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1ー9 あなたの無様で可愛いところを見せてほしいのです

前半、暗殺者視点。後半からリコッタ嬢視点に戻ります。

 そして再び、現在。

 屋台をめぐり早めの夕食を楽しんでいるふたりを、暗殺者は冷静に観察していた。

 この様子なら、今日のうちに片をつけられるかもしれない。


 長身の筆頭騎士に、宝石のように可憐な少女。実に映える組みあわせであり、市場の喧騒の中にあってもその一角だけは、満開の花が咲いているかのごとく色づいている。

 衆人環視の中では難しい――と考えるのは素人だ。

 むしろ周囲に気配を溶けこませられるので好都合。

 とくに相手があのジークともなれば、ほんのわずかな感知でも察知されてしまう。

 

 陽が沈みゆく頃合いを狙って、じりじりと近づいていく。

 足を引きずり、身体の不自由な老人に擬態しながら。


 ジークフリード・ジフレッドは、白いシャツと黒のトラウザーという格好だ。

 任務中ではないからか、獅子の紋章がかたどられたペンダントを身につけていない。

 しかし持ち歩いてはいるようだ。

 トラウザーのポケットから、金色のチェーンが伸びている。


 こうも日射に照らされていると、アクセサリーのたぐいは身につけないほうが正解だ。

 現に筆頭騎士はシャツのボタンを外し、空いているほうの手でパタパタとあおいでいる。

 あごから首筋、鎖骨のあたりに向かって汗が滴り落ちる様は、同じ男から見ても色気があった。


 まだ、気づかれていない。ゲシュペンストは覚悟を決めた。

 ボロ布のようなベストに忍ばせておいた、吹き矢を構える。

 そして射程ギリギリのところにいる、無関係の人間を狙う。


 ガッとうめき声をあげ、泡を吹いて倒れる露店の店主。

 ジークが即座に異変に気づき、慌てて駆け寄る。


「――大丈夫か!? 待っていろ、医者か治癒術士を呼んでやるからな」


 ゲシュペンストはほくそ笑む。

 彼の意識は今、助けるべき命に全集中している。

 ジークフリード・ジフレッド最大の弱点は、戦士である前に騎士であることだ。


 音もなく忍び寄り、トラウザーのポケットに手を突っこむ。

 騎士の証であるペンダント。

 純金製だから潰せば高値で売れるし、スリが狙うものとして不自然ではない。

 もちろん紛失すれば、始末書どころでは済まない。


 ジークは「あっ!」と声をあげるも、要救助者の介抱に手が離せない。

 隣でぽかんと口を開けているリコッタ嬢。

 このタイミングで暗殺を仕掛けることもできそうだ。

 ただ万が一を考えると、いったん引き離しておくべきか。


 脱兎のごとく走り去るゲシュペンスト。

 背後から、甲高い少女の声が響く。


「おにょれ盗人めぇ! 我がすぐに取り返してくるのです!」


 ◇

 

 意外なことに少女の足はとんでもなく速かった。

 それでもどうにか、ひとけのない路地裏におびき寄せる。


 ゲシュペンストは額の汗をぬぐいながら、相手を見る。

 夕日を背にしてじりじりと近づいてくる姿に、言いようのない違和感を抱く。


 ――隙がいっさい見当たらない。

 まるで名のある冒険者と、向かいあったときのような。


 誤算だった。

 筆頭騎士ばかりに気を取られ、肝心の標的について無警戒だった。

 すぐに追いつかれてしまったことからして、ただの子どもではないだろう。

 獣人か。

 連中にはたまにこういう『化け物』がいるから、厄介だ。


「すまねえ、ほんの出来心でさ。盗んだものは返すから見逃しちゃくれねえか」

「では地面に置いて、立ち去るのです」

「お嬢ちゃん……。嘘はよくねえよ」

「あなたのほうこそ、我がペンダントを拾う瞬間を狙っていますよね?」


 仕事を忘れて感心してしまう。まだ幼いのに、場慣れしている。 

 少女は一向に隙を見せる様子がない。

 これがペンダントをくすねるときに、隣でぽけっとしていたお嬢ちゃんか? 

