、賑わっていると思ってたんだけどな……。


「ここだよ、お兄ちゃん!」


 マオが道の途中にあった小さな店に入っていく。ここは……パン屋? あ、だからさっきメロンパンを持ってきたのか。

 マオに続いて扉押して中に入ると、香ばしい香りが鼻をついた。そんなパンの匂いが広がっている店内には、パンが置いてある棚が壁際にあり、反対側には机が三脚あった。一つの机に椅子が二脚ついている。でも、客の姿はなかった。

 俺は店内を見渡しながら、マオを追って厨房と思われるところに入った。そこには、四十代ぐらいの男の人がいて、その人は俺を見るなり「おっ」と声を上げた。


「兄ちゃん目が覚めたのか」

「うんっ」

「はじめまして、カインです。マオがお世話になったそうで……」


 俺が頭を下げると、男の人はマオの頭に手を置いて首を振った。


「いいや、世話になったのはこっちの方だ。マオはすごく働いてくれて助かってるよ」

「それはよかった。俺も、手伝いに来たんですけど」

「身体は大丈夫なのか?」

「はい。マオだけに働かせんのは兄としてどうかと思いまして……」

「いい兄ちゃんだな。ありがとう、助かるよ。それじゃあ、悪いがさっそくこっちに来てくれ。っと、そうだ。俺はユテイル。呼び方は自由で良い」

「あ、はい」


 じゃ、ユテイルさんって呼ぶか。

 俺はユテイルさんに着いて行き、パン作りの仕事を手伝った。マオは材料を運んだり出来たパンを棚に並べる作業をするらしい。そんで、マオが言っていたユテイルさんの奥さんは、外に出て注文されたパンを届けに行ってるそうだ。

 パン生地をこねながら俺はユテイルさんに町の事を訊いてみた。


「ユテイルさん、この町は普段からこんなに静かなんですか?」

「最近はな。数ヶ月前までは賑やかだったんだが……」

「何があったんですか?」

「お前ら、この町出身か?」

「いえ、違いますが……?」

「なら気にする必要はない」


 ユテイルさんはそう言ってから口を閉ざしてしまった。これは、訊いても答えてくれそうにないな。ユテイルさんの事はよく知らないが、何となくそんな気がした。けど、少しして「だが」と口を開く。


「この町が貧しくなったためか、最近盗みを犯す奴が増えている。お前らも気をつけろ」

「はい」


 その会話を最後に、俺達は無言で作業に取りかかった。

 どのくらいの間、同じ作業を繰り返していたんだろう。突然、外から聞いた事のない音が聞こえてきた。ブルルンという音なんだが……獣の声とはちょっと違うんだよな。

 その音に反応したのか、ユテイルさんが厨房の奥の扉を開けて外に出て行った。俺も作業を中断し、扉から顔を出してユテイルさんの方に視線を向ける。

 ユテイルさんは誰かと話していた。その相手は銀髪が目立つ眼鏡をかけた若い男の人。男の人は黒い何かにまたがっている。なんだあれ、乗り物……なのか? タイヤついてるし……さっきの音はあれから聞こえてきたのか?

 つい凝視してしまい、眼鏡の男の人と目が合ってしまった。


「おや? ユテイル、あの子は?」

「ああ、店の手伝いをしてもらっているんだ。カイン、俺の友人だ」

「あ、初めまして。カインです」

「初めまして。私の事はエンって呼んでくれ」


 呼んでくれ? 本名じゃないのか?

 そんな疑問を抱きながら頷くと、ユテイルさんがエンさんを指さした。


「こいつは他の町にパンを届けたり、こっちに材料を届ける仕事をしてくれているんだ。こいつのおかげで、この店を保っていられてる」

「褒めても何も出ないよ。私も、ユテイルには世話になってるからね」


 二人の会話を聞きながら、俺はまた視線をエンさんがまたがっている乗り物? に移動させた。それに気づいたのか、エンさんがまたがっている物の説明をしてくれる。


「これが珍しいのかい? これは、バイクって言う乗り物だよ」

「バイク?」

「うん。ここのハンドルを捻ると……」


 ブルルン! という音がバイクという乗り物から鳴り響いた。スゲェ……そんな乗り物があるのか……。

 エンさんはバイクを動かし、俺の前を行ったり来たりした後、微笑を浮かべた。


「その様子だと、バイクを見るのは初めてのようだね」

「はい」

「ってことは、ここら辺には住んでなかったんだね。遠いところから来たのかな?」

「まあ……」

「……何かあったんだね。話したくなかったら話さなくても良いけど」

「……」


 俺は少し迷ったのち、二人の俺達の事情を話す事にした。

 俺達は一ヶ月前に親を失った。父さんも母さんも、仕事の途中に仕事場に爆弾を投げられ、死んでしまった。殺された理由はわからない。誰かの事情に巻き込まれたのかもしれないし、父さんか母さんどちらか、もしくは両方が狙われていたのかもしれない。どちらにしろ突然の事で、俺はどうすればいいのかわからなくなった。今すぐ犯人を殺してやろうと思った。母さんと父さんの後を追って死のうとも思った。だが、俺には弟――マオがいた。だから、かろうじて理性を保つ事が出来た俺は、マオを連れて家を出た。理由は特にない。なんとなく、あの家にはいたくなかったんだ。

 そして、色んな町や村を回って金を稼ぎながら過ごしてきた俺達は昨日、あのボロ屋に泊まり、今日ここに来たというわけだ。

 簡単に一ヶ月前の事を話すと、沈黙が訪れた。

 ……ああ、空気を悪くしちまったな。やっぱ、話さない方がよかったか……?

