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星界の報告

ダイニングキッチンの窓から満月が見えていた。他の社員はすでに退社した時間。いつものネスカフェでもリプトンでもなく、ほうじ茶とお団子でテーブルを囲むのは社長と斉藤姉妹。小さな花瓶のミニバラとかすみ草は斉藤さんが活けたものだ。


「じゃあ誰も困らないように話し合いましょう。個人的には、おめでとうと言わせてください」

「ありがとうございます」

「申し訳ありません」

「結論としては、組合を作るのが最善と思います」

「労働組合ですか」

「うん。説明しますね」



体調や食欲の変化に心当たりのあった美智子さんが病院を受診したのが一週間前。会社には姉を通じて、休みの連絡をしてもらった。結果は妊娠2ヶ月。中絶を選ぶなら年内いっぱいまで処置可能です、と説明した医師に、産みたいとはっきり伝えた。

仕事については医師でなく会社に言わねばならない。それが今日の面談だ。


「5月末出産として、産休は予定日の6週間前から。でもその前に体調が悪くなることもあるでしょう」

「美智子が休んだら他の人が困らないでしょうか」

「どうしてですか」

「来年は男女雇用機会均等法や労働基準法の改正が施行されます。誰かが休んだら他の人が残業になるかもしれません」

「女子保護規定がなくなって残業が倍になるかもって話ですね。そんな極端なことは想定していません。本人の意に反することはしたくありません」


社長は心外だという表情をした。しかし約束はしなかった。



「最初に考えたのが裁量労働制。いつ仕事をするかは自分で選ぶことができる。だけど入力やメールの仕事に適用するのは無理だとわかりました。特定の専門職には当てはまりませんでした」

「それは研究職、デザイナー、システムエンジニア向けの制度です」

「そうなんです。だから次に業務委託にしたらと考えた」

「それも簡単ではないです」


美智子さんは何も悪いことはしていないけれど、神妙にお団子を食べている。お茶もお代わりしている。姉と社長が話して決めることに従うつもりだ。


「業務委託にしたら健康保険や雇用保険の出産給付金がなくなってしまう。じゃあその分を報酬に上乗せしたらと考えたが、これもダメそうだ」

「偽装請負で摘発されたら大変です。報酬に上乗せとか関係なく、ペナルティを課されますよ」

「刑事罰もあります」


「在宅勤務はどうでしょうか。山下さんがホテルからFileMakerにログインしたんでしょう」

「商品マスターを取得するのに30分かかりました。モデムでは仕事になりません」

「OCNエコノミーではどうですか」

「それでも数分かかります。ネットワーク接続ではなくリモートデスクトップならやれるかもしれません。それも問題がありますが」

「どんな問題ですか」

「税制がテレワークを想定していません。OCNとパソコンを渡したら現物給与とみなされて課税される可能性があります」

「それなら会社の備品にすればよろしいのでは」

「備品貸与協定にするのはありです。それでもできません。セキュリティに穴があります」


斉藤さんは深い息を吐いてお茶を飲み始めた。


「そろそろ正解を教えていただけませんか」



ひとつ目の案はフレックスタイム制。導入するには就業規則に定めて、労使協定も結ばなければならない。ネットの受注締切である午後2時から2時間をコアタイムとする。受注管理部だけの話ではすまないので、他の部署でどのように運用するかも決めて文書化しなければならない。


ふたつ目の案は労働協約を結ぶ。妊娠に伴う体調変化や病気による急な欠勤、フレックスの未達について、基本給や賞与でペナルティを与えないこと。休業中も有給休暇の出勤率計算において、出勤したものとみなす。医師の診断書を証憑とする。


「そのために労働組合を作ってもらいたいんです。姉妹で作って他の人を加入させるのでもいいですし、みんなで話し合って決めてもいいですよ」


98NOTE LaVie の画面には労働協約の文案が表示されていた。



「ところで、ご結婚されたら、なんとお呼びすればいいのでしょう。さすがに名前で呼び続けるのはどうかと思うのですが」

「私は今のままで慣れてるからかまいませんよー」

「そうは言いましても」

「今まで通りの名前呼びでよろしいんじゃないですか。本人の同意があれば4月以降もセクハラにはならないですよ」


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