第三十話 制止
1月31日
『第二十九話 闘争』を編集して、二話に分けました。これが、その二話目です。
話が変わりますが、なんとこの『異世界の孤児園』が、モンスター文庫大賞の一次選考を通過しました! ありがとうございます!
二次も通れたらいいなと、淡い期待を抱いております……。
ガンッ!
そんな大きな音を立て、シン君が壁に叩きつけられた。
やった、のかな?
剣を下ろして様子を見る。
シン君は壁に寄り掛かったまま俯いていたが、不意に笑い声を漏らした。
「ククッ。面白い。ルーク、お前も魔法が使えたとはなぁ」
あ、あれ、魔法だったんだ。ルーク、魔法が使えたんだね、初めて知ったよ……なんて、感心してる場合じゃない! なんでシン君、笑ってられるの? ルークの魔法を真に受けたのに……。
ルークも同じように思っているのか、目を見張っていた。シン君はそんなルークを一瞥した後、ロイ君の方に首を巡らせた。
「お前との殺し合い、楽しかったけど飽きたわ」
言い終わる前にロイ君との間を詰めると、シン君はその腹を殴った。ロイ君は何も出来ずに後ろに吹っ飛び、ソファに叩きつけられた。
そんな……互角に戦ってたと思ってたのに、シン君本気出してなかったの!?
「さぁて、ルーク、掛かって来いよ」
ルークが鋭い目つきでシン君に睨む。それを面白そうに眺めているシン君だったが、その目が一瞬だけスターを捕らえたことを、ぼくは見逃さなかった。さっきと同じ火の玉を出すシン君。ぼくは、無意識のうちに走り出していた。同時に、火の玉がスターの方へ飛んでいく。
「スター、危ない!」
ぼくは自分の判断が間違っていなかったことに安堵し、剣を振るって炎を斬った。そのまま、また魔法を使われる前にシン君に飛びかかった。
大股でシン君に近づき、剣を斜めに振り下ろす。しかし、ナイフで受け流されてしまった。駄目か……っ! 来る!
シン君の攻撃を予測し、ぼくは右に飛んだ。ナイフが腕を掠る。
次にぼくは身体を斜めにしたまま右足を床につけ、そこを重心としてぐるりと回って剣の柄でシン君の首筋を狙った。ぼくが前に殴られた場所だ。
「っと」
剣を突いていた状態から素早く身を引くシン君。余裕の表情で避けてるけど、避けられることはわかってたよっ。
ぼくは今の勢いを利用し、今度は左足に体重をかけて右足を薙いだ。ドカッという鈍い音と共にシン君の脇腹にぼくの足がめり込む。でも、隙を見せないようにして後ろに下がった。
「……へえ、やるな」
シン君のその呟きに、ぞわりと鳥肌が立った。次の瞬間、ダンッという音がしたかと思うと、シン君がぼくの目の前に現れた。同時にナイフが迫ってくる。速いっ!
反射的にぼくは剣を盾代わりにした。金属の甲高い音が響き、鼓膜を震わせる。
「っ……!」
手が痺れ、剣を落としそうになる。その手に無理矢理力を入れると、シン君は急にナイフを引いた。そして、ぼくの顔狙って突き出してきた。これは、前に戦った時と同じ攻撃だ!
シン君と戦った時のことを思い出して相手の攻撃に対応しようとした刹那、シン君が急に後ろに飛び退いた。直後、さっきまでシン君がいた場所に紫色の光線が飛んでくる。これは、ルークの魔法?
飛んできた方に視線を走らせた時には、もうシン君はルークの目の前に移動していた。
「邪魔すんなぁ!」
肘をルークの鳩尾にめり込ませるシン君。スターがルークを支えるが、シン君は目を向けずに再度ぼくにナイフを突き出してきた。
ルークを心配する余裕はなく、ぼくは必死に相手の攻撃を剣で受け止めたり弾いたりしながら避けた。そうしながら、時々飛んでくる蹴りや拳にも対応する。
「なんだ、本気出せば戦えてるんじゃねえか。なら、もっと楽しめよ」
こんなの、楽しくないっ。ぼくが戦ってるのは、ここの日常を……孤児園の平和な日々を、壊して欲しくないからだぁっ!