 きびすを返した瞬間に、首を捻られてしまいそうな威圧感だ。


 ゲシュペンストはペンダントを地面に置き、構えを取る。

 相手の力量は未知数。うかうかしていたら筆頭騎士も来る。

 ならば最初から本気で行くべきだ。


 ――ブゥン。羽虫が飛ぶような音が響く。

 路地裏が漆黒の闇に包まれるのを見て、少女が驚きをあらわにする。


「なんと。我の知らない魔法なのです」

「当たり前だ。これは俺様だけの力だからな」


 ――黒牢結界。

 自身と標的を別の空間に閉じこめる、ゲシュペンストの『天賦』だ。

 こうしておけば筆頭騎士に、乱入されることはない。


 リコッタ嬢は周囲を観察したのち、楽しそうに呟く。


「時間の流れがゆるやかに感じますね。しかも、我のところだけ」

「自分は有利に相手は不利に。それが結界系天賦の特徴だ」

「素晴らしい! どうすれば使えるようになるのです?」

「知らん。日頃の行いがいいから、神様が授けてくれたのかもしれないな」


 天賦とはそういうものだ。

 原理は不明。

 一説によると、あらゆる種族の中で人間だけが持つ異能だという。

 効果としては魔法に近いのだが、まったく別の力とされている。

 だから――こんなこともできる。


 異変を感じとり、少女は再度、感嘆の声を漏らす。


「魔法との両立も可能なのですか」

「その通り。今のお前は天賦による結界と魔法による結界で二重に弱体化された状態にある。詳しく調べたわけではないが、行動速度はざっと三分の一。身体能力は半分ほどまで衰えている」

「七歳の女の子相手に、ずいぶんと慎重なことで」


 ゲシュペンストはひひっと笑った。


「余裕ぶっていられるのも今のうちだぜ、お嬢ちゃん。俺様は狙った標的を絶対に逃さない。だからこうして自分の能力についてべらべらと喋ることもできるわけだ」

「なるほど。お話を聞くかぎり、ただの盗人ではなさそうですね」

「恨むなら依頼主にするんだな。あんたは只者じゃねえんだろうが、この結界に囚われた時点で勝ち目はない。ミスリル級の冒険者ですら、なにもできずになぶり殺しにされたんだからな」

「ふふ。舐められたものです。我を『ただの人間』と同列に扱うとは」


 リコッタ嬢はなおも余裕げな笑みを浮かべている。

 ミスリル級は間違っても『ただの人間』と、侮られるような等級ではない。

 アダマン級のジークほどではないにせよ、王国にもごく一握りしかいない精鋭中の精鋭だ。


 幼さゆえの、自らの実力の過大評価か? 

 それとも――。

 

「実は今日些細な失敗をいたしまして、悩んでいたのです。みんなに愛されるような存在になりたいと願うのは、裏を返せば『嫌われるような行動は控え、多方面に良い印象を与えようと努力する』ことでもあります。でも……それってちょっと疲れますよね。楽しく暮らしたいとも願っていますのに、愛されるように生きようとすると窮屈になってしまって、両立するのがなかなか難しそうなのです。しかしあなたとお会いして、なんとなく答えが見えてきました」

「どうした、急に」

「わかりませんか? 我は今、選別しているのです」


 なにを?

 

「殴っていい相手と、そうでない相手を」


 相手の姿がふっと消えた。

 次の瞬間、ゲシュペンストの身体が紙屑のように吹っ飛んだ。

 遅れて、鈍い痛み。

 しかしそれよりも、驚きのほうが大きかった。


「がっ……! 馬鹿な! 結界が効いていないだと!?」

「いえいえ。ばっちり遅くなっています。パワーもだいぶ落ちていますね。今ので仕留めるつもりでしたのに、まだピンピンしているのですから。次はもうちょい強くいきますよ」

「おぼっ! 速い速い速い! ま、待って……」

「えーい、なのです」


 少女はふわりと宙を舞い、軽やかな動きで回し蹴りを放ってくる。

 しかし一撃はありえないほど重い。

 とっさに防御するも、腕ごと持っていかれてしまった。


 状況についていけない。 

 天賦と魔法による多重結界は効いているはずなのに、相手は平然と動いている。

 弱体されてなお――この速さと威力なのか!?


