10ー12 あなたの無様で可愛いところを見せてほしいのです
前半ゲシュペンスト→後半リコッタ嬢視点になります
相手の姿がふっと消えた。
次の瞬間、ゲシュペンストの身体が紙屑のように吹っ飛んだ。
遅れて、鈍い痛み。
しかしそれよりも、驚きのほうが大きかった。
「がっ……! 馬鹿な! 結界が効いていないだと!?」
「いえいえ。ばっちり遅くなっています。パワーもだいぶ落ちていますね。今ので仕留めるつもりでしたのに、まだピンピンしているのですから。次はもうちょい強くいきますよ」
「おぼっ! 速い速い速い! ま、待って……」
「えーい、なのです」
少女はふわりと宙を舞い、軽やかな動きで回し蹴りを放ってくる。
しかし一撃はありえないほど重い。
とっさに防御するも、腕ごと持っていかれてしまった。
状況についていけない。
天賦と魔法による多重結界は効いているはずなのに、相手は平然と動いている。
弱体されてなお――この速さと威力なのか!?
「罪なき少女を狙う暗殺者! 正義の鉄槌を下されて然るべき社会のクズ! ゆえにどんだけしばいたとしても、みんなに嫌われることはありません。むしろ感謝されるかもしれないです。ありがたい。ありがたいですよねえ。やはり世の中には雑に扱っても問題ない底辺の生き物が必要なのです。もっと泣いてわめいて、あなたの無様で可愛いところを見せてほしいのです」
「あぎゃっ! やめ、やめて……」
「そうそう。他人をおもちゃにするのってほんと楽しい!」
ゲシュペンストは無様に悲鳴をあげ、ごろごろと転がった。
真に恐ろしいのはこれほどの動きを見せているにも関わらず、相手からまったく魔力の気配を感じないことだ。身体強化の魔法すらかけていない――素の状態で、多重結界の弱体を受けながら神速の攻撃を繰り出しているのである。
もはや悪夢だ。現実感がまるでない。
ひひひ、ひひひと、自分の口から漏れたとは思えない笑い声が響いている。
相手もクスクスと笑っていた。
「さて。汚物は消毒いたしましょう」
少女はいったん距離を取り、胸いっぱいに息を吸う。
そしてお歌を口ずさむように、そっと吐きだした。
花の蕾のように愛らしい口から、炎の奔流が溢れだす。
視界が真っ赤に染まる。
驚きも。
熱を感じる暇さえなく。
ゲシュペンストと呼ばれた暗殺者は、跡形もなく燃えつきた。
◇
気がつくと、リコッタ嬢は路地裏に立っていた。
術者が息絶えたことで結界が消滅したのだろう。
見れば地面にぽつんと、ジークのペンダントが転がっている。
よかった。
一緒に燃やしてしまったかと思った。
そう安堵したのも束の間、
「げほっ……げほげほ! おぼっ……ぎひぃ!」
死ぬほどむせた。
やる前に気づくべきだった。
この身体は火を吐くのに向いていない。
地べたに転がってのたうちまわっていると、ジークがようやく姿を見せる。
「大丈夫か!? リコッタ嬢!」
「も、問題ないのです。盗まれたペンダントもばっちり取り返しておきましたよ」
「そんなことは今どうでもいい! どこも怪我はしていないか?」
我がピンピンしていることを確認して、騎士様は安堵の息を漏らす。
心配していたのはわかるがほっぺたをぐりぐりするな。無礼者。
「頼むから無茶しないでくれ。ペンダントなら代わりはいくらでもあるが、君はそうじゃない」
「でしたらそそっかしい真似をしないよう気をつけるべきです。普段むっつりと偉そうにしているくせに、盗人ごときにしてやられるとは。筆頭騎士って案外たいしたことないのですね」
「ぐっ……。返す言葉もないな」
本気でショックを受けているようだったので、ちょっと面白かった。
我はジークに嫌われたくないが、嫌がることをするのは大好きらしい。
満足したところで、膝をついたまま両手を伸ばす。
あえて言葉にせずとも、騎士様は小さな身体をぐっと抱えあげてくれた。
「おんぶではなくお姫様だっこ」
「やかましい。これだって人に見られたら恥ずかしいんだぞ」
「いいじゃないですか。好感度めっちゃ上がりますよ」
「子どものくせに可愛くない発想だな」
今度はジークが痛いところを突いてくる。
純粋な少女を演じるのは難しい。
ならば黙っていたほうが、ボロを出さずにすむだろう。
そのまま夜の市場で、通行人にクスクスと笑われながら。
帰る家があるのはいいものだと、つくづく思った。
次回から第二話になります。
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