表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

1ー7 我、ちゃんと反省する

リコッタ嬢視点に戻ります。

「ごめんなさい反省してますもうしません」

「残念だが、今回の件は謝りさえすれば許してもらえる範囲を大きく越えている。それに君は反省すると言ってはいるものの内心では悪いとは微塵も思っておらず、明日になればけろっと忘れてしまうタイプの人間だよな?」

「さすがはジーク様。知りあったばかりなのに我のことをよく理解されていますね」

「他人をぞんざいに扱う者は、自らも大切に扱われることはないと心しておくべきだ。子どものうちはある程度なら容赦してもらえるが、大人になればそうもいかなくなる。誰からも見放され、孤立するようになってからでは遅いんだぞ」

「ぐっ……」


 今のは痛かった。

 竜だったころに心当たりがあるだけに、ボディブローのように効いてくる。


 ジークのまなざしに怒りはない。

 あるのは哀れみと失望だ。

 だからか急に怖くなってきた。


 姿かたちが変わっても、中身がゲスジゴクのままだったら。

 我はやはりおぞましい『化け物』で、ゆえに誰からも愛されることはない。


「ゆ、許してください……」

「理解してくれたなら嬉しい。俺が今こうして言葉を尽くしているのは、君の中に善良な部分があると信じているからだ。厳しい言葉をかけたとしても、それを受け止めるだけの度量があると踏んでいるからだ。過ちは正すことができる。手遅れにならないかぎりは、何度でも」


 優しく頭を撫でられる。

 今にも泣きそうな顔になりながら、リコッタ嬢は理解する。

 この男は我を『幼い子ども』ではなく、対等の存在として見てくれている。

 呆れ果て落胆したあとでも、諦めずに向き合って、叱ってくれたのだ。

 

「しかし許しを乞うべき相手は俺じゃない。今すぐタクヤを正気に戻せ。そして本人と、巻き添えになったリチャードとデレク、迷惑をかけたこの場にいる全員に心から謝罪しろ」


 完全に幼女と化したリコッタ嬢は、半べそをかきながら小さくうなずく。

 そして、ぴくりとも動かないタクヤの背中を指でつんと押し、


「ちぇい!」

「――はっ! お花畑の向こうに、五年前に死んだはずの爺ちゃんが」


 失敗したらどうしようかと思ったが、無事に成功したらしい。

 タクヤの表情は以前のような朴訥とした若者のそれに戻っていた。


「申しわけございませんサワダ様。あなたの命をおもちゃにして遊んだら面白そうだなあと思ってしまってつい、悪ノリしすぎてしまいました」


 擁護できる余地が微塵もない弁明。

 しかしタクヤは困ったように笑う。


「リコッタ様が悪いわけじゃありやせん。おらになんかする前に言ったすよね? 必要なもの以外は削り取るって。そんで向上心だけを残せば強くなれるって。だとしたらあのとき暴走したのは、自分の心にあるものが原因ってことになるっす。試合の記憶もばっちり残っているっすから。リチャードが倒れたのに剣を止めなかったのは、あくまでおらの意思だったんすよ」

「サワダ様……。寛大なお心遣い、感謝いたします」


「そういうわけなんでジーク様、彼女を責めないでやってください。リチャードやみんなにはおらからも謝るっす。それで許されないってんなら、自分の中にあるものに負けたおらが罰を受けるべきっすよ。リコッタ様は強くなりたいっていうおらの願いを叶えようとしてくれただけ。そりゃちょっとやりすぎたのかもしれないっすけど、そもそもご令嬢の無茶ぶりにだって全力で応えてみせるのが、騎士の矜持ってもんじゃないっすかね?」


 大きなため息を吐くジークに、タクヤは満面の笑みを向ける。

 今の彼に、かつての気弱な若者だったころの面影はどこにもない。


「……結果的に君の悪ふざけが、彼に『きっかけ』を与えたようだな」

「今後はもうちょいやり方を考えます。善意に見えなければ、やるだけ損ですから」

「ははは。そういう返しをするところが、リコッタ様らしいっすねえ」


 散々おもちゃにされたあとなのに、笑って水に流してくれるタクヤも大物だった。 

 しかし今回はたまたま運が良かっただけ。

 自らの行動が取り返しのつかない結果を生んでいたかもしれないことは、しかと胸に刻んでおくべきだ。


 もし彼の命が失われていたら。

 ジークは決して、許してくれなかったはずだから。


 我は変われるのだろうか?