 少し後悔した時、ユテイルさんが俺の頭に手を置いた。


「よし、なら俺の家に住むと良い」

「え……?」

「こんな話を聞いたら、放ってはおけないだろう」

「い、いや、俺そんなつもりで言ったんじゃ……」

「遠慮はするな。じゃあ、早くパンの作り方を覚えてもらわらいとな」


 にやっと笑みを浮かべ、店に入っていくユテイルさん。呆然とその後ろ姿を見ていると、肩に手を置かれた。


「ユテイル、子供欲しがってたし、君は落ち着ける場所が欲しかったんだろ? 二人の希望が叶えられるから、これで良いんじゃないかな」


 言いながら俺の背中を押して店に入ったエンさんは、ニコニコしながら俺に顔を向けた。


「ユテイルは優しいからね。一緒に暮らす事に何か心配する必要はないよ」

「余計な事は言うなっ」

「痛っ!」


 ボカッと、ユテイルさんがエンさんの頭を軽く殴った。エンさんは頭を押さえて顔を歪めたけど、二人はすごく楽しそうだった。

 ……そうだな。ここで暮らしてみるか。マオも、ここなら笑顔でいられるだろ。

 仕事が一段落ついた時、俺はマオにこの家で暮らす事になったと話し、俺達はさっきのボロ屋に向かった。あそこに、荷物置いてきちまったんだよな。

 空がオレンジ色に染まる中、荷物を持った俺達はユテイルさんのパン屋に足を向けた。

 ……帰る場所があるだけで、こんなに嬉しい気持ちになるなんてな。マオも、さっきからずっと笑顔のままだ。俺の足取りも、気づけば軽くなっていた。

 そんな帰り道の途中、マオがぴたっと立ち止まった。ポケットの中と肩掛けバッグの中をしばらくごそごそと探った後、俺に困った顔を向ける。


「どうした?」

「……お財布、忘れて来ちゃったかも」


 ボロ屋を振り返ったマオは俺を見て照れたように笑った。


「ぼく、取りに行ってくるね。お兄ちゃんは先帰ってて」

「一人で大丈夫か?」

「うんっ。すぐ帰るよ」

「そうか。気をつけろよ」


 マオはコクンと頷くと、来た道を戻っていった。俺もマオに背を向け、パン屋に向かう。

 ……それが間違いだったと知るのは、一時間後だった。

 なかなか帰ってこないマオを心配し、俺はユテイルさんに一言声をかけてからボロ屋に走った。道に迷ったのか? どこかで倒れたのか? 財布が見つからないのか? 様々な疑問を抱きながらボロ屋の扉を開けた俺の目に飛び込んできたのは、背の高い男達に囲まれて倒れているマオの姿だった。

 男達は俺が入った事に気づいていないのか、笑いながらマオを蹴り飛ばす。床を転がるマオ。その手には財布が握られていて、男達はその財布を狙っていた。

 一人の男が懐から何かを取り出した。鋭い光を反射するそれは、ナイフだった。男はナイフを片手にマオの前にしゃがむ。そして何かを呟き、マオが首を横に振った途端、ナイフを振り上げた。その行動を見たと同時に、俺は地面を蹴って走り出した。


「マオッ!」

「ああ? 何だてめぇ。邪魔すんじゃねえ!」


 マオに向かって駆け寄ろうとした俺の前に、長い足が現れた。俺は避ける事も出来ないままその蹴りを食らい、壁に叩きつけられる。


「っ……!」

「お兄ちゃんっ!」

「てめえは黙ってろ!」


 そんな男の声を聞いた瞬間、ドスッという、鈍い音が俺の耳に入った。

 何の、音だ……?

 咄嗟に痛みを忘れ、目を見開く。最初に、ナイフで胸を突かれたマオの姿が視界に入った。それから、流れ出す血。マオの驚いたような、苦しんでいるような表情。続いて、そのマオから力が抜けるのを目にした時、俺は意味不明な声を上げながらナイフを持っていた男に突っ込んでいた。同時に、その声を遮るように、銃声が鳴り響いた。

 背中から衝撃が来た。俺の胸部から、血が吹き出る。足の力が抜け、身体が床にたたきつけられる。身体が焼けるように熱くなり、呼吸が苦しくなった。

 撃たれた。そう理解するのに、時間はかからなかった。だが、今の俺にとっては自分が撃たれた事はどうでもよかった。ただ、マオだけは失いたくなかった。俺は死んでも良い。だから、マオだけは助けてくれっ……!

 霞む視界の中、倒れるマオに腕を伸ばす。その手がマオの頬に触れた時、俺は意識を手放した。

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