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王家の秘密・4

「あれ?」

「何!」

「ご、ごめんなさいっ。何でもないです!」

「王女、従妹を威嚇してどうするのですか」

「悪かったわよ。で、何?」

「あ、あの、本当に大したことじゃなくて……」

「言いなさい」

 今は少しでも情報がほしい。

 確かに大臣たちが勧めるように、即位するのがいい。だが、そうしてしまうと女王としての責務がいっぺんにやってくる。政務そのものは今までも代行として片づけてきたが、即位して暫くの間は全く身動きが取れなくなるだろうと予測できた。

 だから先に、ユーコを従妹として認めてほしいのに。

 即位が先だと彼らは言う。

 凶事続きで民は怯え、不安がっている。一日も早く安心させてやるのが王族としての義務だ。それくらい言われなくても分かっている。竜のことがなければ、迷ったりしなかった。


 ―― 違ウナ。ソウデハナイダロウ?


 まただ、また聞こえた。

 深い地の底より、うぞりと蠢く闇が見える。こう何度も話しかけてくれば、さすがにアークドラゴンと違うことくらい気付けた。似ていると感じたのは、封じられた竜が一つの個体だったからだ。黒いのとか、影の竜だとか適当に呼んでいたが、触れられていないのに冷たくて悪寒がする。

 アークドラゴンがユーコを選んだように、影の竜はミリエランダを選んだのかもしれない。

「鍵とメダルが封印を解く鍵でもあったとして、いつかアークドラゴンを目覚めさせる気があったのなら…………どうして、この国の魔術師はいなくなっちゃったんでしょうか」

「は?」

「愚問だ、竜を封じた後には必要なくなったからに他ならぬ」

「でも魔力を持った子供は生まれているんですよね。わざわざ制御装置を贈る風習を、庶民層にまで浸透させているんですから」

「ユーコ?」

「近衛騎士団が存在ごと隠されていて、国王の命令しか聞かないのに黒髪黒目の異邦人を殺し続けていたことも疑問に思っていたんです。そうやって封印を守るつもりなら、そもそも国宝として残す必要なんかないですよね。存在しなければ、封印が解ける心配ないじゃないですか」

 ストラルドが指摘した矛盾を、ユーコが大きく広げていく。

 大臣と将軍は苦い何かでも飲み込んだような顔になっていた。プライムは深く思案していて、クラインは不快感を隠さないしかめっ面だ。

 腕を組み、顎を反らして敵意も露わに言い放った。

「それは本当にお前の考えなのか? てめえの中にいるヤツの入れ知恵じゃねえのか?」

「えっ」

「俺たちを混乱させて、その隙に王都を乗っ取る気じゃねえだろうな。いや、お伽話が本当ならぶっ壊すのは簡単だ。影の竜だか何だか知らねえが、もとは一匹の化け物だったんだろ」

「やめろ、クライン」

「団長のことは信頼してますよ。何年の付き合いだと思ってんですか。…………だが、コイツは違う。コイツが現れたせいで何もかもが変わっちまった。完全に目覚めるまでの時間潰しに、ミアを苦しめて楽しんで…………」

 ぱぁん、と甲高い音が響いた。

「それ以上言ったら、一生許さないわ」

「ミア……」

 じわりと赤く染まる頬に触れもせず、クラインが呆然と立ち尽くす。

 ミリエランダのことを思っての言葉だと分かっている。幼い頃に母を亡くし、父を殺された。けっして仲良くはなかったが、継母も焼け死んでしまった。弟だと思っていたマルセルは父親が誰とも知れぬ上に、王妃の子ですらない。

 泣くに泣けない幼馴染に心痛めてくれている。怒ってくれている。

(皮肉なものね。あの影に惑わされそうになると、誰かが代わりに嫌な役目を負ってくれる。あたしはその人を怒ることで、ちょっとだけ罪悪感を減らせる)

 ブレッソン大臣も、あんなに分からず屋な人間ではなかった。

 むしろ、平素は熱しやすいアンティガ将軍の宥め役だったのだ。今日はすっかり立場が逆転してしまって、ストラルドに冷たくあしらわれている。

 利己的な彼は、停滞した状況をとても厭う。時間を無駄にするのが嫌いなのだ。

「ユーコ、泣かないの」

「…………でも」

「もう一度、文献を検める必要がありそうね。この中に古代語が読める人、いる?」

「いないでしょうね」

 ため息交じりに言ったのはストラルドだ。

 武芸一辺倒の将軍はもちろん、血筋こそ古くても魔術師向きではないプライムは苦笑いをしている。ちなみに同じ理由で、クラインは最初から除外だ。

「あっ。わ、私はちょっとだけ……なら」

「知ってる」

「そ、そうでした。あはは」

「頼りたくないけど、近衛騎士の何人かも古代語読めそうなのよね。後は」

 ふと暗殺者の顔が浮かんだ。

 妙な訛りのある口調で、いつも煙に巻いてしまう。目的も、まだ全然分からない。シクリア王国の人間でないのは確かだろうが、何のために滞在しているのか。とりあえず見た目から「暗殺者」と呼んでいるが、本当にそうなのかも自信はない。

