9ー14 規格外の脅威
ジーク→マルローネ→オクスタイン視点になります。
数日後。
仕事を終えて帰宅したジークは、ソファに座るリコッタ嬢に言った。
「地下の書庫は立ち入り禁止区画に指定された。等級SS以上の魔物が出て王子が殺されかけたのだから当然か。所蔵されていた書物も、当面は閲覧不可能だな」
「やれやれなのです。せっかく人命救助に尽力したのに、その結果として目的が果たせなくなるとは。ドレスの弁償代くらいは出してもらえたのですか」
「たんまり貰ったから安心しろ。ご要望どおりカシオ殿下には『すべて夢だった』と伝えてあるし、今のところ疑う様子もないと、マルローネが報告してくれた。病院に見舞いへ行ったとき、君の正体についてあれこれ聞かれたよ。満身創痍だったが、彼女はちゃんと覚えているみたいだぞ」
「ジークはなんと?」
「知らないことは答えようがない」
リコッタ嬢はケラケラと笑った。
表向きはマルローネが単独で書庫の亡霊を討伐し、カシオ殿下を救出したことになっている。
しかし黄騎士団長殿をよく知る者であれば、それが実力的に不可能なのはわかるはずだ。
となると注目すべきは、同伴していたもうひとり。
頭に二本の角を生やしたお嬢さんである。
彼女は相変わらず『規格外の脅威』ではあるが、友好的であるうちは『王都の守護者』にもなりうる。今回の件でアリシア団長や上層部の連中は、あらためてその重要性に気づいたはずだ。
せめて自分が出席していればやんちゃな八歳児を野放しにせずに済んだし、なにより『王族に近づく』という目的も達成できたはずなのだが……討伐の要請が重なるとは、なにもかも間が悪かった。
ジークはため息を吐き、手に持っていた物をリビングのテーブルに放り投げる。
「晩餐会の招待状だ。今度はアインゼル殿下から」
「断っといてください」
「了解した。カシオ殿下からもいずれご招待があるだろうが、それは?」
「顔を出してやってもいいですかね。新しいドレスをご用意して」
「思いのほかノリノリだな。狙うのか、玉の輿」
「まさか。華やかな場は嫌いではありませんし、なにより」
リコッタ嬢はなにかを思いだしたように、くすくすと笑った。
「綺麗だねと言われると、悪い気はしません」
「なるほど。俺には足りない配慮だ」
◇
「マルローネ、僕は気づいたよ。優秀であれば愛される、なんて考えは間違っている」
「だからってサボっていいわけではありませんよ。カシオ様」
「自分の気持ちに素直になるべきだったのさ。おかげで最近は、毎日が楽しい」
書庫での事件以降、カシオ様はよく笑うようになった。
神童と呼ばれていた頃の大人びた姿はどこへやら。今では勉学に励むより、王宮の外へ抜けだして遊びに行くことのほうがずっと多くなっている。
魂を奪われたときのショックか、はたまたリコッタ嬢から悪い影響を受けたのか。当時のことはほとんど覚えていないようだが、深層心理の領域では大きな変化があったのかもしれない。
優等生が問題児に。
その変化のあおりを食らうのは師であるマルローネだ。
とはいえ、心の中には安堵と充実感に満ちていた。
手のかかる子ほど『可愛い』とは、よく言ったものである。
「アカデミーに通うのは難しいとしても、冒険者の資格くらいは取っておきたいな。叔父上だって若い頃は迷宮に出かけていたって聞いているし、上手くいけばリコッタ嬢に会えるかも」
「では、魔法の勉強だけでは足りませんね」
「迷宮について学ぶことも、武芸の鍛錬も、やれるだけのことはやっておかないといけないか」
「優秀であれば愛される、は必ずしも正しいとはかぎりませんが、強いほうがモテるのは事実ですから。彼女を振り向かせるのは大変ですよ。なにせ比較対象が」
「ジークフリード・ジフレッド」
「王都で最強の男です」
カシオ殿下は子どものように笑いながら、拳をぐっと握る。
「わからせてやるさ。彼女に相応しいワンちゃんは僕だってことを」
「……ん?」
◇
一方そのころ。
ロークランド伯爵オクスタインは、王都での滞在を終えて自らの領地へ帰ろうとしていた。
次に顔を出すのは半年以上は先になるだろう。
公務のついでに可愛い甥っ子の誕生日を祝うつもりだったのだが、失踪事件の事後処理でバタバタした結果、ほとんど話す時間がなかった。
だが、わざわざ出向いただけの収穫はあった。
リコッタ・パンケーキ。
黒騎士団が監視下に置き、あの筆頭騎士ジークが世話役となっている少女。
表向きはマルローネが救出したことになっているが、書庫の亡霊を討ち倒したのはあの小さなお嬢さんであることは間違いない。
連中はあれを魔族の末裔かなにかだと考えているようだが、オクスタインが見るかぎり『その程度』の存在で収まる器ではなかった。
太古の神々を、滅ぼしうる強さとなれば――。
「嬉しそうだな。オクスタインよ」
「アインゼル殿下。まさか、お見送りにきてくださるとは」
「お前の意見が聞きたいと思ってな。顔を合わせたのだろう、お茶会で」
サンドグリフォンの背にまたがり、砂漠の空へ羽ばたこうとする直前のことだった。
氷の貴公子と呼ばれる涼やかな美貌の王子が、意味ありげな微笑を向けている。
「我々の〝仲間〟かどうか、ということでございますね」
「彼女には魂がふたつある。であれば、権能を得た同胞であると考えるべきだ」
「禁呪は王族だけの物ではありませんよ」
「つまり、まったく別のところから来たと」
「確証はありません。しかしあの少女は、私の目から見ても異質でございました」
オクスタインはしばし無言になり、やがてためらいがちに言った。
「今ならば殺せます」
「興味深い提案だ。お前ほどの強者が、それほどまでに恐れるとは」
「不老の天賦と言い張れるのはあと数十年が限度です。さすがに百年二百年と生き長らえれば、不審に思う者が現れる。あのお嬢さんと戦うとするなら、人としての期限が短いこのオクスタインが適任でございましょう。下手をすればジーク殿とも、やりあうはめになりますからな」
「しかしそうなると我が国は、最強の筆頭騎士と辺境伯を同時に失うことになってしまう。やはり当面は、あの化け物を飼い慣らす方向で進めたほうがよさそうだ」
「御意に」
そう返事をすると、アインゼルは愉快そうに笑った。
「残念そうだな。オクスタインよ」
「辺境が、退屈というわけではございません」
「だが、お前は戦いに飢えている。いや――お前たちは、と言うべきか」
否定はしない。
なぜなら暴力は、もうひとりの『私』にとって。
とてもとても、楽しいことだからだ。
これにて第9話完結になります。
【リコッタ嬢からのコメント】
いつも読んでくれてありがとうなのです!
我のこと好き? 好きだよね? 好きって言え!!(メンヘラ仕草)
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