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流星マスター  作者: つむ
26/28

ネットサーフィン

「DOSのドライバーしかない」


宅配便業者と契約をして、やってきたのは大きなドットインパクト・プリンターだった。何枚もの複写紙を重ねた専用の送り状を印刷するにはこれを使え。それが契約の条件ならそうするしかない。だが説明書を見て社長が嘆いた。


「専用印刷アプリケーションが Windows 非互換」


まずは倉庫に眠っている PC-9821Ae を工場裏口まで連れてきて、MS-DOS 5.0-H を覚えさせる。テストをしなければ始まらない。そこから先はどうすればいいのか。


印刷ソフト「おくりくん」のマニュアルにテストの項目があったのでそれに従った。テキストファイルに会社名を書き込んで保存。それを指定場所に置いてから、矢印カーソルで読み込み印刷を選択、そして enter を押下。


ジジジーッジッジジジッジイー


「動くことはわかった。文字コードと改行コードは Windows 95 と同じ。それとたぶん機種依存文字は入ってない。フォントはわからない。変更不能と思ったほうがいい。これをLANに入れるのか。そんなことできるのか。島田君わかりますか」

「いやあ、これは経験ないです。LANカードが刺さってるのはなんででしょう。どこから持っていたんですか」

「こいつはうちの初代だ。これしかないからキューハチと呼んでた」


二時間後、ネットワーク接続はあきらめた。


「読み込めるのはテキストファイルだけですか」

「ファイル名は指定で、OKURDATA.TXT だけ。拡張子は TXT だけど、項目をカンマで区切って一件一行。内容はCSVだ。置き場所も決まってる」

「パスはごまかせると思いますが。CSVは FileMaker から出したのをフロッピーで物理的に持ってくるか、工場パソコンまでLANで持ってきて、そこからフロッピーですね」

「経路はどちらでもいいけど、納品書用のCSVを使えないかな。発送分だけのやつを出して使えれば、FileMaker には手を付けなくてすむ」

「発送用のCSVを最初から出させるほうが楽じゃないですか。納品書用をそのままでは使えないから、どこかで整形が必要でしょう」

「AWKでできないか。使ったことないけど。DOS版がどこかのFTPサイトに転がってる気がするから、AltaVistaで探してみよう」

「調べればできると思います。じゃあバッチファイルで変換と印刷を連携させる感じでしょうか」

「ファイル名の変更もあるぞ。それにだな、運送業者がひとつとは限らない。キャリアが増えるたびに FileMaker をいじるのは不合理だ。印刷システム内で完結させるほうがきれいだろう」


島田が夜遅くまでがんばって印刷テストに成功したので、特別ボーナスとしてケンタッキー・フライドチキン食べ放題を与えた。


----------------------------------------

TOYAMA.BAT

@echo off

copy /y A:\label.csv C:\TOYAMA\label.csv

cd C:\TOYAMA

if exist OKURDATA.TXT del OKURDATA.TXT

awk -F, "{print $2 \",\" $3 \",\" $4 $5 $6 \",\" \"文房具\"}" label.csv > OKURDATA.TXT

okurikun.exe OKURDATA.TXT

----------------------------------------


文房具の需要はあまり季節には関係がない。売り上げの多くはいわゆる定番で作られている。

入学や新学期にたくさん売れそうに思えるが、だいたいが流通在庫で消化されてしまう。メーカー側で感じ取れるほどには大きくない小波である。

動きがあるとすれば、流行や話題で短期的に売れることがある。これは読めない。突然の大波になることもありえる。


比野文具株式会社公式ホームページに掲載された「ちいさなスケッチブックと色鉛筆のセット」は、不動在庫を組み合わせただけのぱっとしない商品である。ちょっとでも減らせたらいいなと思っていたら、なぜか全部売れてしまった。なぜ売れたのか、どこで知ったのか。その情報は得られなかった。とにかく注文がいっぺんに来た。小口発送担当者の林の目が覚める程度の中波であった。


売れた理由の追及や二匹目のドジョウ狙いは上が勝手にやるだろう。ご注文いただいた商品は迅速にお届けしなければならない。これが最優先事項である。


これまでネット通販の荷物は多くなかった。多い日で3件。まったくない日もある。だから事務所で美智子さん、真子ちゃん、島田、社長などが手書きですませていた。

5件以上受注した日があったので、配送業者のトヤマさんと契約した。

先方の指定伝票を使い、決まった時間に集荷に来てもらう。言うとおりの手順で発送するとちょっと割安になる。それからしばらくして、トヤマさんの送り状は工場に特別なプリンターを設置して、俺が印刷することになった。


「今日はなんだか多いみたいですね」


壁の穴越しに「工場行き」の箱を受け取りながら美香さんに聞いた。箱の中には数枚の手書き送り状とフロッピーがある。手書きが残っているのは、優先的に発送する理由があったり、品名に「ギフト」と書いて欲しいと要望されたりした場合の対応だ。


PC-9821Ae を起動して、ドットインパクト・プリンターの電源を入れる。入れてすぐよりも、少し置いたほうが安定すると経験的にわかった。


まずは数珠つなぎの送り状をプリンターの上から差し込んで位置を合わせる。納得するまで何度も調整。


次にフロッピーを挿入。TOYAMA.BAT を実行すると、フロッピーのドライブがガタガタ動き出した。事務所からもらった送り状データをコピーしたり、加工したりしているのだ。やがてプリンターが一瞬うなった後、ジジジジジと印刷を始めた。


連続印刷の場合、途中で止まるとやり直しになってしまう。なので工場の Windows パソコンに OKURDATA.TXT を持っていって、印刷できた分のデータを削除するという技を覚えた。島田がやるなと言ったのでやってみただけだ。やれと言われたのと同じだから俺は悪くない。


寒い日はローラーが滑りやすい。なので動き始めてすぐは見ていて、必要なら手でちょっと調整してやる。


「ちいさなスケッチブックと色鉛筆のセット」が無事に届きますように。


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