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王家の秘密・1

 だが、事態はそう簡単に進まなかったのである。

「なんでよ! 二人が『うん』って頷いてくれたら、済む話でしょう」

 ミリエランダは立ち上がり様に、バシンと机を叩いた。

 王女の剣幕を真っ向から受け止めながらも、ブレッソン大臣は苦い顔のままだ。その向こうで動かずにいるのは神聖騎士団長プライム。そしてアンティガ将軍は、白いものの混じり始めた顎髭をゆるり撫でた。

「殿下はこの国の状況が分かっておられぬ」

「いかにも。事件の犯人が処刑されたとはいえ、王妃の死が不安を呼んでおりまする。まずはご即位を優先なされませ」

「別に後回しにしたい、って言ってるんじゃないわ。この子を王族の一人として認めてあげて、と言ってるんじゃない」

「黒髪黒目に対する偏見は、そう簡単になくなるものではございません。彼女を、奇異の目に晒すおつもりですか」

「…………分かってるわよ。今話すべき問題じゃない、ってことくらい」

 ブレッソン大臣とアンティガ将軍の意見を受け入れる形で、しぶしぶ大人しくなる。

 優先すべきは、国内を一刻も早く安定させることだ。

 シクリア史上に女王は珍しいだけで、前例がないわけではない。何よりも先代国王アレクセルの遺言とあれば、誰も異論は唱えない。ミリエランダは民にも人気が高いので、すぐに受け入れられることだろう。そして周辺諸国への対応だが、こちらは簡単にはいかない。小国であることと、女王であることの両方で不利に働く可能性があるからだ。

 アレクセル王時代にも、国境でイザコザは起きていた。

 今思えば、国王自らが出向くことは国内外への評価にも繋がっていたのだ。民からは全幅の信頼を得、国外へは迂闊に攻め込めない警戒心を埋め込ませた。シクリアを攻めている間に、背後から他国が攻めてくる場合もある。

 どの国とも明確な約定を結んでいないからこそ、次の一手が読めない。

 ある意味、この不安定であやふやな平和が長く続きすぎた。アレクセル王の暗殺が、戦争へのきっかけになることを皆が恐れている。そして、既に一部が現実のものとなっている。

 国を優先するなら、ミリエランダはユーコを守れない。

 だがユーコを守らなければ、大陸そのものが滅ぶ。

(運命を選ばせたのは、あたし)

 かつて、竜と王女は心を通わせたかもしれない。

 黒髪の召喚主がどこへ行ってしまったのかは分からない。アークドラゴンが何処から召喚されたものだとしたら、同じ異世界人の方がいいと思った。でもユーコが選べなかったら、ミリエランダが引き受けるつもりだった。放置しておくのは、あまりにも危険だからだ。

 永い眠りから醒めた竜は、何をするか予測不能。

 その恐怖が人々をどう動かすのか、ミリエランダには分かる。

 バロアやプロスティンが、こぞってシクリアに押し寄せるだろう。竜から民を守るという名目で、国を蹂躙する。彼らが欲しいのは、腕のいいの職人たちだ。そして移民たちが集まって生まれた国であるからこそ、民は大国に利用されることを良しとしない。過去の辛い記憶が、抵抗を選ばせてしまう。

 徹底抗戦の果てにあるものは「死」だ。

「何を悩む、王女よ」

 からかうような口振りに、知らず握りしめていた拳が反応した。

「ユーコ? どうかしたのですか」

「いいから、お前は大人しくしてろ」

「だ、そうだが?」

 クラインとストラルドの諌める言葉も楽しげに、右手はサークレットを弄ぶ。

 不遜な表情になっただけで、随分と印象が変わって見えた。いや、瞳の色が少しだけ異なっている。ユーコは深い黒だったのに、銀と群青を混ぜたような艶を帯びていた。

「アークドラゴン?」

 正解だと声には出さず、少女がにんまり笑う。

 会議代わりに使っている執務室が一気にざわめき出した。彼女の中に竜がいることを、まだ誰にも言っていなかったからだ。剣に手を置く者、本能的に距離を取ろうとする者、各々が動いて少女の周りに円の空白を生み出した。

