10ー1 サリナちゃんパワーアップ計画(1)
しばらくサリナ視点が続きます。
「暇、だなあ……」
ある日の昼下がり。
サリナは中庭のベンチに腰掛けながら、ぼんやりと砂漠の空を見あげる。
カフェのバイトと冒険者家業を掛け持ちしながら必死に勉強し、今やこうしてアカデミーの中学部生になることができた。
誰もが憧れる特進クラスのセーラー服を着て、王都で人気のベーカリーで買ったハムサンドをかじりながら、教師に勧められた参考書を読んでいる。
スラムの端っこで汚物にまみれた暮らしをしていたころを思えば、ずいぶんと上等な人間になったものである。
ただ、最近はちょっと物足りなくなっている。
次の目標が見つからないのだ。
アカデミーの生活は楽しいし、学びたいことだってまだまだある。
ただそれはあくまで日常の延長線上。
がむしゃらになってまで手に入れたいものが、思い浮かばない。
どん底から抜けだせたことに満足してしまって、そこからさらに一歩、成長しようという熱が湧いてこない。
結局のところあーしは、誰かに手を引いてもらわないと頑張れないのかもしれない。そういう甘えた根性が、自分と〝あいつ〟との差だと、理解しているのに。
「隙だらけなのです」
「痛っ!? いきなり背後からチョップかましてくんなよ!?」
「サリナちゃんの背中が寂しそうだったので、つい」
リコッタ嬢がベンチの隣にちょこんと座る。
同年代の王子様にお茶会に誘われて、そこで失踪事件に巻き込まれて、王宮の地下書庫でやばい亡霊の魔物に襲われて、大変な目に遭ったと聞いている。
そんなこともあってバタバタしていたのか、彼女がアカデミーに顔を出すのは二週間ぶり。サリナとしてはつるむ相手がいなくて退屈こそしていたものの、寂しく感じたことは一度もない。
……たぶん。
「最近、冒険してます? 腕が鈍ったりしていませんか」
「鍛錬は続けているけど、勉強が忙しくてご無沙汰ではあるかな」
「だと思いました。女学生らしくなってきたのはいい傾向なのですけど、ギラギラしていた頃のサリナちゃんがいなくなってしまったので、ここらでいっちょ喝を入れておこうかなと」
「久々に会って、やることがダメ出しかよ」
「むっとするということは、図星なのでしょう?」
思わず、ちっと舌打ち。
だから油断ならねえんだよな、リコは。
「力が欲しいか」
「急になに。怖いっつの」
「名付けて、サリナちゃんパワーアップ計画なのです」
「勝手に話を進めるな」
しかしリコッタ嬢は止まらない。
サリナが読んでいた参考書をひょいとつまみあげ、そのまま近くのゴミ箱に放り投げる。
あのなあ……と文句を言おうとしたところで、代わりに別の本を渡される。
今にも剥がれて崩れ落ちてしまいそうな、年季の入った装丁。
「禁呪古文書。王宮の地下書庫からパクってきました」
「ひゃっ!? なんてもんを!?」
「ちなみに普段はベッドの下に隠してあります。バレたら極刑なので」
慌てて丁寧に、腕に抱える。
超レア級の遺物を、エロ本みたいに扱うんじゃねえって。
退屈だとは感じていたけど、だからといってこれは刺激が強すぎる。
「禁呪古文書と言ってもそこに記されているのはただの魔法であり技術です。悪用を考えず安全に配慮をした上で活用すれば、むしろ人々に多大な益をもたらすでしょう。つまり我としてはせっかく手に入れたので色々試したいし遊んでみたい。なので実験台になっていただけませんか? サリナちゃんのことは親友だと思っているから頼んでいるのです」
相手の顔を見る。
……うわ、めっちゃキラキラした瞳。
こいつの場合、安全に配慮するといっても『死なないようにする』程度のニュアンスでしかない。
実験室のベッドに寝かされて目を覚ましてみれば緑色の肌をした筋肉ムキムキの怪物になっていた、くらいはありそうだから怖い。
そもそも親友だと思うなら実験台にするな、というのは置いておいて。
「薬を飲んでとか魔法を受けてみて、みたいなのは絶対に嫌」
「ええ……。腕を四本にしようと思っていたのですが」
「この話は終わりな。二度と口聞いてくんなよカス」
「ちょちょ、冗談なのです。さすがに我でもサリナちゃんを魔改造しませんって」
ほんとかなあ。そういうとこマジで信用できねえんだよな、リコは。
「なら魔道具はどうです」
「作るってこと? リコが? 禁呪古文書の技術を使って?」
「正確には人工生命ですが」
「もうちょいわかるように説明してくんないかな」
「インテリジェンス・ウェポン。すなわち、知性を持った武器なのです」




