10ー4 サリナちゃんパワーアップ計画(4)
それから数日の間、放課後はタクヤに稽古をつけてもらった。
サリナも当初こそ予備動作なしで繰りだされる無拍子に手を焼いたが、徐々に反応できるようになった。しかし本番はむしろそこからで、相手の攻撃はさらに激しさを増していった。
何度も痛めつけられ地べたに転がされ、そのたびに悪態をつきながら立ちあがる。ジークやルーンに感じたような途方のない実力差こそなかったものの、それゆえにいっそう己の不出来さを自覚してしまう。
「気にする必要はないのです。タクヤは並々ならぬ剣技の才があるうえに、騎士として日々厳しい鍛錬を重ねているのですから。相手の得意分野であれば、圧倒されて当然でしょう」
「おらだって射撃の腕はからっきしっすからね。むしろこんな短期間で無拍子に反応できるようになったことのほうが驚きっす。サリナちゃんは学生さんらしいっすけど、将来は騎士団に入りたくないっすか?」
「こんな汗臭いとこで働くなんて無理。つうかサリナちゃんて呼ぶな」
「稽古の区切りもつきましたし、そろそろ次のステップに進みましょうか」
「……まだ一撃も当てられてねえんだけど」
「最初からそこまでは期待していません。サリナちゃんが剣の道を極めたいのなら別ですけど」
「おらからアドバイスするとすれば、攻撃の駆け引きみたいなところが苦手みたいっすね。フェイントをつけるとか動作に溜めを作るとか、相手の裏をかくような工夫ができるとさらに強くなれるかもしれないっす。つうかマジで、このまま稽古を続けてみないっすか?」
タクヤは引きとめに必死だったが、あらためて礼を伝えたあと、修練場から立ち去ることになった。
次の目的地は職人街。ようやく武器の制作に取りかかる――かと思いきや、たどり着いた先は芸術家の工房だった。
「お待ちしておりましたよ。ぼくを頼ってくれるなんて嬉しいです」
「わーい! ハナエお姉さん抱っこして!」
エプロン姿の麗人は駆け寄ってきた幼女を高々と持ちあげて、その場でぐるぐると回転する。
ハナエ・スカーレット。
王都剣闘大会優勝常連の冒険者。
そして今では、エルカザードで随一の人気を誇る芸術家でもある。
……そういえば迷宮百景、プロデュースしたのってリコだったな。
やることなすこと規格外すぎて、ひとつひとつを覚えていられない。
サリナが退屈な生活をしている間に、とんでもない伝説ばかりを作っている。
◇
「剣を交えるには実力差がありすぎるので、サリナちゃんの動きなどを見て改善点を教えてほしいのです。題して『未熟な果実、夕暮れの個人レッスン』みたいな」
「服は脱がせますか、それとも着せたままにしますか」
「待って。ふたりともなんで急にいかがわしい雰囲気を出してくんの」
「ハナエお姉さん今、美人画に挑戦したいらしくて」
だから稽古ついでにモデルをやれってか? 勘弁してくれよ。
しかしいざ木の棒を持って構えると、容赦のないダメ出しがはじまった。
「とりあえず姿勢が悪すぎます。普段どんな生活をしていれば、こうもみっともない猫背になるのでしょう。体幹もひどい。ああ……今の動き、酔っ払った老人の真似であれば百点ですね」
「ぎえっ! なんで、腰を?」
「曲がっていて見るに耐えないからです。リコッタさん、彼女の身体を反対側から押さえていてください。若いのですから今のうちに矯正しておかないと」
ゴキゴキゴキ。
腰からスタートして、首、肩、背中、脇腹、太もも。
手首や足首にいたるまで。
全身を力任せに捻じ曲げられ、そのたびにサリナは苦悶のうめきを漏らすはめになった。
「体幹トレーニングとストレッチのメニューを書いておきました。これを毎日必ず続けてください。そうすればだいぶマシになると思います」
正直に言って、かなりうんざりした。
しかし数日こなすと、自分でも実感できるほど姿勢がよくなった。
体調も改善し、疲れが抜けるのも早くなった。
「美しいとは、無駄がないということ。美しいとは、正しいということ。外見とは内面の表れであり、あなたという人間のすべてを推し量ることができます。ほら――ごらんなさい」
指で示されたほうに目を向ける。
リコッタ嬢がおすまし顔のまま、両手を翼のように広げて片足立ち。
「あれが完全なる美」
「半笑いでやってますけど」
「天使の微笑です」
「サリナちゃんもドゥ! なのです!」
「ええ……」
そのままのポーズで、なんと三時間も放置。ハナエはふたりが並ぶ姿をデッサンし、それは後に五千万ドゥルで落札されることとなった。
さらに数日ほどそんな感じで苦行とも思えるレッスンが続き、サリナが根をあげそうになったころ。
リコッタ嬢が再び「次のステップに進みましょう」と告げた。
「サリナさんは素晴らしい反射神経と身体能力をお持ちですが、そのわりに動きが洗練されておらず生来のポテンシャルを活かしきれていません。筋肉や関節の構造を理解して、どうやれば運動エネルギーを無駄なく伝達できるか考えてみてください。力よりは速さ、重さよりは鋭さ。一撃で仕留めるのではなく手数で押し切るような感じで、武器のほうもイメージするといいかもしれません。参考に、ぼくのコレクションをいくつかお貸しいたします」
ハナエは今までの稽古をそうまとめたあと、工房の奥から古びた木箱を持ってくる。
中には様々な形状の剣やナイフ、東の島国で使われている刀や手裏剣、マグーンの教徒が持っていそうな鎖のついたフレイルなどが入っていた。
こういう珍しい武器が大量にぽんと出てくるのは、彼女が芸術家だからなのだろうか。
◇
帰り道。
リコッタ嬢はとんでもない重量があるはずの木箱を平然と抱えて、見るからに上機嫌で前を歩いている。
「リコはいつも楽しそうだよな」
「サリナちゃんは退屈していましたものね。我と遊べなくて」
嫌そうな表情を作る。
角ガキはわざわざ振り返って、目を細めながら聞いてくる。
「今でもまだ、みじめな気分になりますか」
とっさに言葉が出てこない。
それこそまさに、歩きながら感じていたことだった。
彼女の周りには多くの人がいて、誰もが憧れたり嫉妬したり恐れたりしている。
自分はいつまで、リコの隣にいられるだろう?
そのうちに置いていかれて、またひとりぼっちになってしまうのではないか。
もっと優秀で面白い人たちに囲まれて、手の届かないところにいってしまうのではないか。
……くそ。やめてくれよ。
これだとほんとに、寂しがっているみたいじゃねえか。
「リコ、次の曲がり角まで競争しようぜ」
「え」
「よーい、どん!」
「げえっ! 卑怯なり! つうかこっちは木箱抱えているのですが!?」
あっという間に追い抜いてやった。
小さな角ガキは慌ててよたよたと、サリナの背中に食らいついてこようとする。
どうだ、リコ。
あーしは弱いけど、取り残されてぼんやりしているほど、ノロマじゃねえ。