 それすらも面白がっている風に、輪の中心で口角を上げる。

「封印を解いてくれた礼だ。どこでも、お前にとって邪魔な国を滅ぼしてやろうぞ?」

 クラインが動こうとするのを、手で制した。

「結構よ」

「だが、このままでは国が滅びるな」

「させない。このあたしがそんなことさせないわ」

「いいや、滅ぶとも。人が滅ぼさずとも、遠くない未来に国は消える。黒き我によって」

「塔の地下でも言っていたわね。どういう意味?」

「こちらも問いを与えよう。何故、塔が二つあったと思う」

 瞬きをした。

 アークドラゴンが眠っていたのは西の塔で、赤い光の導きで地下空間に跳んだ。東の塔でも同じ光が確認されているが、地下は見つかっていない。ガレキが吹き飛んだ後は、何もない石の床があるだけだった。

「二つで、一つのモノを封じていた」

「ふむ。悪くない答えだ」

 先程と同じように笑っているが、正解ではないらしい。

「……竜が二体いたとすれば」

「ルディ?」

「あるいは、封印する際に二つの存在に分けた……と考えるのはどうでしょうか。ここにいる竜は多くの国を滅ぼしたとは思えない程、理性的です」

「寝惚けてるだけかもしれねえぜ」

「クラインの言う通りだとしても『黒い我』の説明がつきませんよ。黒とは我々にとって忌むべき色。だとすれば、攻撃的で陰湿な部分――影の竜が東の塔に封印されている……と、私は推測します」

「影のわれ、か。成程、頭は悪くないようだ」

「もし、そうだとして」

 これまで静かに状況を見守っていたプライムが、おもむろに立ち上がった。少女の手からサークレットを引き抜いて、黒髪の中へすぽっと収めた。

 一瞬の間が空く。

「わあああぁっ、ごめんなさいごめんなさい!!」

「…………ユーコなのね?」

「ウトウトしてて、気が付いたら乗っ取られちゃって……うぅ、本当にごめんなさい」

 涙目でペコペコ謝る彼女は、もう不思議な色の瞳ではない。

 少女の急変ぶりに皆が戸惑ったのは言うまでもなく、アンティガ将軍は説明をと言わんばかりに視線を投げてきた。ブレッソンやクラインは厳しい目を向けたままだが、頭の中にあるものはきっと異なっている。

「レイちゃん、よく気付いたわね」

「まあな、昨日まで感じられなかった強い力が気になっていたから。この銀環も今日初めて見たしで、とりあえず元に戻してみた。まさか制御装置の役割をしていたとはな」

「プライム殿。制御装置、というのは?」

「ええ、魔術師が魔力を暴走させないために造った道具です。この国では魔術そのものが廃れてしまいましたが、稀に強い魔力を持った赤ん坊が生まれてくることがあるんです。感情が高ぶったりした時に暴走するのを防ぐため、日常的に身に着ける道具として親が用意します。成長するにしたがって、徐々に失われていく場合もありますがね」

「近年ではほとんど形骸化し、単なる誕生祝の装飾品になっておるな」

「あの風習にそのような意味が、……むむぅ」

 アンティガ将軍は髭をいじりながら唸る。

 シクリア王国の上流貴族、特に古き血を引く一族には公然の秘密とされている。将軍の家柄が古くないわけではなかったが、生粋の武家だからだろう。一般的には魔術が衰退した理由として、職人の技巧や創意工夫の方が勝っていたことが挙げられる。かつては複雑な合成術による無機物の精製もあったようだが、失われた技法となって久しい。

 光の魔術よりも、蝋燭やランプの温かな光を好んだのも一因ではあるが。


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