ヘルメスの技
分厚くふくらんだ Filofax が机の上で広げられている。その右手には CASIO の実務電卓。竹山は手を組んで固まっていた。比野の視線が痛い。
「今回の欠品事故は一日ですんでよかったけど、原因と対策が報告されてませんよ」
「報告書を書いております。本日中に提出いたします」
「怒ってないから自然にしてて結構。資材が足りなかったんですよね」
「はい。手帳用台紙の入荷が半日遅れまして、その間の工程が止まりました」
納品書はこれか。
「手帳用台紙 (比野文具様仕様・角丸断裁済・バーコード印刷) 5000枚。長い名前だ。番号も付いてないのか」
「はい。オオミヤ様向けの手帳に新色が追加されて8種類になりまして、出荷予測がずれました」
「出荷予測は営業から来てるんでしょう」
「はい。来たものを参考に予測してました」
「うーん。台紙の発注担当は誰だったの」
「林です。私が指示をして、彼が発注書を書きました」
「だったらあなたの判断がすべての原因じゃないか。いや怒ってないよ。身構えないで。どうやって資材を管理してるの」
「はい。すべてはこの手帳でやっております。資材在庫をなるべく把握するようにして、一定数まで減ったら発注します」
「発注点方式だな。発注点はどうやって決めてるの」
「それはまあ経験で」
比野は目を閉じて天井を見上げた。
「あなたはベテランだけど変化に弱いところもあるんだね」
「はい」
「その手帳で何もかもしようとするのが良くないと思う。資材が足りないかもって、他の誰も気付けなかった。あなたしか知らなかったからだ。集約して持ち歩く思想は否定しない。それが機能するかぎりは。そんなに膨らんで、あふれたらデータはどこ行っちゃうんだよ」
「あふれても予備がありますので」
「じゃあ古い情報をどうやって探してる。去年の今頃の資材在庫を見せてみて」
「はい」
そう言って、手帳のあるページを開いて見せた。
「次は今年の春の生産計画」
「はい」
「どうやって検索したんですかそのページ。ぱっと開いたぞ」
「指で読んでます」
「超能力に依存した仕事をどうやって標準化したらいいかわからん」
比野が立ち上がりながら言った。
「やれる自信があるなら、それで続けたらいい。だが無理だと感じたら相談してください。そのときはここでもパソコンを使ってもらいます」
比野文具株式会社の登場人物
比野真二 社長
山下 商品企画部 IBM ThinkPad 700C
裕太 営業部主任 IBM ThinkPad 700C
山根 営業
斉藤さん 経理 PC-9801BA
美香 事務 PC-9821Ae
美智子さん(斉藤美智子) 事務
竹山 工場長 Filofax Winchester
今川 工場
林 工場
鈴木 工場
共用 EPSON LP-1500
お蔵入り PC-PR101/T101




