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流星マスター  作者: TSUJIMO


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スピンオフ・ミケコの肖像 1/5

鈴木君はもともと、パソコンやインターネットにあまり興味のない人だった。趣味もとくにないけど、聞かれたら読書と答える。漱石や芥川などの有名な古典はおもしろかった。村上春樹ははっきりしない物言いが好みでない。書店で壁みたいに積まれてた京極夏彦は読み通せる自信がなかったので素通り。銀河英雄伝説は途中まで読んだ。


工場にもパソコンが導入されて、工場長が椅子に貼りついたように動かなくなった。何をしているのかと思ったら、どうやら表に数字を埋めているようだ。これがExcelってやつだな。すこし好奇心が出てきた。シフト表を見せられながら意見を聞かれたりもするようになった。そのうちに手書きで書いていた日報を Word で書くようになった。高機能なワープロ、ただしその機能のほとんどは自分には関係がない。



ある日曜日。

ぶらぶら散歩をしていたら、ラオックス The COMPUTER館 (コン館) 前で店員が、今日は安いよと言っていた。何が安いんだろう。ほんのすこしの好奇心が日常を変える。この日、パソコンを衝動買いしてしまった。


FMV-DESKPOWER SE 5133DPS モデルSE5 (Wordモデル) 27万円を NICOS の6回払い。周辺をひとまわりしてみたが、他店より数千円だけ安かった。これが今日は安いよの正体。会社のパソコンとは種類が違うけど、中身は同じで Windows 95 プリインストール。他にもいろいろ入ってるんだって。何がしたいのか、何ができるのかを知らないまま買ってしまった。

梶井基次郎のレモンを買う話を思い出した。値段と大きさがぜんぜん違う。


「白ダンボールの小を500枚に白ガムテープ3本。たしかに受領しました」

「はい、どうも」

「鈴木ー、それ倉庫に入れといてくれー」

「はい、わかりましたー」


週末でないと宅配便を受け取れないので、工場の仕事は変わらず続く。パソコンを衝動買いしたことは誰にも話さない。話さないほうが楽しい気がしたから。



土曜にペリカン便が重い箱をふたつ届けてくれた。汗をかいた運転手さんに感謝した。

発泡スチロールの山を作りながら取り出したパソコン本体、15インチモニター、FAXモデム(28.8Kbps)、キーボード、マウス。全部入りセットだ。モニターには耳のようなステレオスピーカーも内蔵されている。保証書や CD-ROM がたくさん。モデムがあるということは、これでインターネットができるんだ。世間で大きな話題になっていることは知っている。会社が横浜のプロバイダーと契約してホームページを作ったのは最近のことだ。

興味はあまりなかったけど、道具があるならやらないのはもったいない。そう思えてきた。世界中の人と話すのか。英語を真面目に勉強しておけばよかった。


机の上にセットして電源を入れるとピッと音がして、HDD がガリガリ音を立てて、Windows 95 がジャーンと起動。買ってすぐ使えるなんてすごいなと思っていたら、FM MENU が勝手に起動した。なんだこれ。工場のPC-9821V10にはこんなのないぞ。初心者向けのガイドか何かだ。初心者だけど初心者扱いはうれしくない。FM MENU を消す方法を探して「マイコンピュータ」の中を探索し始めた。プログラムの追加と削除、スタートメニューの設定。どちらかから消せそうだった。どちらだ。悩んだすえに FM MENU を削除した。マウスの感覚が工場のとすこし違う。でもこの探索のおかげで慣れた。



FMV の中にはいろんなものが入っていた。Microsoft Windows 95 、Microsoft Word for Windows 95 (Ver 7.0)、Microsoft Excel for Windows 95 (Ver 7.0)、Microsoft Exchange、Netscape Navigator 2.01、Microsoft Internet Explorer 2.0、ゼンリン電子地図'96 for Windows。これらには CD-ROM もマニュアルもある。


それから、おまけ CD-ROM みたいなもの。入っていたのは広辞苑、駅すぱあと、筆まめ。本体に入ってない付属ソフトもあったんだ。

別の CD-ROM にはゲームの体験版。三国志、DOOM、SimTown。どれにも興味を覚えない。次のフォルダが通信体験。ニフティサーブと Habitat-II の説明書と、たぶん接続ソフト。さらにその次にあったのがインターネット体験。いろいろなプロバイダーの登録ツールだった。


ここではプロバイダーの違いがよくわからなかった。会社が契約したリムネットは含まれていなかった。並んでいる中に So-net というフォルダが目に付いた。聞いたことのある名前。大きなところに違いない。So-net 入会ソフトを起動するとモデムを接続するように指示された。つないで接続ボタンを押したら、入会専用フリーダイヤルに向けて自動的に発信した。電話代は向こう持ちだ。ツーピポパポパビーガービョンビョンザー。


So-net オンラインサインアップ。シンプルな規約を読まされたあと、画面の指示通りに名前、住所、電話番号、クレジットカード番号を入力。同意してクリック。月々の支払額を計算しそうになった。


「サインアップありがとうございます。設定情報を記載した書面を数日中にお届けします」


切断後に沈黙した新品の FMV はつやつやしていた。その存在感は快いものだった。


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