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流星マスター  作者: TSUJIMO


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78/84

スピンオフ・我輩は猫である

「欠品アラートっ」


受注管理部の責任者の美香さんの声が響きわたった。


「日記帳1999年用は在庫ゼロです。現在の受注残は3件で3冊。このまま受注を継続します。週明けの月曜に生産で火曜出荷でご案内します。美智子さんは2件のメール対応をお願いします。お客様に出荷予定日をテンプレでお知らせしてください。野原さんは1件の電話対応です。公式サイトと楽々市場店は遅延のお知らせを掲載してください。代替品はありませんので誘導は不要です。社長は念のため工場に欠品連絡してくださいっ」


「はいっ」

「公式サイト掲載しました」

「楽々市場店のほうも更新終わります」

「ではネットの受注をここでいったん締めてくださいっ。すでに来ている分は遅延をお知らせします。掲載後のご注文は通常対応。メルマガへの追記は裕太に確認っ」

「はいっ」


美香さんが右腕を振り上げて叫んだ。


「今日は注文電話も来るよ。大口は終わってるけど小口はまだ来るよっ」

「工場から入電。火曜出荷確実ですっ」

「よし。全員に周知。ミスなくやるよっ」



はてさて。招き猫さまがおっしゃるところでは、叫んだり、椅子を倒したり、腕を振りまわすような活動的な人ではなかったとのこと。すこし前までは伝票を何度も数え直したり、優雅にお茶を楽しむ人であったようだ。我輩の知る美香さんはずっとこんな感じだから想像もつかぬ。

それにしても人間たちがいっせいに手足を動かしたり、鳴き声を立てたりするところを見ると、欠品というものはたいそう恐ろしいもののようだ。我輩は欠品には近寄らぬようにしよう。Neko for Windows はそう思った。



午後になってから、外出しようとしていた社長の PHS が震えた。金山君からの連絡だ。


「どうしました」

「社長、交通事故です。たいへんです」

「またか。怪我はないのか。場所は、警察は」

「俺じゃありません。佐山運送さんのトラックが追突したと連絡を受けました。うちの荷物が載ってます」

「どこ行きの荷物ですか。内容と状態は」

「ラッキーストアさんの千葉新店行き、内容はA4ノート細罫白が5C/Sです。状態はわかりませんが、車が炎上してますので回収は無理だと思います」

「まずいな。美香さん、ラッキーストアさんの受注はわかりますか」

「出ました。A4ノート細罫白を100、千葉新店行き。間違いありません。備考欄に今日必着とあります」

「新店オープンは明日だろう。今日中に届けないと棚を取られる。在庫の状況はどうですか」

「在庫は5000以上あるはずです。確認しますか」

「いやいい。その受注は保留状態にして。事故処理で結果が変わるから。それから同じ内容で新規の受注を起こしてください。配達します」

「えっ。千葉まで配達するんですか。佐山運送さんの責任で再発送ではいけませんか」

「事故を起こしたのが佐山運送さんでも、今日必着で約束したのは比野文具だ。向こうから見たらうちの不手際だ。山下さんと山根さんはまだ北陸にいる。裕太はオオミヤさんで商談の真っ最中。田中は風邪。動けるのは私とお前だけだ。行けるか」

「わかりました。すぐ車を戻します」

「納品書出ました。工場に緊急で出荷指示をまわします」



ふむふむ。なにやら衝突したり燃えたりしたようだ。見に行きたい気もするが、金山君は IBM ThinkPad 560E を持ち歩かない人種なので着いていくことはできぬ。社長先生が行くなら我輩も同行するのはやぶさかでないのだが。



工場の新休憩室。透明なビニールに囲まれた空間に事務机とパイプ椅子、卓上蛍光灯、まだきちんと設置されていない家庭用エアコン。壁を貫通してLANケーブルが届いている。ここでは今川君が Toshiba DynaBook Satellite 220CS/1.4 の見づらい画面をうっとり眺めていた。「FD3Sオーナー会 ロータリー魂 ホームページ」と表示されている。


Uh Oh!


ICQ のまぬけな電子音が響くと同時にタスクトレイのデイジーアイコンが赤く点灯した。


「Yanashiro: 休憩室にいるか」

「Toshioo: いるよ」

「Yanashiro: そっちに行く」


縞鋼板の床を踏み鳴らしてやってきたのは新入社員で同い年の山代晃だった。休憩室のビニールカーテンを開けて入室するとこう言った。


「まだ家に帰れないのか」

「まあね。電話しても出ないし」


DynaBook をちらっと見ながら言う。


「こんなことになったのに、まだそんなもの見てるのか」

「それとこれとは別だろ。たしかに夢中になって返事もしなかったのは悪かったけど」

「ストレスが圧縮されて自己着火したんだな。まあ排出したらすぐ冷却するだろう」

「それでもやりすぎだ。まさか Gateway 2000 P5-75 を窓から投げると思わなかった。完全に壊れた」

「よく投げれたな。モニターと合わせたら30kgくらいあったはずだ。高出力な彼女だ」

「気楽に言うな。蹴り出された身になってみろ」

「お前は壊れなかったからいいじゃないか」


山代は持参した野菜ジュースにストローを挿しながら追撃した。


「まだ社長の家に泊めてもらってるのか」

「昨日から友達の家にいる。社長の家って会社と一体だから帰った気がしないんだよな」

「それはそうだ」

「神田川みたいで楽しい生活だったのにな。パソコンとインターネットのせいだ」

「でも次の日にはもうノートとLANカードを調達してる。やめないんだろ」

「やめられないよ」


Uh Oh!


