静かの海 2/2
「入力が終わったらこの登録ボタンをクリック。受注一覧シートに追加されます。受注一覧では最初の行の項目名が固定されています。2行目から1件1行です。入力した内容がこの1行にすべて並んでいます。行を並べ替えたり、幅を変えたりして見やすくするのはかまいません。でも空行は入れないでくださいね。番号がおかしくなって一意でなくなると困るのです。それから列の並びも変えないでください」
受注一覧シートにはダミーの注文情報が入っていた。たくさんの項目が詰まっている。1列目が空で、2列目が注文番号。
「3列目は納品状態、4列目は集金状態を表示する項目です。どちらも空欄になっています。納品されたら印を付けるか数字か文字を入れるか、事務経理部で相談して決めてくれたらいいです。分類以外の意味はありません」
斉藤姉妹と美香さんが顔を見合わせた。どうするのこれ。
「登録すると登録完了のメッセージが出ます。OKをクリックするとリセットのプログラムが白いセルをすべて消します。背景色がグレーの見出し部分は数式で表現しているので消去の対象外になる仕組みなんです。そして注文番号を再発番します。同じ処理は注文番号の横のリセットボタンでもできます。シートを開き直す必要がありません。これが工夫した点でしてね、呼び出したり計算したりするのはすべてプログラムで行っています。受注入力シートはどこを書き換えたり消したりしても壊れないのです」
PC-9821Aeはもっと、そこにある招き猫のように素朴な存在だった気がする。これが機械の本性なんだ。
「受注一覧を納品や集金の状態でソートすれば、確認が必要なレコードを集めることができますね。経理用のパソコンが届いたらそっちに複製を持って行って処理するのが良いかと思います。バックアップは両方でやりましょう。帰るときにフロッピーにコピーして日付がわかるようにしてくれたらいいです。そういうわけで仕事は増えます。なので美智子さんにいっしょにやってもらうことにしました。美智子さん」
「はい」
「受注用の端末は一台しかないので交代でやったり教えあったりしてうまくやってください。入力に関しては営業のほうも手を貸してあげてください。パソコン以外の仕事もうまく分けあって、問題があれば私に相談してください。次に3枚目のシート、帳票印刷について説明します」
社長が巨大な EPSON LP-1500 を見ながら言った。帳票印刷シートはシンプルだ。中央には印刷件数0と表示されていて、その下に印刷ボタンがある。
「今のノーカーボン伝票は受注票、納品書、受領書、出庫票の4枚組ですよね。受注票は入力したら手元に残ります。納品書、受領書、出庫票の3枚をプリンターで出力すれば、仕事の流れは今までと同じになります。使うのはこれです」
社長が取り出したのはただのA4コピー紙に見えた。
「ミシン目入りで切り離して使える伝票用紙です。これはエプソンのものですが他社からも出ています。うちの工場にはロータリーカッターがないから作れないです。さて、受注一覧の左端に空いてる列があるでしょう。項目名は帳票。印刷のための項目だったのです」
トレーの紙を入れ替えながら、社長は説明を続けた。
「LP-1500は複数の紙をセットしておけないので交換が必要です。あまり面倒なら予備の給紙トレイを購入することも考えています。それで受注一覧の帳票の項目で印刷したいレコードだけに1を入れるのです。帳票印刷シートで印刷を始めると、必要な分だけ差し込み印刷ができます。納品書、受領書、出庫票の見出し。それぞれに今日の日付、注文番号、担当者、納品先、商品番号と品名、数量です。納品書と受領書には社名と電話番号も入ります。どうせあとから請求書を送るので検品と追跡ができればいいんです」
ダミーの受注レコードに印刷フラグを立てて帳票印刷シートに戻ると、印刷件数3と数字が変わっている。印刷ボタンを押すとプリンターがうなってシュッシュと伝票が吐き出されてきた。
「これを工場行きの箱に入れるんですね。ちょっと印刷がずれてます」
「レイアウトが難しいんです。でも直します」
印刷見本をまわすと、それぞれが引っ張ったり透かしたりし始めた。
「切り離すのは大丈夫そうです」
「受領書が戻ってきたら納品済みにするんです。発送の場合はどうしてましたか」
「問題があったときだけ倉庫から内線で連絡が来ました。連絡がなければ締めて請求です」
「じゃあそれでいいです。あんまりいっぺんに変えたら大変だからね」
呆然として、思わずつぶやいた。
「もうかなり変わってますよ。自信ありません」
結局、社長も斉藤さんも半月くらいは入力に手を貸してくれた。そして社長の言う通りすぐ慣れた。いつも買うお客さん、いつも買ってくださる商品はだいたい決まっているから。伝票を書くのも名前や品物を書くより番号をさっと書いたほうが早い。
カタログには商品番号表を付けることになった。山下さんのアイデアでこの注文番号表の裏面をFAX注文用紙にすることになった。商品番号の記入欄があればお客様も書いてくれるし、それを何度でも使える。これは売上にも効率にもいくらか貢献した。
営業の机の上にはモノクロ画面のパソコンが置かれた。IBM ThinkPad 220 だよと社長が言った。このノートには MASTER.XLS のコピーを入れて検索用に使うことになった。使うときにこまめに開け閉めしたらバッテリーが長持ちします。起動中はバッテリーが充電されないので退社時によく確認してください。
経理には 98FELLOW (PC-9801BA) が導入された。CPUの性能は十分。メモリと内蔵HDDについては業者さんに意見を求めた。過不足のないものを選ぼうと社長と斉藤さんの意見が一致。すんなりと事は進んだ。
PC-9821Aeは強化しなくていいんですかと斉藤さんがたずねたら、社長はポケットマネーで勝手に強化済みだった。それで斉藤さんが怒っていた。
また数日後には社長の机の上に EPSON PC-486SE が置かれていた。
「経理の98FELLOWは互換機に対抗するための低価格機でしょう。EPSON側も対抗で値下げしてて、この機種は型落ち寸前。だから大特価で手に入ったのです」




