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スピンオフ・カップリングテーブル 2/2

「お疲れ様。受付、大役をご苦労様です」


比野社長だった。ポールスミスのチャコールグレーのスリーピース。セミワイドカラーシャツ、ダークレッド小紋柄タイにプレーントゥ。めったに着ない、とっておきの寄せ集めだ。


「本日はお忙しい中、ご出席いただき誠にありがとうございます。それでは社長、たいへん恐れ入りますが、こちらの芳名帳へ御芳名のご記入をお願いいたします」

「はい、喜んで」

「こちら。お祝いです。新婦にしっかり届けてね」

「ありがとうございます。ご祝儀、たしかに頂戴いたします。本日の席次表でございます。社長のお席は、前方中央の主賓席にご用意しております」


社長はThinkPadをちらっと見て、満君にも会釈していた。



11時15分。全員のご来場を確認。山根を受付に残して山下さんのところに合流する。


「これが残りの分です」


フロッピーを渡すと山下さんはコピーしてひとつにまとめて並べ替えた。これくらいの数なら手で整形したほうが早い。


「準備完了。ご祝儀袋を開封してください」


集計自体は10分かからなかった。印刷する山下さんと現金を数え直す満君を残して中に入る。ホテルスタッフが入れば引き継いで山根さんも入れてしまってかまわないのだが。誰かいたら代わっておいでと伝えて先に入室することにした。



会場内には新婦側に父母と祖父母、親族がひとつ空いているのは満君だ。会社の関係者と友人。新郎側は父母と祖母と親族、職場からはふたりだけ、友人が多い。さすが金融機関だけあってそれっぽいダークスーツばかりだ。過半数が木下さんなのだと思うとおかしかった。


満君と山根さんが来るのと同時に、ホテルの司会者がマイクのスイッチを入れる音がした。


「皆さま、本日はたいへんお忙しい中、水曜日のおめでたい大安の日にお足元をお運びいただきまして誠にありがとうございます。ただいまより新郎勇気様、新婦美香様の、輝かしい門出を祝す結婚披露宴を執り行わせていただきます。本日のご披露宴の看板をご覧になり皆さまお気づきのことと存じますが、新郎新婦、おふたりとも同じ木下のご姓でいらっしゃいます。元々同じお名前のおふたりが、本日、運命に導かれるようにひとつの新しい木下家を築かれることとなりました。この素晴らしいご縁に会場の皆さま温かい拍手をお送りいただけますでしょうか」


温かな拍手が部屋中から起こった。


「ありがとうございます。本日はおふたりの幾久しいお幸せを願いまして、新郎の直属の上司であられます、神田川信用金庫神田支店融資担当係長、村田様ご夫妻に仲人の大役をお務めいただいております。それではたいへん長らくお待たせいたしました。皆さま、どうぞ会場の入り口にご注目くださいませ。新たなる人生の一歩を踏み出します、新郎新婦のご入場です」


ホテルのオルガニストが YAMAHA EL-90 の前に座った。入場曲は「王宮の花火の音楽」オルガン編曲版よりブーレ。裕太君と山下さんが社長の顔を見た。社長は誇らしげにしている。選曲に関わったのだろう。



ゆっくりと新郎新婦が入場した。


美香さんのドレスはオードリー・ヘップバーン風。光沢のあるミカドシルクのフレアドレスにハイネック気味の襟元。装飾を抑えたシンプルなデザイン。ヘッドドレスはシンプルなリボンボンネ。パールネックレスとイヤリング。白いショートグローブ。鈴蘭入りの小花のブーケ。


新郎の勇気さんはディレクターズスーツ。これは今後も仕事で必要になるのでレンタルですませるなと上司に言われて新調したのだった。ジャケットは黒のピークドラペル。グレーのシングルベスト。ウイングカラーシャツ。シルバーグレーのタイ。黒とグレーの縦縞コールズボン。



着席を待って、仲人が挨拶を始める。


「ただいまご紹介にあずかりました、神田川信用金庫神田支店の村田でございます。本日は若輩のふたりではございますが、妻と共に媒酌人の大役を仰せつかりました。ご両家、並びにご列席の皆様には心よりお祝い申し上げます。さて、新郎の木下くんは、我が神田支店で日々、実に真面目に数字と向き合ってくれています…」


