瓦礫と星座
美香さんに新規ノートの正体を確かめたところ、営業から来た顧客情報をたんに書き留めただけのものだった。手書きだけでなく名刺を貼り付けたりもしていた。これ以外にも同業者や運送屋を集めた住所録というノートもある。それはまあいい。
顧客マスターの材料は事務所の棚のフロッピーと美香さんの新規ノートだけではなかった。筆まめに登録する前の古い手書き名簿があったのだ。名簿の名前の頭にレ点を印したものだけが住所録に登録された。その時点でもう動いていないとみなされた名前は排除された。だがおかしなことに登録されなかったはずの名前がいくつも住所録にある。動いたから追加で登録した、そういうことだろう。
それなら全件を登録して調べなければならない。
寄せ集めのカンマ区切りのテキストファイル KOKYAKU.TXT の拡張子をCSVに変更。筆まめのデータは電話番号がハイフンありだった。これは問題ない。郵便番号のほうはハイフンなしだから北海道でゼロ落ちが発生している。まず5桁に整形して作業用に暫定プレフィクスを付けておく。3桁地域の末尾が00になるのはかまわない。これで準備完了だ。
表記揺れのパターンは商品名のように多くない。目立つのは「株式会社」と「(株)」と「(株)」と「㈱」だ。これはすぐ終わる。半角カナ、全角英数字、空白、機種依存文字、カンマ。
そして住所。書き出したデータは都道府県、市区町村、地名番地に分割されている。しかし分割がおかしいものがいくつもあるようだ。入力時のミスがそのままになっている。それともバグだろうか。これは手作業で直すのが手っ取り早いので秀丸エディタを使う。
ここでふと、商品の属性と同じようにひとつの項目に収まらないだろうかと思いついた。デリミタを入れたらいいんだ。だが半時間だけ検討してこの案を却下した。それは間違いが起こりやすい。分割数が固定なのでメリットも少ない。住所1、住所2、住所3にして保守性を確保するのがいい。
新規ノートも筆まめの住所録も情報が欠落している。どこから来たか、誰が担当なのか、どんな店なのかは書いてない。元の名簿にはあるがきわめて不完全だった。これは確認して補うしかない。裕太、美香さん、斉藤さん、自分。誰も知らなかったら空欄のままになる。
そうだ。締め日や支払条件も聞かないとわからない。やはり契約書マスターが必要なのか。そこまでは今は無理だから斉藤さんにわかる範囲で埋めてもらおう。現金払いの個人客もいるにはいるがすべて卸売扱いだ。ここでまたすこし考えて右端に項目を追加する。項目名は販路としておく。直売のルートができたらここに書くのだ。
最後に顧客番号は0で始まる番号とする。明日以降の新規は1で始める。念のため由来の痕跡を残しておく。
「レーザープリンターを買ってきました。EPSON LP-1500 です。後継機種の EPSON LP-1500S が出たばかりなので、なんと3割引きで買えました」
「安かったんですね。いくらくらいですか」
「ええと、残念ながら安くはないんです。旧型でもレーザーなので」
朝礼中なので皆が微妙な顔をしていた。決めるまでが長くて、決まったら迅速。そういう人だと思っていたので衝動買いは意外だ。経理の斉藤さんはいつもと変わらないスマイル。それならきっと大丈夫なのだろう。
「昨年までは、住所録から年賀状の送り先を選んで送っていました。今年は名簿の全員に送ることにします。届かない相手はその住所にいないかもしれないということです。郵便局をデータチェックに利用するという作戦です。宛先不明で戻ってきた年賀状は、年始のご挨拶の電話をかけて所在の確認をするつもりです」
商店街の印刷屋さんが印刷済みの年賀状を届けてくれた。美香さんが選んだテンプレートは白い犬がお腹を見せているイラストに新年の挨拶と社名の入ったものだ。社長が白犬だから尾も白いってやつだなと言うので、それは親父ギャグだとみんなに笑われた。江戸時代からある洒落だぞと反論をしていた。
名前と住所だけのCSVを作って筆まめの住所録に戻してある。はがきをセットして印刷を開始すると、やがて年賀状の高速印刷がうなりとともに開始された。これで年明けに剣と鎧が完成するだろう。
古い熱転写のプリンターPC-PR101TLは工場長がどこかへ片付けた。




