行政通達
経理の斉藤さんが余裕を持って出社すると、すでに社長がいてネスカフェを飲んでいた。昨日と同じ大きめの紺ブレでノーネクタイ。黙って日経新聞を読んでいた。
「おはようございます」
「おはよう」
それから皆が出社しても簡単な挨拶を返すのみ。朝礼の司会は美智子だった。
「工場長、ちょっと」
「はい」
EPSON PC-486SE の14インチモニターに手を乗せながら、工場に戻ろうとする竹山工場長を呼び止めた。
「今これくらいだよね」
「ええ、これくらいです。合ってます」
「わかった。ありがとう」
それから、感情を隠した顔でこちらを向いた。
「斉藤さん、ちょっとこっちで話しましょう」
事務机の大きな島から離れたところの窓際で孤立した事務机。ここで面接や面談をすることも普通に仕事をすることもある。
「昨日ね、ルノアールで社長会があったんだけど」
社長会というのは地元の若手経営者の情報交換会のことだ。
「阪神・淡路大震災の支援をしようと誘われた。だがこちらも余裕があるわけではない」
「寄付ですか」
「うん。だから保留させてもらった」
たしかに即答はむずかしい。
「でも、できることに気が付いてしまった。旧商品がある」
半年前にバーコードを印刷した新SKUを問屋経由で売り始めた。それ以来、バーコードのないものを旧商品と呼んでいる。小売店への卸売には旧商品を出しているので止まった商品ではない。ただし事前の想定より切り替えに時間を要している。リニューアルが完了するのに秋までかかる見込みだ。
「商品を出すんですか」
「経費になる」
## 法人税個別通達 8-20
### 阪神・淡路大震災に関する諸費用の法人税の取扱いについて
* **発遣日:** 平成7年2月27日
* **通達番号:** 平7課法2-1・課審4-11・査調4-1
### 第18項
*法人が自社の製品等を多数の被災者に提供するために要する費用は、交際費等又は寄附金以外の費用として取り扱う。*
交際費でも寄附金でもない費用とは、限度額の縛りのない一般の事業経費になるという意味。結果として支出した金額のすべてをその期の利益から差し引くことができる。つまり全額が損金として算入される。
「それは可能でしょうね」
「別に旧商品は不動在庫なわけじゃない。普通に売り切れる。制度を使えば人助けができるって話だ」
とはいえ、まとめて消化できたら助かるのも事実だ。
「制度を使うなら条件を満たす書類が必要です」
「役所はそういうものだな」
学校に直接、文房具を送り届ける案はダメだ。不特定多数への緊急の支援物資という通達の趣旨から外れて寄付や贈与になってしまう。では神戸市の災害対策本部に物資として寄託して、そこから必要としている各学校へ分配してもらう案はどうだろうか。
「現地はまだまだ混乱してますよ」
そう教えてくれたのは運送会社の営業だ。
「届けることはできます。物資の支援なら優先的に通行できます。でもボランティアが受け取ってお礼を言われるだけのことがあります。受領印がもらえないんですよ」
書類がない善意は成立しない。ボランティアでなく役人に受け取らせる必要がある。できればサインでなく公印が欲しい。
そして使える制度があると社長会で話し、衣料品店や食品会社を巻き込むことに成功した。彼らも過剰在庫を抱えているのかもしれない。まとめた話を商工会議所に持ち込んだ。
「比野さんが物資をまとめてくれましたので、あとはこちらから神戸市につなげますよ。あと何社か集まったらチャーターで送ります」
一週間後に4トン車が工場まで物資を取りに来た。4P/L=96C/Sの旧商品と励ましの手紙。それらをトラックの空いているところに積載して、運転手に支援物資一覧を手渡した。持ち帰ってくれた公印入りの物資受領証明書と原価表をセットにして斉藤さんにまわす。在庫は無事に経費化されるだろう。
- NT01001 | ノート B5 細罫 白 | 原価@195 × 840冊
- NT01002 | ノート B5 細罫 赤 | 原価@195 × 360冊
- NT01006 | ノート B5 細罫 紺 | 原価@195 × 720冊
合計原価 374,400円
桜がすっかり緑になった頃、学校の先生から簡単なお礼の葉書を受け取った。葉書はホワイトボードにマグネットで掲示された。社長は何も言わなかった。