 しかし、あの男なら古代語を解する。

「問題は連絡手段がないことなんだけど……」

 呼べば現れる、というものでもないだろう。

 今まではユーコを身代わりにして城下へ出かけることもできたが、その手段はもう使えない。顔がそっくりの王女がもう一人いると王城中にバレてしまった。

「ミア、また何か妙なこと考えてな…………あだっ」

 最後まで言い終わる前に将軍の鉄拳が入り、クラインは前につんのめる。

「先程から黙って聞いておれば、ミリエランダ様のことを気安く呼びおってからに!! 亡きアレクセル陛下のご厚意を無にする気か、貴様はっ」

「あー、うっかりしてて」

「うっかりで済むか、大馬鹿者が! 来い、貴様の根性を叩き直してくれる。というわけでミリエランダ様、御前を失礼仕る」

「はあ!? 俺はここの護衛いでっ、痛いっつってんだろ! 引っ張んな…………っ」

 扉の向こうに控えていた騎士たちが慌てて道を空け、ぎゃあぎゃあと抵抗する声が少しずつ遠ざかっていく。

 呆気にとられて眺めていたユーコが、そおっと隣を見上げた。

 目が合いそうになって、慌てて首を引っ込める。ちょうどそこには渋面のブレッソン大臣が立っていた。話している間に立ち位置が変わって、どうしてこうなったと叫びたい心境かもしれない。ミリエランダのように気が強くないので、怒鳴られたことが後を引いているようだ。

 竜のことに比べれば、些事のようなものだが。

「まあ、そういうわけだから」

 彼女たちには聞こえないだけの小声で、ミリエランダはきっぱりと告げた。


―― ……強情ナコトダ


 変わらぬなと嘯いたのを最後に、闇の気配は遠のいていく。

 それが完全に失せたと分かった途端、足の先から力が抜けた。腰が砕ける、とはこういうことをいうらしい。まるで他人事のように感じていると、かろうじて机に捕まっていた手に大きな手が重なる。

 顔を上げる前に、馴染んだ匂いが肩への重みを増した。

「ミエミエなんだよ。ったく」

「クライン、な……んで」

「途中から様子がおかしかったのは俺以外の奴も気付いてた。それでもお前が何も言いやしねえし、コイツが妙なことを言い出すし……」

「ユーコ?」

 いつの間にか、すぐ傍にストラルドとユーコの姿がある。

 彼らもそれぞれ部屋を出て行ったのだと思っていたが、まだ残っていてくれたらしい。さすがにプライムは見つからず、さっきまで狭く感じていた執務室が広々として見えた。

 そうして台車の特有な音が聞こえ、侍女たちの心配そうな声がする。

「やあね、皆でなんて顔してんのよ」

「誰のせいだ、誰の」

「っていうか、クライン。あんたは将軍に連行されたんじゃなかったの?」

「その辺りはご心配なく。倍に増やすと仰っておられました」

「げっ」

「あ、その、頑張ってください?」

「てめえに応援されても嬉しくもなんともねえ!」

「まあ、クライン様。いくらなんでもユーコ様に失礼ですわ」

「そうですわ、女性に対する態度がなっておりませんわよ。そんなことでは、いつミリエランダ様に愛想を尽かされるか……」

 ねえ、とマレーネとカーラが声を揃える。

 その様子に笑いを誘われてしまったユーコがクラインに八つ当たりされたり、何故か皮肉の応酬で前に出てきたストラルドとクラインが口論になったり、といつもの賑やかな雰囲気が戻ってくる。

 ミリエランダはふかふかの椅子に体を埋め、息を吐いた。

「そうね」

 一人じゃない。

 幼い頃、泣きじゃくっていたミリエランダに父がくれた言葉だ。国王は孤独な存在だが、本当に一人だと思ってしまった時点で負ける。だから父は、友達をくれた。

 あれから十年以上経って、やっと言葉の意味を噛みしめる。

(一人じゃないんだわ)

 竜を得られなかったと嘆くのではなく、竜を味方にしたと思えばいい。あの時ユーコが選べなかったら、ミリエランダがアークドラゴンを身に宿していた。その結果、正気を失っていた可能性は高い。どうしてか、その確信だけはあったのだ。

 だから心のどこかで羨ましくて、悔しかった。

 ユーコの前では堂々とした王女で在りたくて、そんなことは絶対言えなかった。その闇を、影の竜に付け込まれそうになったのだ。

 異邦人として、望まぬ運命を背負わされた彼女を守ろうと思っていた。守らなければと焦っていた。この世界の知識はおろか、戦う術をもたない弱い存在だったから。でも今は違うのだろう。ストラルドたちに知識と作法を叩き込まれ、立派に「王女の身代わり」を果たせるまでに成長した。それも短期間で、だ。

 更にアークドラゴンの力を使いこなせるようになれば、怖いものはない。

(ユーコがいつまでも、この世界にいてくれたらいいのに)

 異世界から召喚された竜。

 黒髪黒目の異邦人。

 その二つはたった一つの未来を示しているようで、少し怖かった。


ちっとも王家の秘密について暴露しなかった回

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