銀河鉄道 2/3
神田明神の石段を上がると空調が効いたような涼しさを感じる。蝉の声がやんだ気がした。手を清めて進むと、拝殿の前にはスーツ姿で神頼みする人たちが何人もいる。長引いた風邪のような景気に耐えかねて、つい拝んでみようと思うのだ。他人から見れば自分もそのひとりなのかもしれない。
ある日、このままではいけないということに気が付いた。商品マスターは剣。顧客マスターは鎧。これらは生き抜くために必要な武装だ。今日ここには戦勝祈願のつもりで来た。人事を尽くしたなら、そうするのが自然だと思えたのだ。
賽銭箱に500円玉を投じて、二礼二拍手一礼のプロトコル。ふり返る前に鈍く光る鈴を見上げた。
「あんこもください」
「はい、みたらし10本とあんこ1本ですね」
「10本ずつで」
明神詣での帰り道に団子を買った。
JANコードを導入すればオオミヤさんが取り扱ってくれる、そうすれば一息つけると算段していた。すぐに印刷に対応できたのはメモ帳と便箋の台紙と日記帳の紙箱。ところが先方は定番のA4とB5のノートがないのは困ると言い出したのだ。もっともだと思った。
ノート類の裏表紙に仮のバーコードを印刷して読み取るテストを行った。するとたまに読み取りエラーが出ることがわかった。インクと紙質の相性だから改善は可能だ。そのままでもクレームにはならないと思うが、やはり看板商品はきれいにして送り出してやりたいではないか。それが人事を尽くすということだろう。あれから3ヶ月。自信満々でリニューアル品のサンプルを渡してきたばかりだ。返事はまだない。
「ただいま。これはおみやげだ。お茶にしよう」
事務所に戻ると社員が勢ぞろいしている。美香さん、斉藤姉妹、裕太君、山根さん、山下さん。暇なら売り歩けばいいのにな。しかし今日明日にも結果が出るだろうと朝礼で言ったのは自分だった。気を持たせてしまったみたいだ。耳をすませると工場の裏のシャッターを開け閉めする音が聞こえた。
「お茶です。このお団子は早めに食べないといけないですね。工場にも渡してきましょうか」
美香さんのお茶はいつも熱い。冷たい麦茶の気分だったがこれはこれでいいものだ。彼女が会社に残ってくれて本当に良かった。
「私があとで持っていきます。4本ずつでいいか」
「じゃあ取り分けておきますね」
工場ではロール紙の荷受けと断裁機の調整をしているところだった。一段落するのを事務スペースで待ちながら眺めていた。
パレットの上にはバーコード付きのノートが積まれている。新商品の先行生産だ。契約してから作るのでは注文に応えられない。作り過ぎれば動かない在庫になる。これまでと違う商売をするのだからリスクは覚悟している。しているがやはり重い。金融機関は今は大変な状況で新たな融資は難しい。付き合いの長い神田川信金も甘くない。
「これみんなで食べて」
「いただきます。これは明神様ですか」
「わかりますか」
「それはもちろんわかります。先代もよく買ってきてくれましたよ」
「そう。ところで順調に作れてますか」
「問題はありません。作り方は前と変わらないですから。ただ旧製品と分けて保管するので場所を取ります。ノートとメモ帳以外の在庫を抑えていることと、この夏は湿度が低いのでなんとか管理できています」
「場所ねえ。道路の向こうの倉庫を借りたかったんだけどな。地主さんが売るならいいけど貸すのは嫌だって。買えないよね」
「難しいですね」
プルルル、プルルル。
「事務所からです」
「はい。どうしましたか」
「山下です。オオミヤさんの担当から電話がありました。サンプルOK、社内調整OK、価格OK、物流問題なしです。明後日に社長同行で契約に来て欲しいと言ってます。大丈夫でしょうか」
「もちろん。こっちからは山下さんと裕太君と私で行きます。時間も相手の都合で決めていいです」
「わかりました。すぐ返事します」
実際に商品が動き出したのは契約の10日後だった。初回は小売店の注文を集めて一括で発注書を送ってきた。量は多くても種類は少ないので入力は簡単だ。もっとも安堵していたのは経理の斉藤さんだった。そこからは五月雨式にぱらぱらと注文が来た。オオミヤは問屋さんだから小売店に浸透するまで時間差があるのだ。
売上はだんだん増えていって、対象商品では半年後に前年同月比で倍くらいになると見込まれている。