新郎より仲人さんのほうが緊張しているようだった。


「村田様、信頼に満ちた温かいお言葉をありがとうございました。続きまして、新婦美香さんの勤務先でございます、比野文具株式会社の代表取締役社長、比野真二様よりお祝いのお言葉を頂戴したく存じます。比野社長よろしくお願いいたします」


社長が格好良く立ち上がりマイクを受け取った。


「ただいまご紹介にあずかりました、比野文具株式会社の比野でございます。木下くん、美香さん、本日は誠におめでとうございます。またご両家の皆様にも、心よりお祝い申し上げます。先ほど仲人の村田様から木下くんの非常に真面目でたしかなお仕事ぶりをうかがいまして、たいへん嬉しく安心した気持ちでおります。と申しますのも、我が社での新婦美香さんの仕事ぶりもまた、木下くんに負けず劣らず、実に見事な真面目さと責任感に満ちているからであります。それだけにとどまらず、たいへん注意深く、よく気が付く能力を有しております。先だっても私が左右違う靴下を履いて出社したのを美香さんがすぐさま発見してくれて、おかげで事なきを得た次第でございます。このようにお互いを細やかに思いやり、支え合えるおふたりであれば、これから築く家庭もきっと笑顔の絶えない、揺るぎないものになると確信しております。木下くん、美香さん、どうぞ今日の感激を忘れることなく、ふたりで力を合わせて、幸せな家庭を築いていってください。おふたりの輝かしい未来と、ご両家のますますのご発展を心よりお祈り申し上げ、私からの祝辞とさせていただきます。本日は本当におめでとうございます」


社長が話しているあいだにオルガニストは退場していた。


「比野社長、新婦美香さんへの愛情に満ちた温かいお言葉をありがとうございました。それでは皆様、たいへん長くお待たせいたしました。これより乾杯へと移らせていただきます。乾杯のご発声を、新郎木下くんの勤務先でございます神田川信用金庫神田支店支店長、平様にお願いしたく存じます。皆様お手元のグラスをご用意のうえ、ご起立をお願いいたします」


濃紺のダブルスーツの恰幅の良い人物がマイクを受け取った。


「ただいまご紹介にあずかりました、神田川信用金庫神田支店長の平でございます。……さて、たいへん名残惜しくはございますが、私はこの後、どうしても外せない職務がございまして、乾杯のあと一足先に失礼させていただきます。私の分まで、皆様どうぞおふたりの新しい門出を盛大に祝ってあげてください。それでは、木下くんと美香さんの輝かしい未来と、ご両家のご健勝、ご多幸を祈念いたしまして、乾杯を行いたいと存じます。乾杯」


乾杯の唱和とともにカセットテープからBGMが流れ始めた。アイルランド伝統音楽集。これはホテルが用意した中から美香さんが選んだものだった。

司会者がどこかに合図を送ると、ふたたび入口が開いて丸型3段の巨大なウエディングケーキが慎重に運ばれてきた。写ルンですを手にした友人たちが高砂へ集まり、がやがやと騒がしくなり始めた。会場の照明がすこし落とされ、スポットライトが新郎新婦とウエディングケーキを照らす。



「さあこれより…」


新郎新婦がナイフを取り、司会者が盛り上げようとしたところに美香さんの友人3人組がカメラを手に走りこんできた。そして転ぶ。


「あっ」


合図を待たずにケーキが下までカットされてしまった。新郎新婦も驚いた顔をしていたが、美香さんはすぐに冷静さを取り戻して勇気さんの手を引っ張りながらさくさくと一切れを切り出してしまった。


「ええ、沢山の皆様に見守られる中、今お気持ちをひとつにナイフを入れていただきました。このおふたりの表情、ぜひ皆様のカメラにもしっかりとお納めくださいませ。本日おふたりの前にございますケーキは、特別にご注文された当ホテル作りたての生ウエディングケーキでございます。お食事のデザートとしてお配りいたします手筈です。それではお食事をご用意します」



メニューはグリーンピースのポタージュ、真鯛のポワレ、白ワインソースまたは牛フィレ肉のステーキ、マデラソースを事前に確認済み。そして切り分けられたウエディングケーキ。コースなんて簡単だ。出てきたものを順番に食べるだけだ。


