竜、覚醒す・6
そうこうしているうちに、息を切らせた若き神聖騎士が這い上がってくる。
「ご無事ですか、ユーコ様! ミリエランダ様」
「見ればわかるだろ。落ち着け、エンゲル」
「ユーコ様、しばらく見ないうちに可憐さが増してるッス。まるで双子の女神さまッス」
「装飾品ひとつで評価が変わるなら、安いものですね」
「似合ってる、の一言くらい言えないの。あんたたちは」
不機嫌そうなミリエランダをよそに、クラインが近づいてきた。
「かなり緻密な意匠を施してあるよな。蔦と水……か。ん?」
「な、なんですか」
「お前、そこ動くな」
じっとしてろよ、と低く告げられては何をされるか分からない不安で体が固まる。ほとんど首と鎖骨しか見えない至近距離まで来ると、いきなり頭を押さえつけられた。
「い、いたっ」
「だから大人しくしてろって」
「痛いです! 何をしてるんですか」
「あー、そうか。カツラが邪魔だ」
独り呟いたクラインにあっさり奪われ、適当に押し込んでいた髪を撫でつけられる。その手つきこそ乱暴だったが、サークレットを扱う手はやけに恭しい。ちょっと力加減を間違えただけで壊れそうなほど細かい造りだから、慎重になっているようだ。
扱いが違いすぎるという文句は、かろうじて堪えた。
「…………ん。よし、収まった」
「なるほど、額飾りでしたか」
「どうにも据わりが悪かったからな。これで気が済んだ」
「…………」
「ユーコは知らなかったっけ? クラインのお爺様は銀細工職人なのよ」
「えぇーっ」
頓狂な声を上げ、エンゲルハイトが思わずのけぞった。
柚子も目を真ん丸にして、そぉっとサークレットに触れてみる。銀細工といえば置物や、ちょっとしたアクセサリーを連想してしまう。銀メッキの装飾品なんかは手に取ったこともあるが、純銀製の価値は理解の範疇を越える。
「ま、まままさか…………こ、これ」
「俺の爺さんでも、ここまでのもんが作れるかどうか分かんねえな。一体、どこで見つけてきたんだ。お前ら、宝物庫にでも遊びに行ってたのか?」
「宝物庫ぉ!?」
「……地下神殿よ、大昔のね」
ミリエランダの言葉に、ストラルドがわずかに眉を動かす。
クラインも何か気付いたらしく、二人に頷いてみせた。
その小さなやり取りは、頭の中で札束が舞い散っている柚子が気付くはずもない。今すぐにでも外してしまいたいが、中にいるアークドラゴンが勝手に喋り出すかもしれないので外せない。サークレットの触れている部分がむずむずして仕方ないのだが、恐れ多くて触れない。
「落ち着きなさいな、ユーコ。クラインのお爺様だって、せいぜい王族お抱え職人の一人ってだけだから。でも、城一つ分は買えそうね」
(王女ハ正シイ。ますたーノ世界デハ、人間国宝トイウラシイナ)
「@※□#&△!?」
「ユーコ様、しっかりするッス!」
目が回りそうだ。
存命時でも、人間国宝の作品はとんでもない値段がつく。それが数百年前の遺品となれば、プレミアどころでは済まされない。金塊の山を頭にはめているようなものだ。
「銀だけでこれほどの表現をした、っていうのがすげえよな。普通は宝石や貝を使っちまうもんだが」
「嘘だ。クラインが、頭良い奴に見える」
「エンゲル、そいつぁ喧嘩売ってんのか。よし、買ってやる。ありがたく思え」
「遊びたい盛りの犬たちは放っておくとして、そろそろ戻りませんか。先程の光が騒ぎになっていないとも限りません」
「誰が、犬だ。誰が!」
「誰…………そうですね、近衛騎士団からそう呼ばれているとか」
「あっ、あいつら、城中で言い触らしてるんスか!?」
「んだとぉ? なんで止めなかったんだ、エンゲル。てめえの誇りはその程度かっ」
「おれだって嫌ッスよ! でも魔術を使う相手に、どう対抗しろって言うんスか!!」
ぎゃいのぎゃいのと神聖騎士の二人は賑やかだ。
ミリエランダは溜息一つ吐いて、彼らを置いていくことに決めたらしい。柚子はといえば、首の後ろで何やら行っていたストラルドに背を押される形で歩き始める。目の前で大騒ぎをしてくれたおかげで、少しずつ冷静になれたのだ。頭の中が落ち着いてくると、アークドラゴンが呆れたように鼻息を鳴らしたのが分かる。
あの巨体がどうなったのかは知らないが、生臭い息は感じられない。
「ルディ、東の塔に何か変化は見えた?」
