王家の秘密・3
今の自分は微笑んでいる。
とても冷たい笑みを浮かべている自覚があった。ミリエランダこそ、ユーコがいなければと心のどこかで考えていたのだ。気付かないうちに抱いていた負の感情を、他人の声で言葉にされると何故か腹が立つ。
アレクセルが命がけで守った少女を、ユーコを貶めていい権利は誰にもない。
もちろん、ミリエランダ自身にも。
「犯人探しをしたいわけじゃないの。そんな暇、もうないの。分かる? 封印は半分解けてしまって、理性的な方の竜はこの子の中にいるのよ。もしも、アークドラゴンを怒らせてみなさい。黒い方が目覚める前に、この国は滅びるわ」
「では竜ごと、この娘を殺せばいい……!」
「…………がっかりね、ラング・ブレッソン。そういう話をしたいわけじゃない、って言ったばかりなんだけど? 老いて、冷静な判断力も失われたのかしら」
「それくらいにしてやってくだされ、王女。我々も、立て続けに不測の事態が起きたがために混乱しているのです」
「上層部がこの状態では、王城の惨状は見るまでもなさそうですね」
まるで他人事のように呟いたのはストラルドだ。
しばらく喋らなかったと思えば、なにやら随分と怒っている。ちっとも進まない話に苛立っているのかと、ミリエランダは思考をまとめた。
「とにかく、残された時間はあまりないわ。もう一度封印を施すにしろ、黒いのを叩きのめすにしろ、情報が全く足りないの。それに、ユーコは古代語が読める貴重な人材なのよ? 今までみたいに、あたしの身代わりとして…………あ、やば」
「安心してください、王女。ここにいる全員知ってますよ」
プライムはそう言って微笑むと、おもむろに上着を脱ぎだした。
「ちょ、ちょっと、レイちゃん?」
「皆に見てもらいたいものがある。俺の、制御装置だ」
いつも着崩している彼の胴体には、鈍色の帯が巻き付いていた。中央には赤い石が埋め込まれ、帯全体にびっしりと文字のような文様が刻まれている。
「へ、変身ベルト?」
「ユーコ、なによそれ」
「う、ううん。何でもないです! たぶん、絶対違うからっ」
「……まあいいわ。レイちゃんんは随分と大仰なのね。装置というくらいだし、そういうもんなのかもだけど」
「団長のはさすがに規格外だぜ」
「クライン?」
「うちの家は鍛冶師だが、その道じゃあ名の通った細工師でもある。たまに、こういうのの手入れを頼まれたりするんだよ。大きくても片手に乗るくらいの、いたって軽いもんばかりさ」
新生児はまず魔力検査を行い、その値に応じた制御装置が贈られる。
シクリア王国で伝わる誕生祝の装飾品として広まっているが、一生ずっと肌身離さず所持し続けなければならない仕来りがある。庶子だったミリエランダはそういうのを持っていないため、いつしか「魔力のない王女」と噂されるようになったのだ。
「…………あんた、実は近衛騎士向きなんじゃないの?」
「魔術師なんかやりたくないから、こうして隠してんだよ。だいたい、ああいう細かいのは苦手なんだ」
「細かい?」
「えっと、…………想像なんですけど」
おずおずとユーコが片手を上げる。
またブレッソンが口を挟もうとしたが、アンティガに止められた。彼女は丁寧にそちらへ会釈を一つしてから、失礼しますねとプライムに近づいた。
「あ、やっぱり」
「何なの?」
「これ、古代語で書かれてます。この赤い石もたぶん、メダルのと同じ……かも。大きなものを抑えるには大きなものが必要でしょう? だから騎士団長さんのは、力が大きすぎて制御できないんじゃないかなって」
「なんでよ。それで制御してるんでしょ」
「王女、制御装置もまた『封印』なのですよ」
「分かりやすく言ってしまうと、加減が効かないんだよ。竜を封印したのが国王と側近たちで、どいつも相当手練れの魔術師だったらしい。俺はその先祖返りだって聞いたな」
「そんな…………騎士団長、あんたまでが」
「クライン。このお嬢ちゃんに言ったみたいに、俺のことも化け物って呼んでみるか?」
「……っ」
「でも騎士団長さんは、魔術が扱えるから辺境の警備にも行けるって言っていましたよね」