キィン! と、ぼくの剣がシン君のナイフを弾いた。シン君がバランスを崩して後ろに傾く。今だ!
ぼくは足を踏み出し、剣を思いっきり突き出した。
これが、みんなの痛みだ!
剣は吸い込まれるようにシン君に向かっていき――その右肩を引き裂いた。赤い液体が飛び散り、シン君の笑顔が消える。ぼくは二、三歩後ろに下がり、シン君との距離を開けて自分の手と剣を見つめた。
……なんでだろ。避けられていた剣がやっと当たったのに、やった、とは思わなかった。逆に、手に残る肉を斬った時の感触と、剣についた血が過去を蘇らせ、吐き気が込み上げてくる。……でも、これが普通なのかもしれない。あんな酷いことをしたシン君なら斬っても大丈夫だ、なんて思ってたけど、全然大丈夫じゃなかったんだ。
思わず顔を歪め、口元を抑えた時、ぼくの視界が真っ赤に染まった。
炎……!
咄嗟に身をよじるがもう遅く、右腕に衝撃を受けた。腕は一瞬にして熱を帯び、激しい痛みがぼくを襲った。
「うああああああっ!!」
「ソラ!」
ぼくは剣から手を離して膝をつき、右腕を押さえた。スターの声を聞きながら、あまりの痛さに意識が飛びそうになるのを何とか堪える。
激痛っていうのは、こういう痛みのことを言うのかな。痛みに耐えながら、そんなことを考えてみる。痛みを感じないように他のことに意識を向けてみたいけれど……出来そうになかった。そんな自分に苦笑すると、また痛みが走った。
っ……。どうしよう……さっき、気絶しないように堪えちゃったけど、気絶した方が楽だったかもしれない。それに、ここでまた攻撃されたらもう避ける事は出来ない。
ぼくは恐る恐る目線を上げた。シン君はぼくから少し離れたところに立って、血が流れている肩に左手を添えていた。その手は、白い光を放っている。
え、何してるの……?
シン君の肩を凝視したぼくは、そこで息を呑んだ。傷が、なくなってる!?
シン君はふーっと息を吐き、にやりと口元を歪めた。
「これは回復魔法だ。どうだぁ? 勝ち目のない勝負をした気分は」
そんなっ……ぼくのやったことは、無駄だったの……? シン君、全然懲りてないし……痛みを与えてしまったことを後悔して、吐き気を覚えたさっきのぼくは、一体……。
思わず唇を強く噛んだ時、スターがゆらりと立ち上がった。
「ソラ、剣借りるよ」
「スター……?」
スターは剣を右手に持って構えると、声を上げてシン君に斬りかかった。シン君は特に驚きもせず、スターの攻撃を受け止める。
痛みのためか出血のためか、視界が霞む。そんな中、ぼくは必死に二人を目で追った。
スターはぼくの剣を大きく振るい、シン君の首を狙う。シン君はぼくと戦った時と同じく、その攻撃を軽々と避けていた。だけど、後ろに下がって避けているため、背中が壁にぶつかる。
チャンスだと思ったのか、スターが両手で剣を掴み、思いっきり振り下ろした。身体を前に傾け、剣に体重をかける。それを、シン君はナイフを水平にして受け止めた。一際大きな金属音が部屋中に響く。
「っ……!」
シン君が膝をついて顔を歪める。これは、いけるかもしれない!
