軌道投入
ハローワークの紹介状を携えてやってきた、その男は履歴書に記載された年齢よりすこしだけ若く見えた。そして志望理由を棒読みで言ってのけた。
「これまでの経験を活かしながら、長く腰を据えて働ける環境を求めております。御社の製品や業務内容を拝見し、これまで培ってきた商品を見る目や取引先との調整力を活かせるのではないかと考え、志望いたしました」
本当の理由は家から近いからだろうなあと感じられた。何しろすぐそこのアパートだ。履歴書に書いてあることをあえて聞いてみる。
「山下さん。前職は百貨店のバイヤーということですが、どんな売り場を担当されていましたか」
「文房具です。日用品に近いので、客の顔を覚えるのが仕事でした」
「百貨店からメーカーへ、というのは珍しい転職ですね。何かきっかけがあったんですか」
「売り場で完結する仕事から、ものづくりの側に関わってみたいと考えるようになりまして」
いいレスポンスだ。このまま採用と告げるのが正解。どうするか。心の中の半分が、じっくり考えて決めようと言っている。時間をかけても山下の属性に変化はあるまい。ならば、かける意味はない。
「採用です。いつから出社できますか」
彼は営業部に配属される。営業部がふたりになったことで、営業日報の書式を定めて交代で書いてもらう。工場とおんなじだ。人に依存している部分を、形式に落とす。形式でなければ正規化できない。
そして裕太は主任にあげる頃合いだ。
来年、新卒はふたり採りたい。ひとりは工場の補充。ひとりは営業部。営業部は 3人になる。
だが山下さんは様子を見て異動させる。異動先は新設の商品企画部。新商品開発の担当になってもらい、いずれは商品マスターの管理担当者としたい。
もともとは社長、工場、営業の合議で新商品開発をしていた。一昨年に当時の営業部係長が退職してひとり営業になってしまってから、新規顧客の開拓は遅れがちで、ほとんど既存客の御用聞きしかできていない。
新商品も出せていない。本来の体制に戻すのではなく、商品を担当する専任者を作るのがいい。ちょうどいい人材が手に入ったのだから。
比野文具株式会社の登場人物
比野真二 社長
裕太 営業
美香 事務
斉藤さん 経理(週4)
山下 営業(予定)
竹山 工場長 Filofax Winchester
共用 PC-9821Ae PC-PR101/T101




