2ー1 ミステリアスで危険な香りがする美女を目指そう
ジークに拾われてから二週間が経つと、リコッタ・パンケーキとしての生活も板についてきた。
お上品で愛嬌のある無害なお嬢さんとして、一定の信頼を得ることに成功したのである。
今では騎士様も我に留守を任せ、仕事に出るようになっている。
当初の目論見どおりの、理想的な環境。
毎日だらだらなにもせず、飼い猫のように甘やかされて暮らす。
ふはは。思っていたよりチョロかったな!
やはり我が可愛すぎるからか?
しかし暗殺者に命を狙われた事実は、心に留めておくべきだ。
誰が? なんのために?
我のことだから知らぬところで恨みを買った可能性はあるものの、一番ありえるのは裏社会の連中だ。
つまり闇オークションを台無しにされたことに対する報復である。
ジークが定期購読している大衆紙の情報によれば、人身売買や遺物の違法取引に関与していた組織は騎士団によってあらかた一掃されたらしい。
しかし中には闇にまぎれて逃げおおせた者もいるだろうし、そいつらが我の暗殺を依頼したとなれば筋は通る。
問題となるのは犯人が誰かというより、今後どう対処するかである。
うえーん! 怖いのですー! とジークに泣きつく手もある。
ただ我としては、この機会にちょっと試してみたい。
社会のゴミをお掃除することを。
といっても正義の味方を気取るつもりはない。
そんなのは騎士団に任せておけばいい。
力を誇示すれば期待され、優秀であることを示せば責任を押しつけられる。
ゆえにか弱い少女を演じ、毎日だらだらと過ごす。
その基本方針は変わらない。
とはいえたまにはストレスを発散しないと、我の中にある竜の性質は抑えられないと気づいた。
他人をおもちゃにして遊ぶのはとっても楽しい。その気持ちに嘘はつけないのだ。
対象が社会のクズなら、良心は痛まない。
我の命を狙う不届き者ならば、正当防衛という大義名分までついてくる。
相手の出方を待つのは性分ではないし、ならばいっそこちらから先に仕掛けてやれ。
毎日だらだらと暮らすといっても、趣味のひとつやふたつはあったほうがいい。
飼い猫だって鼠を獲ってくるわけだしな。
大事なのはバランスだ。
竜と人の魂の調和を保ち、新たな社会に馴染んでいく。
みんなに愛され、毎日『楽しく』暮らすために。
無害なお嬢さんとしての生活を習慣化しつつ、ジークを籠絡して理想の甘やかされ環境を構築する。
その中で徐々に溜まっていく破壊衝動やらストレスやら悪戯心やらを発散させるべく、社会のゴミをお掃除するというボランティア活動に勤しむ。
ふふ、我ながら完璧な計画。
ゆくゆくはお上品で愛嬌があるだけでなく、ミステリアスで危険な香りがする美女を目指すとしよう。
そうすればよりいっそう広い層からの支持を集められるだろう。
……とまあ、午前中はそんな感じのことを考えながらだらだらと過ごした。
お昼になるとジークが戻ってきて食事を作ってくれるので、リビングで一緒に食べる。
最近は栄養バランスまで考えているらしく、肉や玉子だけでなく野菜をもりもり皿に盛ってくるから困ったものだ。しばらく預かるだけと言いつつ、早くも我の将来の心配までしている。
ソファでごろごろしていると無理やり起こされて、頼んでもいないのに髪をとかしてくれる。
ジークは幼いころから姉と暮らしていたらしいので、女の扱いに慣れている。
というより半ば強迫観念的に、世話を焼かなければというスイッチが入るようだ。
すっげえズボラだったのだとか。姉。
我としては感謝したい。この男を教育(調教)してくれてありがとうと。
騎士様を職場に送りだしたあとは、午後の自由時間。
さすがに一日中なにもしていないのは飽きるので、大衆紙や本を読んでエルカザードについての知識を深める。
ちなみにジークに頼めば魔法の技術書も借りてくれる。
とはいえやりすぎは禁物。熱心に勉強しているところを見られると期待されてしまう。
すでにちょっと危険な気配があるからな。
お受験もあるか……とジークが呟いているところも見たし。だから気が早いって。
なので女児らしく、最近はお庭で遊ぶことにしている。
裸足になって地面と触れあい、草木や蝶、鳥さんと親交を深めるのだ。
たとえば、こんなふうに。
(最近の進捗はどう?)
(すでにいくつかの候補は見つけております、我らが主。もっとも人間の言葉は理解できぬゆえ、怪しい行動をしている連中というだけですが)
(暗殺の依頼者を探してくれることまではお願いしていませんし気にしないでください。そもそも現状としてさほど重要ではありませんしね。しらみつぶしに当たっていけば、いずれはたどり着くでしょう)
(社会のクズならなんでもいいの? おひいさま)
(こいつ嫌いだから成敗して、でもオッケーなのです。犯罪者であれば)
(じゃあじゃあ違法薬物の密売人なんてどうかな。あいつら根こそぎ持ってくの、オアシスから)
(原料となるサボテンさんですか? お友達の)
(カクタシーっていうの。今度紹介するね)
こうしてコミュニケーションの輪が広がっていくわけである。
ゲスジゴクだったころに魔力を費やして大地に豊穣をもたらした結果、この世界に芽吹いている自然のほとんどは我に対して恩義を感じている。
ゆえに知っていることならなんでも答えてくれるし、頼めば力になってくれるのだ。
ぶっちゃけ人間を相手にするよりよっぽど楽。
お花やちょうちょに話しかけている姿は絵になるしな、我。
内容はかなり物騒ではあるが。
なんて考えていたちょうどそのとき、ふいに視線を感じた。
顔をあげると『お隣さん』ことエヴァンジェリン嬢が、二階の窓からこちらを覗いていることに気づく。
歌手の活動で忙しいと聞くが、今日はお休みなのだろうか。
純朴な幼女アピールをするべく「あーい」とご挨拶すると、相手もぎこちない笑みを浮かべて手を振り返してくる。しかしすぐにさっと部屋の奥に消えてしまった。
いまだに距離を感じるな。まあ想い人にいきなり『コブ』がついたらそうなるか。
できれば彼女とは仲良くしときたいのだが。
なにせ王族で歌姫だ。
高級レストランとか晩餐会とかに連れていってくれるかもしれない。
そこで庭に生えた花が言った。
(あの子ちょっと感じ悪くない? いつもこっち見てくるし)
(ジーク様が気になるだけでしょう。おしべとめしべ、わかります?)
(でもこの前なんて、あの子の家の執事が勝手に庭に入ってきたのよ。ため息吐きながら草むしりだして……そういうのって人間の世界だと縄張り荒らしにならないのかな)
お隣さんあるあるだ。
灼熱の太陽の下でもたくましく根を張るエルカザードの植物は、うっかり手入れを怠るとどんどん茂って隣家との垣根を越えてしまう。つい最近まで子守りに手一杯でジークも庭の管理をおろそかにしていたから、見かねてあちらの執事さんが草むしりしてくれたのだろう。
一応、我もやっとくか。
そう思いぷちぷち草を抜いていくと、さっきまで仲良く話していた花たちが一斉に文句を言ってくる。
やらなきゃやらないで庭がどんどん荒れていくだろうが。
自然の相手もけっこう面倒くさいな。やれやれ。