そんなぼくの期待は、すぐに絶望に変わった。
シン君が、声を上げながらナイフを横に振ったのだ。剣ごと、スターが吹き飛ばされる。
「うっ……!」
壁に叩きつけられたスターは小さく声を漏らすと、ぐったりとしてしまった。シン君はおもむろに立ち上がり、スターの前に歩み寄る。仁王立ちして相手を見下ろすシン君の顔からは、いつの間にか笑みが消えてしまっていた。
「お前のおかげでつい本気を出しちまったじゃねえか」
言いながら、シン君はスターの足を踏みつけた。何も反応しないスター。ス、スター? どうしたの? ね、ねえ、気絶してるだけだよね? 死んで、ないよね?
足の力を強めるシン君。シン君、やめてっ! そんな事したら折れちゃうよぉっ!
叫びたかったけど、少しでも身動きすると激痛が走り、声が出せなかった。
「全員まとめて殺ろうと思ったが、お前だけはこいつで殺してやるよ」
シン君の手には、ナイフが握られている。ま、まさか、そのナイフで……!?
ナイフが振り上げられる。
ぼくはぐっと痛みを堪え、シン君の元に走り込もうとした。瞬間――
「いい加減にしろっ!」
そんな声が聞こえたかと思うと、突然シン君が吹っ飛んだ。ナイフを手放し、床を転がる。えっ、何が起きたの!?
ぼくはさっきまでシン君が立っていた場所に視線を戻した。そこには、椅子を持ち上げているラギ君の姿があった。もしかして、その椅子でシン君を……?
「ハハッ……お前の事、すっかり忘れてたぜ」
頭を押さえながら立ち上がったシン君は、一気にラギ君との間合いを詰めた。左手で椅子を壊し、続いて右手でラギ君の顔面を殴る。
ラギ君っ!
「ぐ……。はっ!」
ふらついたラギ君はすぐに踏みとどまると、手の平でシン君の胸部を打った。ドンッと鈍い音がすると同時に、ラギ君が相手の足を払う。身体を傾けられたシン君は右手をついて身体を支え、腕の力だけで後ろに飛んだ。追いかけるように距離を詰めるラギ君。それを狙っていたのか、シン君がいつの間にか手にしていたナイフを突き出す。けど、ラギ君もシン君の行動を予測していたらしい。身体を捻って避け、シン君の服を掴んでぶん投げた。
「はあっ!」
「……ハハッ!」
背中を床に打ち付ける寸前、シン君は何故か笑い声を上げるとダンッと足を床につけた。そして仕返しとばかりにラギ君の腕を掴み、上に放り投げる。とてもじゃないけど、中学生の腕力だとは思えなかった。
「フハハッ」
シン君が顔を上げてナイフを手に持つ。それは、まるでダーツをするかのような構え方で……ぼくはラギ君を仰ぎ見た。危ないと伝えるつもりで。けれど、そこで「えっ」と声を出してしまった。ラギ君が、ぼくが思っていたよりも冷静な表情でいたんだ。宙に浮きながら、じっとシン君を見つめている。
「終わりだ!」
シン君がナイフを投げる。鋭く光を反射しながら一直線に飛んでいくナイフ。ラギ君はそれを、落下しながら手で受け止めたのだった。ぐさりと、ナイフがラギ君の手の平に突き刺さる。
「何っ……!?」
シン君がここで初めて驚きを露わにした。そんなシン君にラギ君が覆い被さる。大きな音を立て、シン君が仰向けで床に倒れた。その上に乗っかったラギ君は両膝でシン君の腕を押さえると、手に刺さったナイフを抜いてシン君の首筋に当てた。
二人の動きが止まり、沈黙が下りる。
先に口を開き、沈黙を破ったのはシン君だった。
「なんで、俺がナイフを投げる事がわかった? あの一瞬で」
「……予知した」
「ああ、それで俺がナイフを投げるとこを見たってわけか」
「ああ。だが、予知では俺はあのナイフに刺されて死んでいた」
