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静かの海 1/2

「本日の業務よりExcelによる受注管理を始めます。これが Microsoft Excel 5.0 日本語版です。本日発売。今日出るものがなぜここにあるかと言いますと、昨夜のうちに買ってきたのです」


社長がとても楽しそうだ。こんな笑顔はしばらく見ていない。寝ないで設定とかしてたんだろうか。


「この伝票、事務はこれまで箱に入れるだけでした。今日からは箱に入れる前に入力をしてもらいます」

「仕事が増えますね」

「そうですね」

「大変そうだな」

「営業も大変になりますよ。あとで説明しますね。さあ、何もかも準備済みです」


社長が半年くらい前からExcelで何かをしていたことは知っている。でもPC-9821Aeの画面はこれまでに見たものと違っていて、白と薄いグレーで色分けされていた。グレーのタイルのようなものも見える。


「JUCHU.XLS には受注入力、受注一覧、帳票印刷の3つのシートがあります。シートというのは本のページのようなものです。このバージョンからマルチシートが使えるようになりました。受注入力シートの左上にすでに数字が入っているのがわかりますか。これが注文番号、今日の日付と注文順を合わせた数字 19940201-0001 です。受注入力シートを開くたびに受注一覧シートの登録数を調べて番号を作ります。このセルだけが黄色なのは特別だからです」


レモン色のセルの横のタイルにリセットと書いてある。その下に薄いグレーと白の行が交互に並んでいる。


「次にここが顧客番号。お客様の番号を入れます。つまり営業は受注伝票に顧客番号 01234 を書く必要があるのです。手書き伝票では先頭がゼロの場合は省略してもわかりますが、入力するときは文字列です。ちゃんと書く習慣を付けましょう」

「顧客番号ってなんですか」

「これは住所録を作り直したものです。左端の数字が顧客番号です。営業の分を印刷しておきました。事務所ではパソコンで見られるしね」


人名や住所が印刷されたA4紙の束が裕太に渡された。20枚くらいある。


「営業でもパソコンを使えるようにします。しばらくはこれを見てやってください。でも頻繁にご注文いただくお客様は30件くらいなので覚えちゃうほうが早いと思いますよ」

「あの、時間がないときはどうしましょう」

「そのときは手の空いてる人に調べてもらってもいいし、それは私でもかまいません」


裕太はなんだか困惑してるみたい。私も人ごとではない。仕事が増えると宣告されたのだから。


「まずは顧客番号を入力して横の参照ボタンをクリックしてください。項目が自動的に埋まります。顧客名、郵便番号、住所 (住所1+住所2+住所3)、電話番号、改行、締め日、支払条件、販売条件、改行、備考です。最低販売数や送料に関する取り決めがある場合は販売条件の項目に入っています。これらの情報は MASTER.XLS に顧客マスターが入っていて、そこから呼び出しているのです」


グレーの見出しの下に白いセルが並んでいた。そこに社長が5桁の番号を入れてボタンを押すと3段に渡って文字が表示された。


「すごい」

「ご新規さんはどうしますか。住所録にお名前は入ってないですよね」

「美智子さんは理解が早そうで助かる。その場合は顧客マスターに追加する必要があります。当面は私の仕事にします。新規の取引はそれほど多くないでしょう。とりあえずその注文分だけは顧客番号のところは空欄にしておいて、手で名前や住所を入力してかまいません。そのために数式を入れずに実装したのです」

「わかりました」

「それから担当者名。注文を受けた人ですね。いずれは社員番号を入れるようにするつもりですが後まわしにしました。ここも不明な場合は空欄にしておいてください。最後に右端に販路という項目があります。卸売か直売かの項目です。卸売なら0、直売なら1です。省略したら0とみなします。今のお客様はみんな卸売です。簡単でしょう」


半年かけて準備してきた社長はすべてを理解している。でもそれを一度に説明されたほうは簡単と思えない。これできるんだろうか。


「美香さん、ちゃんと考えてます。そんな顔をしないでください。さて、次はご注文の入力です。商品も番号で入れます。ここも同様に参照ボタンをクリックすると、このように商品名と単価が表示されますね。単価は卸売価格と小売価格が自動で切り替わります。その右は注文数量です。ひとつの注文で複数の明細がある場合は3行まで順番に入力します。これ以上だと画面に収まらないんです。その下の段、送料がかかる場合は送料欄に記入します。最後に合計ボタンを押すと、小計と消費税と合計が計算されます。消費税率は変数なので変わっても対応できます」

「3種類より多かったらどうなりますか。2回に分けるんですか」

「そうなります。でも何種類もまとめて注文される方はあまりいなかったはずです。白いセルは手で書き換えてかまわないセルです。受注が分割される場合は電卓で計算して合計や消費税を修正してください」

「商品番号がわかりません」

「それも一覧を印刷します。お客様にも番号で注文してもらうようにします。パソコンの場合は MASTER.XLS を検索すれば見つかります。これは仕事中は開いたままにしておきます。見てもいいけど書き換えたら駄目ですよ。それは私が管理者です。それと商品番号が今まであったのと変わってるんだけど、旧番号は事務所では使ってなかったから混乱はないでしょう。必要なら旧番号も検索できますのでご安心を」


ひとつの画面をみんなで見ているので密度が高い。山下さんは遠くで背伸びして見ている。


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