1ー8 リコッタ嬢暗殺計画
エヴァンジェリン視点になります。
朝。リコッタたちが挨拶をした直後。
お隣さんことエヴァンジェリン・エヴァンス嬢は、不治の病によって死にかけていた。
最後の力を振り絞って屋敷に戻ると、玄関の手すりに寄りかかってくずおれる。
物音で異変に気づいたのか、執事のセバスが慌ててやってくる。
王宮を飛びだして以降、ともに暮らしている侍従はこの老人だけ。
しかしもっとも有能で、そして一番の理解者だ。
「エヴァンジェリン様っ! お気を確かに!」
「お願い……。今すぐ……あれを……」
「そうおっしゃられるかと思い、すでに準備しております。お手をどうぞ」
差しだされたものを、強く握る。
心を強く持たないと、今にも口から血を吐いて事切れてしまいそうだった。
ひゅーひゅーとか細い息を吐き、この病にもっとも効く『薬』を鼻に近づける。
「ジーク様の……ハンカチ……ああ、なんて芳しい……」
「ゴミを漁って回収した甲斐がありましたな! チャリティーオークションで落札した士官学校時代の制服もありますぞ。それから、王都の職人に作らせたぬいぐるみも!」
「すーはーすーはー……。ふふ、このジト目なんて完璧な再現度ね。たまらん」
あらゆる手を尽くして集めた『ジーク様グッズ』を愛でるうちに、エヴァンジェリンの顔色は劇的に良くなっていく。身体の内側から生きる力が湧いてきて、多幸感でいっぱいになる。
そう、彼女が患っているのは恋の病。
あまりにも想いが強すぎて、発作を起こすレベルまで悪化した巨大感情である。
「いったいなにがありましたので? さきほどあの方がご挨拶にこられたようですが」
「緊急事態よ。とんでもないライバルが現れたの!」
その名もリコッタ・パンケーキ。
ひとまず老執事に、さきほどのことを説明する。
「なるほど。さすがは筆頭騎士。まだお若いのに、身寄りのないお子さんを預かるとは」
「感心している場合じゃないわ。あいつは絶対にジーク様を狙っている」
「しかし相手は七歳児なのでしょう? 異性に恋愛感情を抱くには早すぎるのでは。それに高潔な騎士様が幼い少女に手を出すとは、到底考えられぬことだと思いますが」
「直に見てないからそう言えるのよ。あたしはすぐに確信したわ、とんでもない魔女だと」
エヴァンジェリンは歯ぎしりする。
挨拶を交わしたあと、ジーク様はだいたいの経緯を語ってくれた。
闇オークションで売られていた。
獣人の。
孤児。
美少女。
頭に角。
ギザ歯。
「全体的に『癖』が強いっ!」
「なんですか、それ?」
セバスが横で困惑している。
古い人間にはわからないのだ。あの小娘の中に潜む魔性に。
「まずい……まずいったらまずいのだわ。あたしってほら、どちらかというと正統派ヒロインタイプでしょ? でも今のトレンドってあーいう感じのアクが強い女の子だから、一緒に暮らしていたらジーク様もそっちの趣向に目覚めてしまうかも」
「エヴァンジェリン様。いかがわしい書物を読むのはお控えくださいとあれほど……」
「お黙り。時代の一歩先を行くためには、幅広く叡智を集めるべきなの」
「進みすぎたのでは?」
老執事の冷静なツッコミにも、エヴァンジェリンはまったく動じない。
頭の中は、どうすればこの危機を乗り越えられるかでいっぱいだ。
しばらく考えこみ、やがてひとつの解を得る。
それは――。
「殺すしかないわね。あの子を」
「ええ……」
「手段は任せるから。頼んだわよセバス」
彼女はそう言ったあと、歌のレッスンをするために出かけていった。
ひとり玄関に残された老執事は、頭を抱えこむ。
主の我儘は、今にはじまったことではない。
実はこれまでに何度か、同じような手段を講じている。
さすがに殺したことはなかったが……。
ジークが二十六歳にしていまだ独身でいる理由。
それはとんでもなくやべえ『お隣さん』に、執着されていたからである。
◇
王族の女は恐ろしい。
財力があり、自らに害をなす存在に容赦しない。
エヴァンジェリンは歌姫として活動する中で、裏社会とのコネクションを持っていた。
執事のセバス・イアンにいたっては、かつて王国諜報部に所属していた凄腕。
ゆえにリコッタ嬢暗殺計画は、驚くべき早さで進められた。
「ガキひとり殺すのに俺様を使うとは、お姫様は贅沢だな」
「あの筆頭騎士と暮らしているのです。そして、計画の失敗は許されない」
「確かに……一流の暗殺者でも難しいだろう。しかしお前の目の前にいるのは超一流、そしてあの男と同じ『天賦持ち』だ。筆頭騎士本人をやれと言われたら断ったが、標的が家族ならば問題ない。ただし、実行に移すなら早いほうがいいな」
「なぜです?」
「子守りに慣れていないからさ。世話を焼くのに手一杯で、周囲を警戒できていない」
なるほど。そういう考え方もあるのか。
セバスは納得し、あらためて暗殺を依頼する。
昔馴染みだから安くしておくと言われたが、それでも三千万ドゥルだ。
しかし、それだけの大金を払う価値はある。
冒険者殺し。宵闇の魔術師。死神。
現在は『ゲシュペンスト』と名乗っている、伝説級の凄腕。