「ククッ、ハハハハッ! それで手を犠牲にしたのか!」
ナイフを首に当てられているっていうのに、声を上げて笑うシン君。ぼくもラギ君も、あまりの余裕さに眉をひそめた。
「じゃあ、俺が他の奴らと戦ってた時に予知映像ってやつを見てたのか」
「そうだが……?」
「それを見て、予知したとおりにならないように行動したと?」
「……? ああ」
「なら、この先はどうなるかわかんねえんだよなぁ!」
刹那、シン君の周りに突風が吹き荒れた。それが魔法だとわかった時にはもう遅く、ラギ君は吹き飛ばされて壁に頭をぶつけていた。その肩に、放してしまったナイフが突き刺さる。
「あぐっ……!」
血が飛び散り、ラギ君はその場に倒れてしまった。
ぼくは悔しさにまた唇を噛みしめた。強すぎたのか、口の中に血の味が広がる。
みんな、やられちゃうなんて……ぼくはどうしたらいいの……。
俯き、考えを巡らせるが、良い解決法は浮かんでこない。その時、隣で倒れている先生が目に入った。
先生がいれば、何とかなっていたのかな……。いや、いつも先生に頼ってちゃ駄目だ。先生はぼくのこの右腕よりも強い痛みを受けたんだから……今も、痺れているのかな……。
そっと、左手を先生の腕に伸ばす。その直後、先生の腕が少しだけ動いた。ぼくは驚いて手を引っ込める。……先生、目を覚ましてる?
疑問を抱き、先生に声を掛けようと口を開いたとき、膝を何かにつつかれた。みると、先生の指が膝の上に乗っている。やっぱり、目を覚ましてる。
先生は瞼を開かないまま、ぼくの後ろを指さした。不思議に思って目をやると、キッチンにある冷蔵庫の陰に隠れているピンクちゃんを見つけた。ピンクちゃんはぼくと目が合うと、人差し指を口元にあてる。静かに? なんで?
首を傾げていると、シン君が言葉を発した。
「お前ら、馬鹿だなぁ。全員一斉に掛かってくればよかったのによぉ。ま、それでも俺は殺せねえけどな。それじゃ、ラギのせいで頭に来たから、ちょっと早いが最後に全員まとめて殺してやるよ」
シン君がスッと片手を上に向けた。その手の平から、直径二メートルぐらいの大きな火の玉が現れた。まさか、あれでこの孤児園を燃やす気じゃ……。
その予想は当たってしまったようで、シン君はぼく達に笑顔を見せた。
「孤児園を一気に燃やしたら、お前らは確実に死ぬよなぁ? 周りの奴は、事故としか思わねえだろ。例え事件になったとしても、犯人が俺だとはわからねえしな」
そんなの駄目っ!
叫びたかったけど、やっぱり声は出てこなかった。助けを求めるように先生とピンクちゃんを交互に見る。
ピンクちゃんはじっとシン君の様子を窺っていて、先生はもう目を覚ましているはずなのに気絶しているふりをしていた。ちょっ、二人ともなんでそんな冷静なの!?
シン君が腕を高く上げる。ぼくはもう一度、やめるように言おうと息を吸い込んだ。刹那、思わぬ所から制止の声が掛かった。
バンッ! という大きな音を立てて孤児園の扉が開かれたのだ。そして、次の瞬間――
「やめてええええ!!」
聞き覚えのある、高い声が部屋中に響いた。
「……っ!?」
シン君が目を見張り、バッと振り返る。その表情は、驚き。さっき見た時よりも瞠目していた。が、急にその顔が歪められた。今までずっと床に伏せってた先生が、いつの間にかシン君の鳩尾に拳を叩きつけていたからだ。火の玉が消え、シン君は悔しげに先生を睨んだ後、力をなくして先生に寄りかかった。
先生とピンクちゃんは、これを狙ってたんだ。はぁ……孤児園が燃えなくて、みんなが死ななくてよかったぁ……。
ぼくは危機を免れたことに安堵し、気づけば意識を手放していた。




