9ー11 マルローネの死闘
マルローネ視点になります。
マルローネは孤独を知らない。
両親ともに健在だし、同僚や部下に恵まれているし、セクハラパワハラはあれど目上の先輩たちは親切だった。
良家のお嬢様として生まれながらも、冒険者としての資質があったために上流階級のドロドロとした人間関係とは無縁のまま。
やりたいことを好きなようにやり、最年少で騎士団長の座に登りつめた。
同世代に『規格外の天才』がいて、幼い頃からその背中を追い続けるはめになったが、そのおかげでここまで成長できたとも言える。
常に人の輪の中にあり、幾度かの挫折はあれど、周囲に愛され支えられてきた。
だから正直なところ、最初はどう接したらいいかわからなかった。
カシオ様と。
必死に背伸びしなければ誰からも愛されないと勘違いしている、孤独な少年と。
「僕に魔法を教えてほしい。君も忙しいだろうからたまにここに来て、道筋を立ててくれるだけでいい。そうすればあとは自分でなんとかするし、絶対に迷惑はかけないから」
その言葉どおり、カシオ様は優秀で手のかからない生徒だった。一を教えれば十を知るような感じでみるみうるうちに上達し、九歳になった今では大人顔負けの腕前になっている。
しかし世間で思われているような神童のイメージとは裏腹に余裕がなく、なにかに急かされて必死に学んでいるような雰囲気があった。
それは魔法にかぎらず、ありとあらゆる物事に対してだ。
両親に甘えたい年頃の少年が、王宮で大人たちに囲まれてひとりぼっち。
夢を語ることも弱音を吐くこともできず、ひたすら勉学に励んでいる。
そういう背中をずっと見てきたから、恋愛相談をされたときはほっとした。
カシオ様がようやく、子どもらしい表情をお見せになってくださった。
好きな子の気を引きたい。
見栄を張って、いいところを見せたい。
微笑ましくて、愛おしくて。
ならばこそ、守ってあげたいと思ってしまう。
◇
(……次がたぶん、最後でしょう)
リコッタ嬢が本の中に魂を吸いこまれてから、三分後。
マルローネはすでに限界を越えていた。
同時に呼びだせる分身の数は二体まで。
それらはすべて、本体と同等の戦闘能力を有している。
自身を含めて同時に三つの『意識』を処理するのは脳に多大な負荷がかかるものの、大抵の魔物はそれで対処できる。
たとえ絶望的な実力差があろうとも、十分程度なら問題なく時間稼ぎできるはずだ。交戦する前は、そんな見積もりを立てていた。
ところが、書庫の亡霊にかぎってはまったく通用しなかった。
ものの数十秒で消失し、さらに二体。
それもあっさりとやられ、血反吐を吐いている。
一日に四体。
それ以上の分身は危険だと、主治医に言われていたことを思いだす。
とはいえ命を削ったおかげで亡霊を引き剥がすことに成功し、今はだいぶ離れたところにいる。
マルローネ本体は逃げまわったあげく最初の位置に戻ってきていて、近くにはカシオとリコッタ嬢の抜け殻が転がっている。魂が戻らなければ助けようもないが、ふたりの身体は依然としてぴくりとも動かない。
そもそもカシオ様の魂を呼び戻したあと、あの亡霊にどう対処すればいいのか。
この調子だと、隙を見て逃げることすら難しい。
時間稼ぎをするにせよ、逃げまわるだけではジリ貧になってしまう。
怯ませる程度でいいから、動きを止める手段を見つけなければ。
マルローネは息を吐き、破裂しそうな心臓を手で押さえ、再び二体の分身を呼びだす。
やがて入り組んだ書庫の通路を縫うようにして、亡霊が迫ってくる。
物理的に干渉できないなら、魔法で突破口を開くしかない。今のところダメージを与えられた様子はないが、弱点は必ず存在するはずだ。
「玉砕覚悟で、やるしかありませんね!」
「――ッ!」
分身を左右に展開し、三角形の陣を作って迎え撃つ。
火の玉、雷撃、氷結の矢。
そのすべてがかき消されるものの、攻撃の手は緩めない。
魔道具が普及した今、複数の魔法を習得する意義は薄い。
それでも研鑽を欠かさなかったのは、こういう状況に備えてのことである。
未知の敵に対抗するには、とにかく手札を増やして、あらゆる方法を試してみるしかない。覚えている魔法の数だけ、すなわち努力を重ねたぶんだけ、最後まであがくことができる。
奮闘虚しく魔力が尽きて、分身はあれよあれよという間にくびり殺されていく。死の反動を味わい頭をガクガクと震わせ、今にも膝から崩れ落ちそうになる。
だとしてもマルローネは歯を食いしばり、亡霊を睨みつける。
騎士としての使命。
大人としての義務。
家庭教師としての責任。
道義的精神や後悔だけでは、こうも踏ん張ることはできない。
自らの命を燃やし尽くしても、絶望に立ち向かうのは――。
「愛ゆえに、なのです」
どこからか、声が響く。
直後、至近距離でなにかが弾けて、亡霊がその衝撃で仰け反った。
本だ。
敵が手に持っていた、魂を奪うための媒介。
そこから眩いばかりの光が溢れだし、暗闇に包まれた書庫を照らしだす。
すこし離れていたところで倒れていた少女が立ちあがり、続けてもうひとりの少年もよろよろと起きあがる。
不思議なことに、マルローネ以上に亡霊のほうが唖然としている。
その無機質な頭部からは表情を窺うことはできないものの、あきらかに怯んでいる様子だった。
――リコッタ・パンケーキ嬢。
彼女が何者なのかは、さっぱり見当がつかない。
ただ、時間を稼ぐだけでいいと言われた理由はよくわかった。
筆頭騎士ジークのような。
あるいは規格外の天才である彼を、はるかに上回るほどの。
絶対的な、存在感。




