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2ー4 王都魔法生物研究所

ジーク視点の話になります。


 王都魔法生物研究所は、黒騎士団と同時期に設立された比較的新しい組織だ。

 エルカザードでは古くから魔物の肉体の一部を『素材』として活用してきたが、そういった技術が進歩するにつれて、より専門性の高い研究をする部署が必要になったからである。


 広大な敷地は見上げるほど高い塀に囲まれ、上空は『使い魔』と思わしき鴉が旋回している。砦や刑務所を思わせる建物の入り口も警備は厳重で、公僕である騎士団の人間であっても訪問の許可を得るのは容易ではない。

 普段から多くの軍事機密を扱い、地下にはかつて王都に甚大な被害をもたらした魔物の標本も眠っているのだから、外部からの立ち入りに神経質になるのは無理からぬことだった。


 守衛から入念にボディチェックを受けたあと。

 魔力を帯びた鉄製の扉を何度もくぐり、カクタシーが収容されている区画に足を踏み入れる。

 ――暗い。

 それになんだろう、この散らかりようは。


 ジークは異変が起きていることに気づき、警戒を強める。

 横倒しになったデスク。床に散らばった研究レポート。砕け散った陶器のカップ。

 白衣を着た職員が数人、口から泡を吹いて倒れている。

 首筋に手を当てて脈があることを確認したあと、慎重に奥へ進む。


「死ね! 筆頭騎士!」


 とっさに首を傾け、死角から放たれた真空の刃を回避する。

 明確な殺意。

 デスクワークの研究者しかいない施設にしては、ずいぶんと手荒い歓迎だ。

 

 敵は魔法使い。しかも詠唱なしで発動したことからして、かなりの熟練者。

 一方のこちらは入り口で剣を預けているから丸腰だ。

 暗がりから相手の声が響く。


「君は今、こちらがあと何発の魔法を撃てるかを考えている」

「それが対魔法戦の定石だからな」

「中級風魔法【エアスラスト】――人間の魔力に限界がある以上、どれほど高位の術者であっても使用回数は二十が限度。つまりそれをすべて回避できれば勝負ありということになるね」

「攻撃専門の魔法使いを相手にするときは、持久戦に持ちこめ。騎士団の教本にもそう書いてある。ちなみに今どきの冒険者は身体強化しか使えないやつも多いらしいぞ。なにせ【エアスラスト】と同じようなことは、魔道具を使えばずっと簡単にできる」


「すべては迷宮に眠る叡智のおかげというわけだ。しかし遺物から得た技術によって発展してきた一方で、冒険者たちは自らの内に宿す『力』を磨くことを忘れかけている。拾い物を使って遊んでいるだけでは、いつまで経っても古代の先人に追いつくことはできないんだよ」


 敵は再び真空の刃を放ったあと、避けたところを狙って雷撃を浴びせてくる。

 ジークは舌打ちをしながら防御魔法を展開したものの、無様に弾き飛ばされてごろごろと床を転がる。

 こうも素早く波状攻撃を繰りだせるのは、魔法使いだけの特権だ。

 魔道具はその構造上、ひとつずつしか起動できない。

 同時に使おうとすればタイムラグが発生し、攻撃に致命的な隙が生じてしまう。


 利点は他にもある。

 魔法は習得さえしてしまえばいつでもどこでも、丸腰のまま戦える。

 覚えている種類のぶんだけ。

 その瞬間その瞬間、臨機応変に攻撃手段を変えられるのだ。


「理想を高く持つのはいいことだが、普通の人間は何種類もの攻撃魔法を瞬時に使いわけることはできない。そしてだからこそ、魔道具の優位性は崩れないわけだ。世の中ってのは一握りの天才ではなく、その他大勢に合わせて回っていくものだからな。それはさておき……顔を合わせるたびに腕試ししてくんのやめてくれないか。本気で殺そうとしやがって」

「退屈しているんだよ。この変わり映えのしない研究者生活に」


 暗がりから男が姿を見せる。

 白衣を着た、ちびで眼鏡のひょろっとした若者。見るからに弱そうな風貌だが、魔法使い蔑視の風潮の中でも、エルカザードでも指折りの冒険者と言われていた凄腕。

 ノア・コーエン。魔法生物研究所、主任研究員。


「我が城にようこそ。かつての相棒、クソったれの筆頭騎士様」


 ◇


 保護されたカクタシーが収容されているのは、魔物の性質を分析することで新たな素材や薬物を開発している部署、通称コーエンラボだ。

 その主任研究員であるノアは筆頭騎士ジークと並んで大衆紙ナラシカジャーナルの『王都でもっとも影響力のある百人』に選ばれている。


「この散らかりようはなんだ。どうして他の研究員たちが倒れている」

「君が来る二時間くらい前かな。カクタシーが一匹、逃げだしちゃったんだよ」

「それってけっこう大変な状況じゃないか? 落ち着いている場合か?」


「大丈夫大丈夫。そもそも檻から出したの僕だし」

「なぜそんなことを」

「君が来るっていうからさ。最近調子に乗っている筆頭騎士様にいっちょヤキ入れてやろうやあなんて言っても、周りは絶対に止めるでしょ? だからサボテン君を逃して大混乱になっている隙に乗じてひとりずつ黙らせて、不意打ちを仕掛けられる状況を作ったってわけ」


 相変わらず目的のためなら手段を選ばないな、こいつ。


「どうして裏方ってのは評価されないんだろうね。研究者になって以降、社会に貢献してきた実績でいえばあきらかに僕のほうが上じゃないか。魔力式の小型通信機、映像投影機、ヒドラの粘液を使った肉体再生薬の開発。冒険者の間では革命と言ってもいい新技術をたくさん開発してきたのに、君がちょっと魔物を討伐したり任務を成功させたりしただけで大衆紙の一面は『ジーク様、またまたご活躍!』だよ? どいつもこいつもきゃーきゃー騒ぎやがって」

「いつも感謝しているよ、お前には」

「うるせえ! そういうところがムカつくんだよ!」


 ノアは悔しそうに地団駄を踏む。

 不憫なのはこいつの私怨に巻きこまれて昏倒させられた、他の研究員たちである。

 会話に一区切りついたところで、ジークは提案する。


「とりあえずカクタシーを探そう。本日の要件は彼らとお友だちになることだからな」

「そんなに焦らなくても大丈夫だって。ほら、言っているそばから」

「ポポ?」

 

 ぎょっとして振り返る。

 見れば緑色の小さな魔物が、腰にぺちょんと抱きついていた。


 肌は多肉植物らしくぶにぶにとした質感で、赤ちゃんの肌を思わせる。

 頭頂部に黄土色をした髪のような繊維が伸びているが、魔物図鑑によると危険を察知した際は硬質化して棘になるらしい。といっても戦闘能力は皆無に等しく、砂漠に生息する狼どころかオアシスの市場で飼われている猫に転がされている姿が目撃されている。


「おお、おおっ……! さ、触っても嫌がられないか……?」

「あたふたするなって。警戒心は薄いから安心しろ」 


 促されるままにそっと抱きしめてみる。

 サボテン君は「にゅーにゅー」と鳴いて、気持ちよさそうに目を細めた。

 目がくりくりで。小動物みたいで。

 あざとさや邪悪さがまったく感じられない、素直に可愛い生き物。


「これだよ! うちにいるお嬢さんとは全然違うっ!」

「そういえば子どもを預かっているんだっけ。よくわからんけど苦労してるんだな君も」

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