「今度は誰だよ」

「Takeyama: 緊急出荷」

「はあ」


昼休みはとっくに終わっていた。



人間のつがいのことはプログラムである我輩にはよくわからぬ。それにしてもロータリー魂とはなんであろう。なんだかふらふらしたものを想像した。



裏口のシャッターがいつもより早い時間に開放され、古びたカローラバンが後ろ向きに進入してくる。


「今川さんどうも。急にすいません」

「お前のせいじゃないし。とにかく5C/S持ってって。千葉行きなら急がないと道が混むよ」

「ありがとうございます。じゃあ出ますので」

「気を付けてな」



社長に責任感を注入された金山君が飛び出していくのをPC-9821V10から猫が見ていた。この大きな建物はいつも騒がしいね、ミケコさん。

隣の PC-9821V166/S7 の壁紙のミケコは返事をしなかった。



事務所では楽々店店長のかおりちゃんが疲弊した顔で電話をしていた。


「でも神楽さん、お客様へのメッセージを手書きするのはたいへんです。私の名前じゃなくて商品を売りたいんですよう」

「そこが間違ってるんですよ。お客様が買ってるのはノートじゃなくてあなたなんですよ、店長」

「いや私は売り物じゃないですし。それって印刷じゃだめなんですかね」

「それが御社の悪いところだ。なんでも自動化で楽にやろうとする。画面の先にいるのは人間なんですよ。荷物を開けた瞬間に人の温もりを伝えるんです。これがリピーターを作るとっておきの秘策です。ちょっとだけやってみましょう。メッセージ付きで発送するの。それで効果なかったらやめればいいじゃない。簡単でしょう」

「秘策のお試し」

「そうそう秘策のお試し。やろうよ」



かおりちゃんの表情が楽観的なものになってきた。ああ、この人はいつもこうやって流される。Macintosh Performa 588 に常駐しているnekoDAが後ろから見ていて、ため息をついた。Neko for Windows さんはどう評するだろう。



「神楽さんがそんなことを言うんですよ」

「それがあの人の仕事だからね。手書きのカードを毎日20枚から30枚。できるの」

「たいへんです」

「文面はどうするの」

「はい。考えてみました。これです」


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はじめまして!

遠く離れた街から比野文具を見つけてくださり、本当にありがとうございます!

このノートはとっても書きやすいので、私も愛用しているのですよ!

またいつでも比野文具楽々市場店に遊びにきてくださいね!

店長 流山かおり

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「ビックリマークが多いね。うーん、誰かに手伝ってもらうとか」

「はい。島田さんと真子さんがすこしだけならって」

「わかった。じゃあすこしだけ。ちょっと待ってて」


社長はそう言って PC98-NX LaVie を操作し始めた。やがて EPSON LP-8300 から一枚の紙が出てきた。


「工場にこれ持ってって。メッセージカード200枚を自家消費で伝票を切りました。これだけ書いてみて」

「はい、がんばります」



やっぱりこうなっちゃったか。nekoDAは Neko for Windows のほうを見たが、招き猫さんとお話しているところで気が付かなかったようだ。



夕方前のちょっと手の空いた事務所にて。


「それでね、Gateway 2000 P5-75 は電源が入らなくなったって。今は工場に置いてあるけど廃棄でしょう。モニターは割れなかったけど、振ったらガタガタ音がするの。中で部品が取れちゃってるのね。キーボードとマウスは神田川まで飛んでって水没。モデムは行方不明」

「ひどい彼女。もう別れちゃえばいいのにね」

「もしかして、美智子さんて今川君のこと気になってたの。旦那さんに教えちゃお」

「そんなんじゃないけど。情けないというか頼りないというか」

「それは同感」

「それからアパートを追い出されて会社まで歩いてきて、工場に泊まろうとしたら社長に見つかって」

「社長もびっくりしたよね」

「社長の家の中ってどうなってるんだろう」

「入れてもらったのは今川君が初めてだと思う。聞いてみようか」

「聞いても教えてくれないって修君が言ってたよ」



井戸端会議は猫だけのものかと思っていたら。招き猫さまが横を向いていらっしゃるよ。



就業時間後、竹山工場長はひとり残って生産スケジュールを見直していた。そして変更する必要はないと判断してExcelを閉じた。


ふと横を見るとデスクトップの猫と目があった。マウスに手を伸ばしてカーソルで叩いてみる。あいたっ。何をするんですかと抗議しようとしたらカーソルがふらふら動いている。つい追いかけてしまった。工場長はしばらく遊んだあとパソコンを終了した。



カリカリカリブーンプツン。


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