フライング・ソーサー
出社して一服しようとしたらアルミ灰皿が消えていた。書類をどかして探すが、見つからない。窓を開いて空を見上げても、そんなところにあるわけない。灰皿が飛ぶわけでもあるまいし。
「なあ、灰皿知らないか」
お茶を飲んでいた美香に話しかけると、黙ってホワイトボードを指差した。赤のマーカーでこう書いてあった。
室内禁煙。裏口の内側に灰皿を設置する。使用者が掃除すること。
「なんだこれ」
「パソコンに悪いんだって」
「今までそんなこと言わなかったじゃん」
「でもそう決まったの」
「社長はどこ行ったの」
「たぶん工場」
工場では竹山工場長が困った顔をしていた。この人は正しいことが大好きで、だから正論に弱い。でも彼にとって正しいこととは、その手帳に書いてあることだ。今は書いてないことを言われて判断を保留している。本当に困ったことだ。
「作業日報は工場長だけが書いていました」
比野が日報の束をばさばさと振りながら言った。
「これからはそれを他の社員にも書かせるようにしてもらいたいのです。工場には今3人います。新卒も入れるつもりです。4人いたら目がいくつありますか」
答えない。
「竹山さんひとりの分の数より多いと思いますね」
それはそうだ。
「ですが、他の社員が書くとしても何を書きますか。自分の作業分なら書けるでしょうけど、工場全体を見ているのは私だけです。私が全部記録してるんです」
「だからそれを改めようって話なんです。全員で工場全体を見たら、もっといろいろ気付くんじゃないですか。たとえば」
と床を指差して言う。
「動線のガイドラインのテープが剥がれて、意味をなくしてますね」
「それはもちろんわかっています。貼り直すつもりです」
「でも報告していない。3人で見て書いてたら、誰かが報告してたと思いますね。それで貼り直す予定も工場長が書くことになってたでしょうね」
正論だと思う。手帳をきつく握った。
「順番に日報の担当を回してください。そのための書式を作ります。それから日報は今までは事務所でファイルしてましたけど、今後は確認後に現場に戻します。ファイルして保管してください。こちらに置いたほうが改善に役立つでしょう」
「はい。わかりました」
比野文具株式会社の登場人物
比野真二 社長
裕太 営業
美香 事務
斉藤さん 経理(週4)
竹山 工場長 Filofax Winchester
共用 PC-9821Ae PC-PR101/T101