「いいえ。ここから動いておりませんので、詳細なことは。気になるのでしたら、手の者に調べてさせておきます」
「そうしてちょうだい」
ミリエランダの歩く速度はちょっと早いので、柚子は小走りで隣に並んだ。
「いいの?」
「何が」
「えっと、これ」
触れるのはまだ怖いので、額のサークレットをおそるおそる示す。
ちらっと視線をくれただけのミリエランダは、そのまま前を向いてしまった。柚子はどう判断すればいいのか分からず、わたわたと足を動かした。とんでもないモノを身に着けていることと、竜が内側にいることの両方がまだ現実味を帯びていないのだ。
これまで何度となく「これが夢だったら」と思ってきたが、今回は自分で選択した。アークドラゴンに「マスター」と呼ばれて初めて、契約が「主従契約」だと気付いたわけだが。
「ミア」
「なあに?」
「お、怒ってないの」
「なんでよ」
体全体で振り向いてきた彼女に、柚子は慌てて立ち止まる。
アクセサリー系はあまり好まないのか、上品なドレスにも装飾は少なめだ。ブレスレットやイヤリングはなく、ネックレスを付けた姿もほとんど見たことがない。髪型も結い上げるよりは後ろに流していることが多く、軽くまとめるための髪留め一つくらいか。
それでいて地味な印象は受けない。
ミリエランダは存在そのものが華やかなのだ。
「ユーコ?」
豊かな金髪を揺らし、菫色の瞳が瞬く。
そんな彼女に対して、柚子は影に隠れてしまいたい気持ちになる。黒髪黒目の外見をさんざん疎まれたこともあるが、元の世界でも目立たない人間として過ごしてきたのだ。同じ顔をしているのにこうも違うものだろうか。
(愚カ者メ)
内側から罵られ、ぐっと詰まる。
本当にどういう仕組みになっているのだろう。契約相手と同化するなんて聞いたことがない。さしあたって何かが変わったのでもなく、アークドラゴンの声がダイレクトに響く程度だ。おかげで威厳と威圧感が激減して、ちっとも怖くない。
(使役対象ニ、恐レヲ抱イテドウスル)
「そう。それなんだよね」
「おばか、声に出てるわよ」
「あっ」
「…………ふぅ、とにかく部屋へ戻りましょう。ここでは目立ちすぎます」
ストラルドに言われて、同じ顔を見合わせる。
「あっ」
「カツラ!」
慌てて髪を抑えても遅い。
周囲からひそひそ声や、軽蔑や嫌悪に満ちた視線が飛んでくる。部屋にいるようなつもりでいたため、ミリエランダと対等に話している所を見られてしまった。それに後方を探しても、護衛のエンゲルハイトとクラインの姿はない。まだ西の塔でやり合っているのだろうか。
「ど、どうしよ……っ」
「こうなったら仕方ないわ。ルディ」
「有効な手だとは思いますが、賛成はいたしかねます」
「なに? どうするの?」
「あんたが王族だっていうことを公にする。さすがに王弟の孫っていうのは無理があるから、先代――お爺様の弟の孫っていうことにしましょ」
「それも無理がありすぎるよ!」
「大丈夫よ、大叔父様はこの国を出奔してから東へ向かったらしいから。そこで生まれた子供が、たまたま奴隷として連れてこられた。んで、街を散策中のあたしが見つけた」
「見つけたのはアレクセル様ですが」
「そう? じゃあ、それで」
軽い、軽すぎる。
シクリアは大陸にある国の中で、小さい方だという。しかし王族は王族だ。こんな簡単に決めてしまっていいものではない。しかも相談相手は宰相とか、大臣といった役職ではないのだ。ついこの間昇進したばかりの執政官の一人にすぎない。
大丈夫なのだろうか。
「もちろん、大丈夫なわけがないでしょう」
「心を読まないでください?!」
「あなたは分かりやすい。先日、そう言ったと思いますが」
「何よりの強みは、あたしと同じ顔よね。念のため、ブレッソン大臣とアンティガ将軍に証言してもらうわ」
「ですから王女、それは無理がすぎると」
「他に妙案がないんだから仕方ないじゃない。あ、近衛騎士団にも口添え頼めるかしら」
その騎士団の長が柚子を殺すつもりでいることを、ミリエランダは知らない。
東の塔に関する出来事はストラルドが報告した。しかし、竜の再封印に関して触れたものの、その手段について話していない。何の理由もなく、一部を省くとは思えない。柚子から話してしまうことで、告げ口みたいになるのも嫌だった。
(人間ノ考エルコトハ、ヨク分カラヌ)
アークドラゴンがヤレヤレ、と首を振った。