だが遠くの席で誰かがウェイターを呼んでグラス入りのワインを受け取っているのが見えた。


「山下さん、この披露宴は飲み放題でしたっけ」

「このホテルは飲み放題はやってないはずですよ。追加注文です」

「いちおうメモしておきます。追加分をまとめて満君に知らせましょう。半金前払いの当日精算と聞いています」


ビール、ワイン、水。水も有料なのだろうか。それにしても追加を頼んでいるのは新郎の友人ばかりだ。いや、こっちでも社長がコーヒーを頼んだ。


「20分前です」

「では追加分はここまでの分を集計しておきましょう。メモをください。それから二次会ですね」

「10分前になったら山根さんと満君が動きます。集計は満君に渡してください」

「了解です」



ふたりがクリップボードを手に移動を始めた。二次会参加者はすでに申し込みをもらっている。だがこの手のイベントでは直前に行けなくなる人が必ず出る。その最終確認をしているのだ。


山根が指で合図をしてくる。イチマル。1番テーブル変更なし。親族の出席はご両親だけだ。ニタスイチ。伯父か伯母のひとりが追加で参加する。向こうでは満君も行動している。ロクマル、ナナマル、ハチマイナスイチ。ここでは人数だけを記録して山下さんに知らせる。正確に誰が来て誰が来なくなったかも、あのふたりが戻ったらたしかめる。


「山下さん、人数だけ渡します。名前はあとで確認します」

「了解です」


カタカタジジー。



「皆様、たいへん和やかなお歓談の途中でございますが、マイクをお借りいたしましてご案内いたします。新郎新婦のおふたりから、まだまだ皆様と話し足りない、もっと楽しい時間を共有したいという、熱いお気持ちを頂戴しております。本日の披露宴がおひらきとなりました後、すぐお隣のパーティルームにおきまして、ささやかな二次会をご用意いたしております。披露宴がめでたく結びました後は、どうぞそのままお隣の会場へと足をお運びください」


今日の式ではお色直しがないので進行が早い。満君を通じて参加者一覧を親族方にまわしておく。追加飲食代の集計はやはり役に立ったようだ。事前に支払い金額を揃えておいたので精算が実にスムーズだったと聞いた。


パーティルームのテーブルにはすでに飲食物が並べられていた。チーズとスモークサーモンのカナッペ、サンドイッチ、フライドポテト、チキンナゲット、ミートボール、ドリンク。


「二次会でも追加飲食代はあるんですか」

「あります。ドリンクは足りると思うんですよね。もし追加があるならフードです。レストランからなんでも持ってこられます」

「どうなるかなあ」



二次会はほとんどただの飲み会だ。新郎新婦の席に次々と人が集まって話をしている。幸せそうで良かったな。

美香さんは2歳年下の同僚だ。彼女は短大卒なので入社は同期。苦楽を共にした戦友のようだ。初めの頃は近藤さんと呼び、それから近藤君に変わった。今では裕太と呼び捨てにすることもある。美香さんならどう呼んでもかまわないよ。そんなことを思いながら山根を連れて挨拶に行った。


「美香さん、とってもきれいです」

「ありがとう。じゃあ山根さんにもこれあげるね」


ブーケから小さな花を抜き取って分けているらしい。山根さんがもらったのは鈴蘭だった。


「近藤君も今日はありがとう」

「たいしたことないよ。良い式でよかったね。ケーキは美味しいし、ホテルはきれいだし」


裕太君は何を言えばいいかわからなくなっていた。



「やっぱり追加飲食はあったね」

「あれは予想外でしたね」


新郎の友人たちが揃ってナポリタンを食べていた。新郎新婦が良いというならそれでいいけど、ちゃんと記録して困らないようにしてあげないとな。



「皆様、楽しいお時間は瞬く間に過ぎ、木下くん、美香さんの新しい門出を祝う宴も、いよいよおひらきの時間を迎えました。平日の昼下がりというお時間にもかかわらず、こうして笑顔でふたりを囲んでいただきましたこと、新郎新婦になり代わりまして、心より御礼申し上げます。これからのふたりの歩みには、今日皆様からいただいた温かい言葉、そしてこの賑やかな笑顔が、何よりの力強い心の支えとなるはずでございます。それでは、新しい一歩を踏み出します、木下夫妻の退場でございます。皆様、どうぞ本日一番の、割れんばかりの盛大な拍手でお送りください」


オルガニストの演奏と拍手とともに新郎新婦が退場していく。なんだっけこれ。それは新郎の勇気さんがリクエストした「スモーク・オン・ザ・ウォーター」だった。


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