ラビットホール
竹山工場長が社長の机の前で深々と頭を下げていた。またもや問題が起きたのだ。今回はA5ノート五線譜。音楽関係の会社からの大量注文を無理な納期で請け合ってしまい、結局間に合わなかった。二日遅れの納品には社長が同行して丁寧に謝罪した。たまにしか作らない製品なので日程を見誤ったのだ。
「本当に申し訳ありませんでした。過去の生産記録を見返していれば、このような間違いは起こしませんでした。私が間違っておりました」
社長はひどい目にあったにもかかわらず、なんだか機嫌が良さそうに見えた。
「工場長。仕事のやり方はちゃんと知っているのですから、その一部を Excel に移したらいいんですよ。全部を渡せとは言いません。必要な分だけ共有して、みんなの目と頭を借りればいいんです。じゃあ工場でも Excel を使えるようにします。ねえ斉藤さん、経理も賛成ですよね」
「もちろんです。資材も棚卸し資産なんです。資産は正しく管理されなければなりません」
「そういうことだから準備します。もうすぐ Windows 95というのが出るんです。タイミングがいいですよ」
Windows 95がプリインストールされた PC-9821V10 を3台購入。一台は業務フローの中心にする。今までやっていた Excel 5.0 の仕事をそのままこのパソコンで継続する。もう一台は主に社長が多用途に使うものだが、業務機の予備でもある。
そして最後の一台は工場用とされた。工場では資材の管理をやってみると言っていた。手帳でやっていた仕事を Excel で再現するところから始めて、工場のみんなで工夫するそうだ。
事務所の新しい PC-9821V10 と斉藤さんの PC-9801BA をケーブルで接続した。PC-9821Ae は倉庫で休眠。いずれまた出番があると社長が言う。そうであって欲しいと思う。
ある月曜日。壁に穴が開いていた。事務所に入って右の工場側の壁に、30cmくらいの正方形のウサギ穴。
「建物の構造上の理由で扉を作るのは無理だったんだ。だけど工務店の人がよく調べてくれて、構造材を避けた穴をこれだけ開けられた。伝票とフロッピーなら十分なはずだ。将来はここにケーブルも通せそうだ。机の高さとだいたい同じというのが好都合。たまたまそうなったんだけど」
「人も通れたらいいですね」
「これだけでもかなり便利になるよ」
また営業部でも IBM ThinkPad 530CS を購入した。IBM ThinkPad 700C は山根さんのものになった。暇を見て Windows 95にすると言っていた。
営業と言えば、裕太主任が既存客回りで山根さんが問屋訪問。役割が逆じゃないかと美智子さんや工場の鈴木君が不思議がっていた。よく考えたうえでの適材適所と裕太が言うのでそのままになった。山根さんは半年目に開拓に成功して、みんなで拍手した。
それからこの頃、JANコード対応で走り回っていた山下さんが係長になった。山下さんも IBM ThinkPad 530CS を購入した。IBM ThinkPad 700C は美智子さんのものになった。山下さんは入社した頃より明るくなってて、外に出ることも多くなった。私物の CASIO QV-10A とパソコンを合皮の鞄に入れてて重そうだった。近いところに住んでいるので、自分の赤いホンダ・トゥデイを仕事に使うこともあった。私物を持ち込んだり、使ったりするのは山下さんくらいで、社長は対応を決めかねているようだった。
工場の資材在庫の管理は入庫と出庫を手作業で足し引きしていた。手帳でのやり方と変わらない。
しかしミスを見つけたり、倉庫に確認に行ったりするのを倉庫のみんなでやるようになったので、だんだんと正確さが出てきた。発注点を在庫数の横に書いておいて、下回ったらすぐわかるようにもなっていた。売上予測から発注点を調整する方法も相談しあっており、営業部の予測に疑問があるときは事務所に話し合いに来た。スポーツマンタイプの今川君が工場長といっしょに来ることが多かった。彼が来ると美智子さんがなぜか喜ぶ。
工場長はパソコンの側にいることが多くなっていった。ストーブ前の猫みたいと感想をもらしたら、データの側にいることにしたんだろうと社長がそっけなく言った。
営業部の主導でダイレクトメールを送ってみた。お客様へのご挨拶を裕太、山根、山下、社長の 4人で別々に書いてランダムに送った。セグメント管理ができてなくて原始的だけど、こういうのもやってみる価値があるよねと山下さんが言っていた。
営業のふたりにPHSが持たされた。ポケベルのほうが連絡に縛られなくていいと考える人が多かった。他の人にも持たせるかどうかはこれから検討する。




