9ー13 亡霊の最期
マルローネ→リコッタ嬢視点になります。
「めんごめんご。カシオ殿下が笑えるくらい素直だったので、調子に乗って遊んでしまいました。バレたらジークに叱られそうですし、睡眠魔法を解いたら『亡霊に襲われたあとの出来事はすべて夢だった』ということにしておきましょう」
その言葉どおり、カシオ様は魔法をかけられてすやすやと眠っている。
同年代の女の子に調教されたことが、トラウマになっていなければいいが……。
王族に対してあまりにも不敬な扱いに釈然としないものの、だからといって今のマルローネにできることはなにもない。
それにこの状況でまず考えるべきは、目の前の魔物にどう対処するかだ。
「リコッタちゃんは、あれをどうやって倒すおつもりですか。私が試したかぎりでは、物理的干渉も魔法による攻撃も無効化されてしまいます。正直なところ打つ手がありません」
「本当にそうだったら、敵はああもビビっていないはずですよ」
彼女に言われて、亡霊の姿を観察する。
確かに……不自然ではある。
さきほどからなにかを警戒するように、攻撃を仕掛けてこない。
「王都の騎士様は、魔物との戦闘に特化しすぎなんですよねえ。相手を知性に欠けた害獣ではなく、自分たちと同じように様々な手段を駆使して戦う人間だと想定してみてください。我からしてみればお姉さんのような魔法の使い手がなぜ、このからくりに気づかないのか不思議です」
マルローネがきょとんとする中、リコッタ嬢は床に転がっている『ある物』を指さした。
――本。
ふたりの魂が溢れだしたときの反動で、表紙がボロボロになっている。
そこでもう一度亡霊を見て、わずかな変化に気づく。
「弱っている……?」
「出てくるついでにぶん殴ってやりましたからねえ。あれはいわば保管庫。中に仕舞いこんでいるのは奪った魂だけとはかぎりません。というより自らと強く結びつけなければ、媒介として機能させることはできないはずです。つまり――」
「本のように見えるものが、やつの実体ということですか」
「そして亡霊のような姿は、ただの分身にすぎないのです」
すっかり騙されていた。
やっていることは、マルローネが使っている戦術と大差ないというのに。
「あまり気を落とさないでください。そもそも使っている魔法の仕組みがわかったところで、人間〝ごとき〟が対処できるような相手ではありません。敵は今のところ魂を奪うという目的を優先していますが、それを断念して脅威の排除をすると決めた場合、次に起こす行動は――ほら」
床に転がっていた本が輝きを放ちながら霧散し、亡霊の中に吸いこまれていく。
直後、膨大な魔力の波動を感じ取る。
「分身と本体とで分たれていた『神格』を、再び融合させることでパワーアップ。臆病な連中にしては珍しく、不死性を犠牲にしてでも我のことをぶち殺そうとしています。そんなわけですからお姉さん、カシオ殿下を抱えて階段のほうまで走ってください」
「……私にできることがあるとすれば、それくらいなのでしょうね」
「ちなみに終わるまでは振り返らないでほしいのです。お茶会のためにおめかしをしてきましたが、この調子では台無しになってしまいそうですので」
軽やかに笑う彼女を見たあと、慌てて視線を逸らす。
カシオ殿下に睡眠魔法をかけた本当の理由を察して、マルローネは胸が苦しくなった。好意のあるなしはともかく、今の姿を『見られたくない』とは思うはずだ。
走りだす間際、亡霊と対峙せんとする〝なにか〟に言った。
「ごめんなさい。それから――ありがとう、リコッタちゃん」
◇
書庫全域を覆っていた【聖域化】の魔法が消失し、その構築に費やされていた力のすべてが目の前に立つ亡霊の身体に収束していく。
敵が神としての姿を取り戻そうとする一方で、リコッタ嬢も自らの本性を曝け出していく。
カシオ殿下に戦闘モードを見られたくないだとか、せっかく用意したふりふりドレスが無惨に破けてしまうことを悲しく思うのは、我の中にある人間の魂のほうだろうか。
それとも、化け物と呼ばれ蔑まれていた竜の魂のほうだろうか。
あるいは両方とも同じように感じていて、だからこそいっそう強く自らを疎むのかもしれない。
たとえ「綺麗だね」と、純粋無垢なまなざしで告げられようとも。
我が我であることは、決して変えることはできないのだ。
(うんざりするのです)
こんな近くに滅ぼしたはずの『過去』が。
神が、存在していたことに。
ただの生き残りや末裔であればまだマシだった。
しかし状況を見るに目の前にいる敵は、何者かによって使役されている。
迷宮の深層にグレーターデーモンやミノタウロスがいた時点で嫌な予感はしていたものの、魔族どころか神々すらも凌駕する存在が、エルカザードのどこかに潜んでいることになるわけだ。
書庫の亡霊を見つめる。
我という脅威に対して完全な状態を取り戻そうとしているようだが、あまり上手くはいっていないようだった。錆びついた剣と盾で魔物に立ち向かおうとしている老兵のようで、倒すべき相手であることも忘れて、哀れに感じてしまう。
しかもこいつは首輪で繋がれて、なんらかのろくでもない役目を背負わされて、戦いたくもないのに戦わされているのだ。
怒りに任せて神々を滅ぼしたのは我ではあるものの、長い年月を経てこうも落ちぶれてしまうとは思わなかった。
「――グガアアアアアアアッ!」
「ワンちゃんの真似がお上手ですけど、可愛くなければ意味ないです」
だからひと思いに、お掃除するといたしましょう。
ご安心なさい。
お前にそうさせたご主人様も、いずれ同じ目に遭わせてやりますから。




