王家の秘密・2
「おい」
低い声に呼ばわれ、ユーコが小さく震える。
「なんで、こんな大事なことを言わなかった」
「ごめんなさい」
「謝って済む問題か!」
「怒鳴って済む問題でもありませんよ、クライン。東の塔に、もう一体の竜が眠っている。それが本当だとするなら、悠長にしていられませんね」
「俄かには信じがたい話だが……。先程の話といい、溢れ出した強大な魔力といい、疑う余地はなさそうですな」
「溢れてた?」
「そういえば、殿下は魔力をほとんど持っておられませんでしたか。アレクセル様は、それはもう強い魔力をお持ちでしたが」
ブレッソンが懐かしそうに目を細めた。
それで兄弟喧嘩をして、裏庭を吹っ飛ばしたのはミリエランダも知っている。魔力を受け継がなかったのは幸か不幸か。イザベラのように制御できず、自滅するよりはいいかもしれない。
(継母様は制御できなかった……?)
イザベラの死は魔力の暴走だというのが、近衛騎士の見解だ。
火種になりそうなものはなく、最後に傍にいたのは妹のレティシアだけだ。彼女が火をつけたとしたら、レティシアは魔術を扱える人間ということになる。あるいはイザベラから、制御装置を奪っていたか。
「王女? どこか御気分が」
違う、と言う代わりに首を振った。
疑い始めればキリがない。粛清対象は皆、処刑を待っている状態だ。家をまるごと潰すつもりはなく、それまでの職は息子に代替わりさせるつもりでいる。目下のところ、侍従や書記官たちがその引き継ぎ作業に追われていた。
マルセルの実の母親は、レティシア。
ゴゴゴ……ッ
折しも不気味な地響きと共に、地震が発生した。
ここ数日起きている、王城限定の揺れだ。城下街にまで影響が出ていないというのは、逆に竜が原因であるという裏付けになる。
「ユーコ」
「は、はい!」
「あんたが黒い方を倒すのよ。そうすれば、誰もあんたを蔑めなくなる」
「えぇ!?」
「王女!」
「いくらなんでも無謀だっ」
ミリエランダは周囲の反論を故意に聞き流した。
自分だって、とんでもないことを言っている自覚くらいあるのだ。
「アークドラゴンは、ユーコと一体化した。地上最強の生き物と言われている存在を体に入れて、普通に生活できるのよ。力の使い方を間違えなければ、やれるわ」
「でも、どうやって!?」
「そんなの知るわけないでしょ。でも、他に方法がないのよ!」
感情をもてあまし、机を強かに打つ。
他国の侵入を待たずして、この国は滅びようとしている。今は少女の中に入っているとはいえ、実際には地上に建っていた塔よりも大きかった。そして度重なる地震が、ミリエランダの心を焦らせていた。
「考えたくないけど……」
こめかみを揉みながら、言葉を懸命に選ぶ。
「要するに、この揺れは黒い方が寝返りを打っているようなものなんだわ。どこかの本で読んだけど、寝返りっていうのは眠りが浅い時に起きるのだそうよ」
「つまり、化け物の目覚めが近いってことか」
クラインが低く呟き、ユーコがびくりと肩を揺らした。
彼に限らず、この場にいるほとんどの人間が一人の少女を見ている。正確にはサークレットで抑えこまれているはずの竜、アークドラゴンなのだろうが。
机の上にあった手を、きつく握りしめた。
(…………なんで、あたしじゃないのよ……っ)
魔力をもたない庶子の王女。
マルセルが王の直系でないと分かった以上、ミリエランダが即位するのは自明の理だ。大臣たちに諭されるまでもなく、さっさと儀式を執り行うべきだと分かっている。
強がりを言っても、偉そうにしていても、心の奥底では――。
―― 憎イダロウ? 恨メシイダロウ?
ぞわっと何かが走り抜けた。
「!!?」
「王女?」
「な、んでもない……わ」
腕を何度もさすりつつ、首を振った。
今のは塔の地下で聞いたアークドラゴンの声に似ている。だが、目が合ったユーコはきょとんとしていた。その頭にはサークレットの輝きがあり、まるで当然のように収まっている。
(何を考えているの、よ)
どろどろとした何かが波打ち、掴んだ腕を更にきつく締めた。
彼女は王弟の孫だ。
直系どころか、かなり血が薄まっている。アークドラゴンを召喚したのが「黒髪黒目の異世界から来た少女」という共通点があり、シクリア王家の先祖とも因縁がある。だから選ばれた。ミリエランダが「いらない子」だから、ではない。
―― 本当ニ?
「うるさいわね!!」
もう一度机を叩いて、大きく息を吐いた。
「み、ミア? なんか変だよ、どうし…………」
「そうだわ、王家よ」
「殿下?」
「アークドラゴンは、あたしのことを最初の王女の生まれ変わりだと言ったの。王家の鍵、メダル、それからサークレット…………もしかしたら、まだ他にも何かあるはず。いいえ、ないはずがない!」
苛立ちと焦りに、頭がおかしくなりそうだ。
しかし狂っている暇はない。何かできるとしたら、何ができるのかを判断できるのはもうミリエランダしか残っていないのだ。アレクセルは死に、その弟も異世界で死んだ。色々知っていそうなジャン・レノも、とうに処罰されているだろう。
バラバラにされた一枚絵は足りない部分が多すぎて、全貌が見えてこない。
「おい、ミア。いきなり何を言い出すんだ」
うっかり愛称呼びになっているクラインの襟首を、反射的にぐわしと掴む。
「いきなりじゃないわよ、ずっと考えていたの。塔の封印は絶対破られてはならないものだったのに、どうして王家が鍵を保管し続けていたのかしら」
「当然、封印を守る為でしょう。何も知らぬ輩に鍵を使われては、竜が目覚めてしまう」
「じゃあ、なんで鍵があるの? 大陸を焦土と化したほどの存在よ。殺すことができずに封印が精いっぱいだったのなら、なおさら鍵を残す必要がないわ」
「まるで……、いつか誰かが鍵を使うことを願っていたような?」
ユーコがぽつりと洩らした一言に、大臣が目を剥いた。
「出しゃばるな、娘! 憶測でくだらぬことを言うでない」
「口を慎むのは貴殿の方ではないかな、ブレッソン殿」
「な……っ」
「悪いが、私も彼女と同じことを考えた。真実、竜が邪悪な存在だとしよう。そうなると、王家の紋章の正当性は失われてしまう」
「アンティガ殿!! なんと、なんということを仰るのだっ。正気の発言とは思えぬ!」
大臣の顔は真っ赤に染まり、全身をブルブルと震わせた。
王家と国王に忠誠を誓った人間として、聞き捨てならなかったのだ。今まで単なるお伽話だと思っていた内容に矛盾があり、それが王家の根幹を揺るがしかねないとすれば尚更だ。
「そ、そうだ。娘! 貴様が、この世界に現れなければよかったのだっ」
「ブレッソン殿!!」
「王弟殿下は分かっておられたに違いない。禁を犯してまで秘宝を異世界に持ち出されたのは、この国を守るためだったのだ……!」
「言いたいのはそれだけかしら? ラング・ブレッソン」