 タクヤのように。

 正直なところ、自信はない。

 ただそのためのチャンスが与えられたことに、今は感謝している。


 ◇

 

 騎士団の面々に謝罪し、晴れて手打ちになったあと。

 ジークと並んで帰り道を歩いていると、ふいにお腹がぐうとなった。


「昼にたらふく食べたと聞いたが、もう次の催促か」

「家まで我慢するのです」

「いや、途中でなにか買っていこう。君も反省してくれたようだしご褒美だ」


 驚いて相手の顔を見る。

 ……甘すぎやしないか? この男。

 とはいえ願ってもない提案だったので、腰にぎゅっとへばりつく。


「嬉しいのです! ジーク、大好き!」

「やめろよ気色悪い」

「ひどくない!?」 


 愕然としていると、照れくさそうな笑いが返ってきた。

 それでようやく、心の底から安堵することができた。

 新鮮な驚きだ。

 我はこの男に嫌われるのが、嫌だったらしい。

 

 王都ナラシカの市場には、色とりどりの看板を掲げた屋台が軒を連ねている。

 とくに人気なのがスパイスをふんだんに使ったひき肉を詰めた、ミートパイだ。

 灼熱の太陽に照らされて汗だくになりながらも、焼きたてのものを頬張っている通行人をよく見かける。

 我慢してでも食べたいくらいなら、さぞかし美味に違いない。

 そう思いジークにねだって買い求めると、期待どおりの満足度だった。


 道ゆく人々を眺めると、ゆったりとした白いローブ姿のエルカザードの民がもっとも多い。

 次いで半裸にタトゥーの獣人たちが続く。

 リコッタ嬢も一応は彼らの仲間ということになっているが、あらためて比べると似ても似つかない。

 人間以外の特徴があれば獣人という、雑な括りがなされているからだろう。

 もっともそのおかげで、差別的な扱いから逃れられているわけだが。


 それと、ジークがそばにいる影響もあるはずだ。

 筆頭騎士は民の間で人気が高く、それゆえに庇護下にある自分も大事にされている。

 彼が今までに積みあげてきた信頼にただ乗りして、特別扱いしてもらっているだけ。

 リコッタ・パンケーキとして得たものなんて、なにもないのが現状だ。

 

 みんなに愛されて、毎日を楽しく過ごす――か。

 道のりは遠いな、まったく。


「今日は大事なことを学んだのです。他人をおもちゃにしてはいけない」

「当たり前だ。馬鹿者」

「我は世間知らずで、身勝手で、だからみんなに嫌われて、ひとりぼっちになったのです」

「君はまだ幼い。少しずつ成長していけばいい」


 そうはいかない。

 本当は、お前よりずっとずっと、長く生きている。 

 こうして『きっかけ』が与えられても、中身は相変わらずの化け物だ。

 しゅんとしていると、ジークが笑いながら言った。


「大丈夫。痛みがあれば、ちゃんと変わることはできるさ」


 なるほど。我は今の身体になって、痛みを覚えて。

 人間のように、弱くなっているのか。

 素晴らしい。

 ゲスジゴクだったころには、なかった感覚だ。


 ◇


 リコッタ嬢がジークと絆を育んでいる最中。

 背後に迫る、不穏な影があった。


 しかしこの『敵』について語るのであれば、いったん過去に遡らなければならない。

 思わぬところで恨みを買う。

 それもまた、人間社会の難しいところなのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