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カードファイル 2/2

春になり会社は週休二日で土日休みになった。裕太君は主任に昇格、斉藤姉妹はフルタイムに変更、山下さんは商品企画部に異動した。そして新入社員は工場に文学青年風の鈴木君と営業部に女性の山根さん。ちょっと内に巻いたセミロングは最近の流行のようだ。


山下さんと山根さんのパソコンをどうするかはなかなか決まらなかった。IBM ThinkPad 220 は在庫希少。それならふたりに東芝のノートを買ったらどうだろうか。しかし山根さんは、そんなことしなくても ThinkPad 220 をいっしょに見たらいいじゃないですかとコメントしたので保留に。山下さんもカラー画面がいいので発表されたばかりの IBM ThinkPad 230CS が欲しいと言い出した。商品マスターを Excel 5.0 で色分けして見やすくしたいそうだ。それが届くまで彼はパソコンなしだ。


そういうことなら、山根さんのために見やすい資料のひとつも作ってやろうか。古い月刊アスキーを握りしめた裕太君がそんなことを考えていた。



記事の通りの手順で進める。


メイン > コントロール パネル > プリンタのアイコンをダブルクリック。プリンタの追加 > Generic / Text Only (日本語) > インストール。

Windows 3.1 ディスク5を入れてください。机の引き出しから取り出したフロッピーを外付けFDDに入れてOKをクリックするとガチャガチャと読み込みを始めた。やがて静かになる。

通常使うプリンタに設定しますか。はい。

プリンターポートはデフォルトの LPT1: ポートになっているが FILE: が選択肢に現れた。設定。これでいいはずだ。


アクセサリのカードファイルを起動。すべて印刷を実行するとファイル保存ダイアログが出る。ファイル名を入力してください。OKYAKU.TXT と入力して保存。カードがテキスト化された。


```

00123

山内ステーショナリー 様

9月末棚卸しの直後に棚を変えるかも

店長は楽観的性格

社長に家族の話は厳禁 離婚するかも

更新 19940307


01020

五島商店 様

会えたけど進展なし

更新 19940307

```


カードファイルはクリップボードに対応しているのでテキスト化しなくてもExcelにメモを持っていくことは可能だ。だけどめくりながら要不要を判断したり短く要約するのは面倒だった。どうしようか考えていたら事務所にあった古雑誌のコラムが適切な裏技を教えてくれたというわけだ。

実際にやってみたらひとつのテキストファイルにまとまっているので実に見やすい。メモ帳で不要な部分を消して整形する。これは正解だと笑みが浮かんだ。


ここから顧客マスターのコピーに書き写す。社長ならVLOOKUPで読み込むだろう。しかし裕太君はそんなことは知らないので手作業だ。メモの内容とメモ更新日の項目を作ってひとつずつコピーしていく。


転記が終わったら電話の短縮番号も追記する。そして並び替え。締め日、支払条件、販売条件、最低販売数、送料は邪魔なので右に移動する。そして重要顧客、メモのある顧客、気になる顧客を上へ。SHIFTキーを押しながらドラッグなんて知らないから、切った貼ったの繰り返しだった。右手の指先がふるえる。せめてマウスがあれば。


「主任なら決裁権があるんでしょう。買えないですか」

「そういえばそうだった。消耗品購入申請書を書けば自分で承認できる」


山下さんの助言で翌日の配送の帰りにマウスを購入した。同行の山根さんがおかしなものを見るような目でマウスを見ていた。



ELECOMのシリアルマウスにはフロッピーディスクと説明書が付いていた。COMポートにねじ止めしても反応しない。


「ドライバのインストール。まずコントロール パネルを開きます」


間違えたら嫌なので説明書を音読しながら設定を進めた。マウス、追加ボタンをクリックしてディスクを挿入する。リストから標準シリアルマウスを選択してインストールを実行。

インストールが正常に終了しました。設定を反映させるためにWindowsを再起動してください。


山下さんが無遠慮に画面を覗き込んでいた。


「マウスがあると効率的ですね。私も手に入れたいです」

「トラックボールとはぜんぜん違う。本当に買って良かった。でもカードファイルはキーボードだけでいい」



完成したファイルをフロッピーに入れてPC-9821Aeまで持っていく。


「美香さん、ちょっとお願いなんだけど」


やり方がわからないので猫なで声で相談したら変な目で見られた。表の左上部分だけを印刷したい。印刷ダイアログボックスの印刷範囲で、選択した部分にチェック。これで営業用の便利な資料が完成する。プリンターがうなって紙を吐き出した。



山根さんはパソコンよりやっぱり紙がいいですよねと喜んでくれた。その笑顔は指導役としてうれしい。


「いつの間にか自分でVLOOKUPを覚えたんだな」


社長が山根さんの後ろに立って裕太君が印刷した資料を見ていた。VLOOKUPってなんだ。


「さすが営業主任だ」


裕太君は何も言えずに愛想笑いをしていた。


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