「お? なんだ、覚えてたのか。貴族出身の何人かは魔術が扱えるんで、魔物の群れともやり合える。ただまあ、数が多い時は仕方ないよな」
曖昧に言葉を濁し、ぽりぽりと首の後ろを掻く。
その先は、詳しく聞く必要がなかった。おそらくはクラインを含めた神聖騎士たちも知らないところで、プライムは魔術を使ってきたのだ。竜ほどでなくとも、広範囲に影響をもたらすほどの威力なのだろう。
今更ながらに魔術がおおっぴらに扱える近衛騎士たちの実力を思い知らされた気がして、ミリエランダはぞっとした。
同時に落胆する。
「国王補佐をやるとか、次期女王だとか息巻いてても、あたしばっかりが何も知らなさすぎるのね。……嫌になる」
「ミア……」
「王女、落ち込むのは後にしてください。先程、ご自分で言いかけたことをすっかりお忘れのようなので、僭越ながら私が整理させていただきますが」
ストラルドが一拍置いて、話しはじめる。
「この国には古より伝わる品がいくつかあるようです。封印に関わるものは二つ、鍵とメダルですね。これらは元々、封印を司る一族が所持していたものだと主張する者がいます。近衛騎士団はその名の通り、国王の近従でありながらも実態が明らかにされていない。いつ、何のために、誰が設立したのかも定かではありません」
「国王が、自分を守るために……じゃないの?」
「実に短絡的ですが、可能性は高いでしょう。シクリア国王ほど、竜に恨まれている人間はいないでしょうからね」
「ケストナー、少しは口を慎まぬか」
「申し訳ありません、大臣。大事な話の腰を折られるのは不快です」
「ぐっ」
「王女も仰っていたでしょう。時間がないのですよ」
大臣は赤を通り越して、青くなったり白くなったりと忙しい。うぐうぐと唸っている近くで、ユーコが心配そうに顔を窺っていた。手にしたハンカチは汗を拭ってやるつもりなのだろうが、今は触らない方が賢明だろう。
ストラルドの方は表情を消したまま、淡々と話し続ける。
「塔が崩壊し、一つの封印が解かれた今となっては鍵そのものにどれだけの意味があったのかは分かりません。今のところ、封印に直接作用したのはメダルだけですね。そのメダルもないのにアークドラゴンとやらを目覚めさせたユーコには…………まあ、色々と言いたいことはありますがね。色々と」
「ううっ」
「彼女と一緒に塔の地下へ侵入したとみられる王女ではなく、ユーコの体に大きな力が宿っているのは、古き血族の末裔であるプライム殿が証明してくださると思います」
「ああ、確かだ」
「そして先程の醜態が演技だとは、考えにくいです。見ての通り、至って普通の無学で不作法で半分程度しか空気の読めない上に、馬鹿正直で嘘の吐けない一般庶民ですから」
血筋はともかく、と言い添える。
今度はユーコが顔を真っ赤にしていたが、プライムが上手く宥めているようだ。彼には年の離れた妹がいるので、年下の扱いは慣れている。
黒髪の中で銀のサークレットが、白く輝いた。
まるでアークドラゴンに笑われた気がして、無性に苛立つ。ユーコに選ばせておきながら、自分が選ばれなかったことへの嫉妬なんかとっくにお見通しだと思えば、余計に。
「銀冠のこれほどの出来栄え。本来の持ち主は、かなり身分の高い人間だったと推測されます。たとえば、竜と心を通じたとされる王女――」
「馬鹿馬鹿しい!」
「落ち着きたまえ、ブレッソン殿。話はまだ終わっておらぬようだぞ」
「お気遣い痛み入ります、将軍閣下。銀冠が王女のものだったとするなら、竜と戦った際に使った武器、あるいはそれに準ずる何かも残っていても不思議ではありません」
「そう! それよ、あたしが言いたかったのは」
「そうですね、ここまで来るのに随分と時間がかかりました」
「嫌味のつもり?」
「純然たる事実です」
顔色一つ変えずに言い返されて、悔しいが言葉が出ない。
それでも、やり込められたままではいられなかった。必死に今まで漁っていた資料から「何か」出てこないかと記憶を探る。まだ一枚絵は完成していない。大事な部分が抜け落ちていて、どうにも居心地が悪い。




