アイコンパレード
株式会社アイデアマン。親会社の井出印刷の編集部門を独立採算化するという話が、どこでどう間違えたのか別会社になってしまった。社長の井出さんは当社の比野社長と同年代。なで肩の茶色のジャケットと太い眼鏡がデザイナーっぽいと思った。
「お世話になります。井出と申します」
「はじめまして。坂上です。アルバイトですがカタログ作業を仰せつかりました」
「聞いてます。Performa 588 の人ですね。よろしくお願いします」
フレンドリーな笑顔で躊躇なく握手を求めてきた井出さんに、嫌というより戸惑いを感じた。それよりも妙な呼ばれ方をされたのだけど。
「それまだ本人には秘密だったんだけど」
「なんのことでしょう」
「真子ちゃん専用のパソコンを注文しました。やっぱり自分のがないとやりにくいでしょう。井出には機種の相談をしてました」
ふたりは笑いながら秘密を暴露した。
「Excelのカタログ原稿は良い出来でした。あとの作業はこちらで引き取ります」
「井出のところはMacで全部やってるんだって。昔みたいなボール紙の版下は作ってない」
「作業はすべて Macintosh Quadra 840AV と QuarkXPress 3.3J です。Macintosh Performa 588 も良い機械だと思いますよ」
「カタログが一段落したから、次の仕事に必要な道具を手配したんです」
驚きで声が出ない。次の仕事って何なんですか。
「井出印刷さんにカタログ用の写真撮影をお願いしました。それからアイデアマンでスキャンしてもらいました。データはうちで販促に使える契約だから、それを真子ちゃんに加工してもらいます。用途はホームページです」
「MOで持ってきました。商品番号がファイル名になってます。それから Performa 588 で使える 16MB SIMM が余っていたのでお土産に持ってきました。これくらいないとPhotoshopは重いからね」
「他の写真はどうしようか」
「ホームページ用はこれで間に合うんでしょう」
「そうだけどね。デジカメの性能が上がってるみたいだから社内で撮れないかと思って」
「35万画素のが出るってね。カタログには使えないけどホームページなら工夫次第で使えるでしょう。うちは写真ではあまり儲けが出ないから、御社でやるのは賛成ですよ」
「100万画素くらいのが出たらやってみようか」
「印刷品質には遠いです。普通のカメラで撮影してフィルムスキャナーを使うほうがいい。坂上さんもそう思うでしょう」
呼吸が止まっていたので返事をすることができなかった。その後も写真の話が続いて、ときどき話を振られてもうなずくことしかできなかった。
Macintosh Performa 588 が届いた日、真子ちゃんは正式に社員になった。役職名はクリエイティブ担当。
「専門学校を卒業してからでも良かったんだよ。あとすこしじゃない」
「大丈夫です。卒業しても学位や資格がもらえるわけではありませんし、学費も前払いなので誰にも迷惑はかからないですよ」
退学の手続きもしない自然退学。社長は負い目を感じたようだった。そんなに気にすることかな。
キーボード上の起動ボタンを押すとジャーンと和音が鳴り響き、Performa 588 の画面に四角い笑顔が現れる。笑顔の下のプログレスバーが進行するのにあわせて、画面の下にイラスト付きのパズルピースのアイコンが並ぶ。毎朝これを見ると楽しい一日の始まりという感じがした。事務主任の美香さんが私にも起動ボタンを押させてと近寄ってくることもあった。親しみを覚えた。
Performa 588 はAppleTalkとMacTCPでLANに参加した。社長が面白がって設定を調べていた。社長のPC-9821Xa12に PC MacLAN がインストールされ、ここを中継してファイルのやり取りができた。だけどMOの中の画像はTIFFで24MBくらいあった。それをまずはGraphicConverterで800*600pxに縮小。さらに Photoshop 3.0J で彩度やトーンをちょっといじったり、向きを調整したりする。せっかくのネットワークだが写真を何枚も送るのは時間がかかる。なので社長のPC-9821Xa12と山下さんの IBM ThinkPad 345C と Performa 588 の間をMOが行ったり来たりした。
写真以外のテキストデータやExcelのファイルは共有が便利だった。Xa12のファイルを複製して編集して名前を変えて戻す。このときに Microsoft Excel 5.0 for Macintosh を買うべきかと議論になったが、価格がずいぶん高いので躊躇していた。
井出社長に電話で意見を求めたら本人がやってきて教えてくれた。高度な数式を使うのでなければClarisWorksの表計算が読み書き編集に十分使える。文字化けも起こらない。どうしても心配ならSYLKかCSVにしたらいい。MacとWindowsでのデータのやり取りの基本がCSVになったのはこれがきっかけだったと思う。
社員になったけれど、新入りなので清掃や電話番は率先してやる。雑用の合間にホームページの準備をする。HTMLの本を読み、ClarisWorksのドローでホームページのレイアウトを考えた。このClarisWorksはホームページのボタンを作るにも良さそうだと思った。
井出社長はたまに顔を出して読み終えた専門雑誌などをくれた。Mac仲間と認識されているみたい。
「FPUがないからPhotoshopの一部のフィルターが使えないんだよね。雑誌の付録CD-ROMに入ってる Software FPU で動くようになるけど遅いです。でも専門店に持ち込んでCPUを換装するのはおすすめしません。そこまでするなら中古の Quadra 650 でも探したほうがいいですよ」
「そんなこと考えてません」
インターネットの工事の日がなかなか決まらない。もうちょっと待っててと社長が毎日言いに来た。




