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プリンキピア 1/2

朝礼で ISO 9001 認証取得を目標とすることが宣言され、その担当者のチームが作られた。発表された中に自分の名前があったことに斉藤さんも身構えたが、理由を知っていたので得心した。なにしろ新入社員に業務を説明するという小さな目的が発端であったし、経理にも新人がひとり来ることになっていたので。


まずは自分自身の業務手順書を作ってください。それが最初の作業です。そんな指示で作り始めたのは受注管理システム操作手順書の経理パートだ。島田君と美香さんとでFileMakerの入力画面や一覧画面のスクリーンショットを撮り、番号や注釈を付けていった。それを引き継いで、納品や入金など経理で必要なデータの見方、抽出方法、取り出し方を見やすい文書に仕立てた。


山代君と野原さんが入社して操作手順書は実際に役立った。次はその周辺の仕事についてもまとめなければならない。経理を自分、受注を美香さんと美智子、工場側のシステム関係を鈴木君。そのあいだで走り回るのが島田君。それぞれの業務手順書がやがてはつながって会社全体のものになる。


やっかいなのが、こうして業務の棚卸をすこしずつ進めてるあいだにも業務そのものが変化することだ。段階的にシステムを改修したり設備を入れ替えたりすることになっているので、それなら改善後のきれいな手順を文書化したらいいという発想が出てくるのは自然だ。社長の答えは改善に区切りはあっても終わりはない、だから現状の仕事を記述するというものだった。



ある日のこと、アイデアマンの井出社長がふらりと現れた。


「あれ、坂上さんも比野もいないの。カタログの打ち合わせに来たんだけど」

「しばらく席を外しておりまして。お約束があったのに申しわけありません」


美智子が真面目に応対すると、井出さんは苦笑しながら手を振った。


「いえいえ、約束の1時間も前に来たこっちが悪いんです。これお土産です。みんなで食べてください」


そう言いながらたい焼きの袋を差し出した。



熱いお茶をすする井出さんは暇そうだった。ネイビーの薄手のジャケットに襟の大きなシャツと太い眼鏡。あいかわらずデザイナーっぽい印象。デザインや編集も自分で作業をするのかな。社長なのに。


「カタログは夏に作るものではなかったんですか」

「作るのは夏だけど、事前に話はしておかないとね。来月以降はお互いに忙しいみたいだから」


自分でもたい焼きを手に取って割ったら、うぐいす餡だったので残念そうな表情をした。


「まあ、正式に決まったらいつものようによろしくお願いします」


仕入れや発注の管理はずっとExcelで行われている。工場と足並みを揃えないといけないので、経理だけがFileMakerに移行して受注管理部と統合というわけにはいかないのだ。 MS-DOS時代から継続してBUY98SPR.XLSのようなファイル名を使用しているが内容はいくらか洗練されている。


「ところで斉藤さん、発注書ってメールですませるわけにはいかないんですか」

「あれは法律で決まっているんです。条文に書面で交付って書かれているので、いろいろ調べたんですがメールは難しそうです。FAXなら大丈夫なので郵送よりよろしければ次からはそうします」

「そこが疑問なんだよね。編集やデザインは下請法の対象にならないはずなんだけど、御社だけでなく他からも送ってくるんです。なんでかなあ」


アイデアマンは井出印刷のデジタル編集部門が独立して生まれた会社で、社長同士が親子だ。業務上も切っても切れない関係だ。


「井出印刷さんに印刷を頼むと製造委託になるでしょう。編集が完全に独立した仕事であれば、御社には3条書面を交付しなくてもいいんです。印刷と編集が切り離せない場合は編集も対象になります」

「やっぱりそう見られちゃうか。実態はケースバイケースなんだけど。それなら念のため送っておこうとなるわけだね」


井出さんのほうも念のため聞いてみたという感じ。わかっていたんでしょうね。



「弊社からお送りする請求書はメールでもいいんですよね」

「そうですね。口頭だと業務上の不都合がありますが記録が残るならなんでも結構です。書類にする法的義務はありませんので」

「御社からの振込通知書は紙です。あれこそ義務のない書類なのでメールにしませんか」


振込通知書も仕入管理のExcelファイルから自動印刷されている。月末にまとめて処理するので疑うことなくそうしてきた。


「できないことはありません。帳票のテンプレートに流し込んだのをそのままExcelファイルに書き出す仕組みはあります」

「そうなんだ。今月は新人さん用の名刺デザインがあったでしょう。その分からメールにしませんか」

「ではそのように社長に確認してみます」


井出さんがお茶を飲み干すと若葉マークみたいな表情の野原さんがお代わりを持ってきた。


「ありがとう。若い人がふたりも入るなんて活気があってうらやましい。もうひとりはどうしたの」

「山代君は営業の新人研修です。今年はいろんな仕事を交代で経験させてるんです。でも井出さんだってまだ若いじゃないですか」

「比野よりは若いね」


そうだったの。失礼ながら当社の社長のほうが若いと思っていました。


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