スピンオフ・山代晃の話
楽々市場店の店長をまかされた流山かおりが、EPSON LP-1500 からプリントアウトされた売上集計を抱きしめて、とんとんと規則正しく階段を降りていった。つまらなそうにそれを見送った山代は、無駄にメモリを積んで支給された IBM ThinkPad 560X に向きなおった。レポートはこれでいいだろう。
流山は自分自身を雑用アルバイトと認識している。だが誰にでもできる雑用とは楽々店長のことではない。あれは適性と合致した替えの効かない仕事だ。雑用とは、自分のような、何も生み出さない仕事のことを言うのだ。入社前に付け焼き刃で読み込んだ「できるExcel97」と流し読みですませて図書館に返却したコトラー。そこに書いてあった以上の仕事は何もしていない。求められてもいない。
卒論テーマは、内燃機関の内圧の変化を観察するというものだった。それを提出して工学部を卒業したら、そのまま院に行くつもりだった。実家の金を当てにしていたので奨学金は取らなかった。しかし突然の不幸というものはあるもので、学費を得ることができなくなってしまった。
世間は就職氷河期の入り口。だったら就職をと動いてはみたものの、簡単に決まるはずもなかった。自動車や航空や機械の企業の担当者は会ってもくれない。彼らは採用どころかリストラを始めていたのだから。
それから畑違いの小さな文房具屋に拾われた。この文房具屋が楽々市場に出店する。そのため売上の分析や営業のサポートをしてもらいたいと言われた。つまりマーケティングだ。内定を受けてから半年ほど勉強してみたが、気乗りはまったくしていなかった。
春に入社して端末を支給され、あとは上司の斉藤主任や営業部の両係長から言われるままに集計したり、コメントを付けて報告書を出したりした。もう年末。こちらから新しい視点や切り口を見せる意欲も能力もない。見ればわかることを文章にしているだけだ。
一度だけ工場から助けを求められたことがあった。異音がする、機械の心得があるならちょっと見て欲しいと。行ってみれば、ただのベアリングの損耗だ。それを伝えたら大げさに感謝された。表計算より機械のほうが実感がある。楽しい時間だった。
メルマガの件が問題になったので、まわりとあまり会話してこなかったことを反省した。流山の状況を察することができていたら、助言くらいは差し出せたはずだ。申しわけがない。ここで働き続けるなら関係を改善するべきなのだろう。お昼から戻って上の事務所に上がる前に、下の人たちとすこしばかりの会話をすることにしたのだった。潤滑油のつもりだ。
「山代さん」
声をかけてきたのは新卒同期入社の野原咲だ。大柄美人。誰が見てもそんな印象を抱いてしまう人。下の事務所では、電話対応のために誰かが残ってここで昼食を取っている。野原がいることが多いのは弁当組だからだ。
「まだ食べてるの。もうすぐお昼が終わるよ」
「うん。すぐ食べちゃう。山代さん、裕太さんが山代さんのこと褒めてたよ。うちのセッターだって。それで、それを聞いた社長がセンサーのことかって。おかしいよね」
「セッターって何。よくわからないな」
「トスを上げる人。バレーボールの」
「バレーで点を取るのはアタッカーだろ。トスなんて誰でも同じだ」
「何を言ってるの。チームの重心だよ。状況をよく判断してトス上げないと、ただスパイク打っても通らないでしょ。山代さんのレポートで、入学シーズン向けの営業部の方針が決まったの。販促計画をすこし早めるんだって。ネットのチームも卸売も動き始めたよ。スパイクを通すの」
「そう。でも俺は見てるだけだよ。内燃機関の観察だ」
「えっ」
ただの雑用だよ。いつでも電話受注の仕事と代わってあげる。
学校向け文房具商品の季節変動分析報告
1998年12月12日 経営管理部 山代晃
1. 目的
営業部依頼に基づき、学校向け文房具商品の売上データから季節変動および需要構造の特徴を把握することを目的とする。
2. 使用データ・分析方法
対象期間 : 過去3年間の月次売上データ / 使用ツール :Excel97 / 手法 : 欠損値の目視確認、月別売上のピボット集計、年度別データの重ね合わせによるパターン抽出、学校行事スケジュールとの対照。
3. 分析結果
3.1 季節パターン : 複数年に共通する明確な周期性が確認された。3〜4月 : 最大ピーク、7月 : 中程度の上昇、8月 : 明確な谷、12月 : 小ピーク、3月 : 再度上昇。売上水準はピーク時で年間平均の約130%、ボトム時で約80%。極端な変動(倍増や半減)には至らず、比較的安定した変動幅に収まっている。
3.2 年間パターンの再現性 : 3年間を通して形状はほぼ一致し、「毎年同じ山と谷」が繰り返される。変動の時期は安定しており、強さも大きくは変わらない。
4. 学校行事との対応関係
売上変動は季節要因というより学校イベントと強く連動している。3〜4月は入学・進級準備需要(最大ピーク)、7月は夏休み前のまとめ買い需要、8月は夏休みにより需要減少、12月・3月は学期末補充需要。このことから需要構造は気温や季節ではなく学校カレンダー依存のイベントドリブン型と判断される。
5. 考察(重要ポイント)
5.1 需要の性質 : ベース需要は安定しており、変動は発生時期が固定されたイベントによるもの。需要の総量変動ではなく発生タイミングの偏りが本質である。
5.2 変動幅の意味(130% / 80%) : ピークでも平均の130%、谷でも80%に留まる点は重要で、市場規模の振れ幅は限定的。一方でタイミングミスの影響は大きく、量のリスクより時期のリスクが支配的。
6. 業務上の示唆
6.1 在庫戦略 : 3〜4月・12月前に重点的な在庫積み増しが必要。8月は在庫圧縮または生産調整対象。年間平均ベースの平準化生産は非効率。
6.2 予測精度 : 月次トレンドより学校イベントカレンダー基準の予測が有効。前年同月比の精度は高い。
6.3 営業戦略 : 需要創出余地は小さく、取り逃し防止型営業が中心。重点は新規拡大よりピーク供給能力確保。
7. 結論
学校向け文房具の売上は季節変動というより学校行事に同期した周期的需要であり、総量は安定する一方で発生時期が集中する構造である。実務上の課題は需給の時間的偏りにあり、今後は売上総量よりも月別供給能力、ピーク対応在庫、学期単位の需給バランスを重視すべきである。