「罪なき少女を狙う暗殺者! 正義の鉄槌を下されて然るべき社会のクズ! ゆえにどんだけしばいたとしても、みんなに嫌われることはありません。むしろ感謝されるかもしれないです。ありがたい。ありがたいですよねえ。やはり世の中には雑に扱っても問題ない底辺の生き物が必要なのです。もっと泣いてわめいて、あなたの無様で可愛いところを見せてほしいのです」

「あぎゃっ! やめ、やめて……」

「そうそう。他人をおもちゃにするのってほんと楽しい!」 


 ゲシュペンストは無様に悲鳴をあげ、ごろごろと転がった。

 真に恐ろしいのはこれほどの動きを見せているにも関わらず、相手からまったく魔力の気配を感じないことだ。身体強化の魔法すらかけていない――素の状態で、多重結界の弱体を受けながら神速の攻撃を繰り出しているのである。


 もはや悪夢だ。現実感がまるでない。

 ひひひ、ひひひと、自分の口から漏れたとは思えない笑い声が響いている。

 相手もクスクスと笑っていた。


「さて。汚物は消毒いたしましょう」


 少女はいったん距離を取り、胸いっぱいに息を吸う。

 そしてお歌を口ずさむように、そっと吐きだした。

 花の蕾のように愛らしい口から、炎の奔流が溢れだす。 

 

 視界が真っ赤に染まる。

 驚きも。

 熱を感じる暇さえなく。

 ゲシュペンストと呼ばれた暗殺者は、跡形もなく燃えつきた。


 ◇


 気がつくと、リコッタ嬢は路地裏に立っていた。

 術者が息絶えたことで結界が消滅したのだろう。

 見れば地面にぽつんと、ジークのペンダントが転がっている。


 よかった。

 一緒に燃やしてしまったかと思った。

 そう安堵したのも束の間、


「げほっ……げほげほ! おぼっ……ぎひぃ!」

 

 死ぬほどむせた。

 やる前に気づくべきだった。

 この身体は火を吐くのに向いていない。

 地べたに転がってのたうちまわっていると、ジークがようやく姿を見せる。


「大丈夫か!? リコッタ嬢!」

「も、問題ないのです。盗まれたペンダントもばっちり取り返しておきましたよ」

「そんなことは今どうでもいい! どこも怪我はしていないか?」


 我がピンピンしていることを確認して、騎士様は安堵の息を漏らす。

 心配していたのはわかるがほっぺたをぐりぐりするな。無礼者。


「頼むから無茶しないでくれ。ペンダントなら代わりはいくらでもあるが、君はそうじゃない」

「でしたらそそっかしい真似をしないよう気をつけるべきです。普段むっつりと偉そうにしているくせに、盗人ごときにしてやられるとは。筆頭騎士って案外たいしたことないのですね」

「ぐっ……。返す言葉もないな」


 本気でショックを受けているようだったので、ちょっと面白かった。

 我はジークに嫌われたくないが、嫌がることをするのは大好きらしい。

 満足したところで、膝をついたまま両手を伸ばす。

 あえて言葉にせずとも、騎士様は小さな身体をぐっと抱えあげてくれた。


「おんぶではなくお姫様だっこ」

「やかましい。これだって人に見られたら恥ずかしいんだぞ」

「いいじゃないですか。好感度めっちゃ上がりますよ」

「子どものくせに可愛くない発想だな」


 今度はジークが痛いところを突いてくる。

 純粋な少女を演じるのは難しい。

 ならば黙っていたほうが、ボロを出さずにすむだろう。


 そのまま夜の市場で、通行人にクスクスと笑われながら。

 帰る家があるのはいいものだと、つくづく思った。

次回から第二話になります。

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