2ー2 カクタシーについて
前半エヴァンジェリン視点、後半ジーク視点になります。
「ねえ、なんであのガキまだ生きているの?」
「落ち着いてくださいエヴァンジェリン様。実は依頼した暗殺者と連絡が取れなくなりまして、状況から察するにしくじったのかと」
「それってやばくない? あたしが頼んだってバレてたら……」
「ジーク様のご様子を見るにその心配はいらないかと。とくに警戒されていないですし」
「言われてみればそうね。腐ってもプロなら情報は漏らさないか」
エヴァンジェリンは納得したあと、ティーカップに口をつける。
だとしても念のため、当面の間は目立った行動は控えるべきか。
あのお方のそばにいるべきはあたしなのに……。歯がゆいが、今は我慢するほかない。
そこで執事のセバスが紙束を渡してくる。
「標的の情報について集めてみたところ、リコッタなる娘は相当な訳ありだったようです。次からはもっと慎重に計画を練るべきでしょう。私としても迂闊すぎました」
「騎士団の最重要監視対象? あの子っていったい何者なの?」
「現在のところ不明です。ジーク様が引き取られたのも、それを探るためのようですから」
状況は思っていた以上に複雑なようだ。
そして知れば知るほど、あのクソガキの厄介さが増してくる。
全体的に『癖』が強くて可愛いだけじゃなくて、ミステリアスで危険な香りまでするなんて。
うかうかしてはいられない。
なんとしてでも、ジーク様のおそばから排除しなくては。
あらためて決意したあと、セバスが淹れてくれたお茶を楽しむ。
「いい香りね。さすがはジーク様のお庭に生えた草」
「おかげで今日はすこぶる調子がよさそうでございますね。エヴァンジェリン様」
お麗しく、凛々しいだけでなく。
健康にもいいだなんて、やっぱりあのお方は最高だ。
◇
黒騎士団本部。リコッタ嬢が違法薬物の密売人に狙いを定めたのと時を同じくして、ジークたち騎士団もまたそういった連中の捜査体制を強化する方針でまとまっていた。
ただ人身売買や遺物の違法取引とは異なり、原則として単純所持と使用による現行犯逮捕のみ。さらには取引が小規模かつ巧妙に偽装されているとあって、万年人手不足の黒騎士団としては取り締まりが追いつかないのが実情だった。
敵は雑草のように繁殖力が強く、うっかり手入れを怠ればまたたくまに勢力を伸ばしてしまう。
王都のいたるところで静かにしたたかに、新たに芽吹くはずだった草花を枯らしている。
ならばやはり一気に、根本から断つべきだ。
前回よりもさらに大規模で電撃的な、違法薬物製造拠点の一斉摘発。
しかし黒騎士団が鼻息を荒くする一方、貴族出身のエリートどもは非協力的。
白騎士団青騎士団ともに合同捜査の打診を拒否。
俺たちは魔物の討伐や迷宮の探索任務で忙しい。
そういう小さな仕事は君たちが適任だろ? というのが彼らの言い分だ。
おかげでアリシア団長の機嫌がめちゃくちゃ悪かった。
ミーティングの間、五秒に一回はため息を吐いていたのではないか。
他の騎士たちが会議室をあとにしても、ジークはその場に居残って彼女の相手をする。
上司のメンタルケアも部下の仕事だ。普通は逆のような気もするが。
「ジーク君はカクタシーについて、どのくらい知っている?」
「昔はマジックポーションの原料として使われていたとか」
「そうね。私が騎士になったばかりのころは……コホン」
途中でわざとらしく咳払い。
カクタシー由来のマジックポーションに重度の依存性があることが発覚し、禁止薬物に指定されたのはかれこれ二十年前のこと。騎士団の入団試験を受けられるのが十八歳からという事実を考慮すると、現在の年齢がだいたい推測できてしまう――と気づいたのだろう。
見た目は同い年くらいに見えるのだけどな。
ジークは気まずい空気の中、相手が再び口を開くのを待った。
「当時としては革新的な発明だったわ。マジックポーションの使用を前提とした魔法使いパーティーによる速攻戦術が爆発的に流行して、ものすごい勢いで迷宮が攻略されていった。でもその代償として街中に中毒患者が溢れることになったの。本来ならもっと長く活動できるはずだった人たちが、いっときの栄光だけを歴史に刻んで消えていった。いえ、実情はもっとひどいかも」
やがて別の原料による安全性の高いマジックポーションが発明され、さらには遺物のレプリカである『魔道具』が量産化されたことによって、魔法使い主体のパーティーは廃れていった。
しかしポーション中毒によって壊れた冒険者は、今なお王都の裏社会に潜んでいる。
当時その使用を奨励した冒険者ギルドも、画期的な発明と大々的に宣伝した魔法協会も、彼らに対して責任を取らなかった。となれば、あとは犯罪者として生きるほかない。
この問題の根が深いのは、禁止薬物に指定されて以降も裏社会では相変わらずの人気で取引されていることだろう。魔力を回復させるためではなく、快楽目的の薬物として。
「今の話を聞いて、ジーク君はカクタシーについてどう感じるかな」
「厄介なサボテンもあったもんだなと」
「彼らに罪はないわよ。むしろ被害者かも」
「気になる言い方をしますね。もしかして……魔物なんですか?」
「そうよ。人型の、それも小さな子どもの姿をした」
ジークは思わず顔をしかめた。
忌まわしい禁止薬物の歴史と、それによって壊された才能の話――で終わらないのかよ。
続いて見せられたのは、薬剤の原料となる成分を抽出する工程について記されたレポートだった。
ご丁寧なことに魔力式映写機によって撮影された、現場の写真まで載っている。
「魔物愛護団体が見たら卒倒しそうですね」
「カクタシーの生命力が高く痛みを感じないという性質は、神様が与えた恩寵なのかしらね。でもこんなふうにされれば当然弱っていくし、ストレスを与えれば与えるほど『成分が濃くなる』と判明してからは、様々な道具を駆使して抽出する方法を工夫するようになった」
「あらゆる点において倫理的に問題がある。なのに実質、野放しにされている」
「どうしてだと思う?」
社会にあぶれた中毒者たちの不満を、原因を作ったカクタシーにぶつけさせるために、か。
一般の民を標的にされるより、魔物でうさ晴らししてもらったほうが問題は少ない。
無害なサボテンを痛めつけて原料を抽出する行為そのものが、もうひとつの『快楽』になっている。
「もしかして他の団の連中が非協力的なのも、それが理由ですか」
「ないとは言えないわね。人型の、子どもみたいな魔物って人気があるから」
王族の変態どもにか。
残念ながら、これがエルカザードの現状だ。
闇オークションをぶっ潰しただけでは、胸糞悪い現実は変わらない。
◇
その後も仕事に忙殺され、屋敷に戻るころにはだいぶ遅い時間になっていた。
一応こういうときのために昼の残りを魔力式冷蔵庫(砂漠の国では必需品だ)に入れておくようにしているのだが、リコッタ嬢はそれを平らげたあとでも腹をぐーぐー鳴らしながらリビングでジークの帰りを待ちわびていた。
夕食の用意をするためにテーブルを片づけていると、魔物図鑑が目についた。
リコッタ嬢が読んでいたのだろう。
彼女に割り当てたのは姉の部屋だったから、本棚にそのまま残っていたのかも知れない。
しおりが挟まったページを開いてみると、カクタシーの項目だった。
眉間にしわを寄せてしまう。
得体の知れないところがあるとはいえ、さすがに偶然だろうが。
「ジークもサボテンさんのお勉強ですか? 奇遇ですね」
「鞄の中を勝手に見るな。お行儀が悪いと、夕食を作らんぞ」
職場から持ち帰った資料を、リコッタ嬢がぺらぺらとめくっている。
マジックポーション製造の凄惨な現場も載っているので慌ててひったくるものの、顔色ひとつ変えていない。
タクヤなら吐いていそうな写真なんだけどな。
「カクタシーさんとお友達になりたいのです」
「意味がわかっていて言っているのか?」
「はて。無邪気な子どもの思いつきですが」
自称されるとまったく無邪気に見えなかった。
ちなみに『サボテンのお友だち(カクタシーフレンズ)』というのはポーション中毒者を示すスラングだ。
それを知っていて口にしているのならこの少女は相当に趣味が悪い。
夕食をともにしながら、さきほどの流れでこんなことを聞いてみる。
「お友達が欲しいのなら今度、そういう催しに参加してみるか」
「でもキッズの群れにうまく馴染めますかね?」
「努力はしてみるべきだな。君は『普通』であることを学んだほうがいい」
「善処するのです。我もそうなりたいと願っているので」
良い心がけだ。
騎士団の調査部が総力を上げて調べているものの、彼女の素性は謎のまま。
この調子だと今の暮らしも長引きそうだし、だったら手間がかからなくなってくれたほうが助かる。
それにしても、リコッタ嬢はいったい何者なのだろう?
伝説にのみ語られる古代種の末裔か。
あるいは獣人ではなく、迷宮の奥深くに潜むという『魔族』との混血。
この際だ。ちょいと探りを入れてみよう。
「それとも人間以外のお友だちのほうが嬉しいか」
「ジークはどうなのです。人間以外のお友だち」
「俺も昔は魔物とお友達になりたいと思っていたよ。なかなか難しいが」
「カクタシーさんならいけそうですけどね」
「相手のほうが嫌がるだろ」
「確かに。でも仲良くなれる可能性だってなくはないです」
リコッタ嬢はクスクスと笑う。一応、人間側からのコメントだったな。
しかし実際のところ、種族がどうとかはさして重要ではないのかもしれない。
今日の話について言うなら人間のほうがよっぽどろくでもないことをやっている。
カクタシーからしてみれば、魔族よりもよっぽど恐ろしい『化け物』に見えるだろう。




