1ー6 やっておしまいなさい、実験台一号!
前半タクヤ視点。後半は三人称になります。
誰もがデレクに注視する中。
タクヤだけはリコッタ嬢の動きを目で捉えていた。
結果、彼女に対しての印象は一変してしまった。
雷撃のごとき刺突。
しかも相手が持つ剣の柄だけを正確に射抜き、弾き飛ばす技量。
七歳にしてこの腕前となれば、自信満々でいたのも納得だ。
冒険者たちの間で囁かれる噂。
死地において覚醒する『天賦』と呼ばれる異能。
ジーク殿はそういった力の持ち主らしいが……。
リコッタ嬢もあるいは、彼と同様に特別な存在なのかもしれない。
「仲間たちの無礼をお許しください、リコッタ様。あなたほどの剣豪にご指南いただけるだけでも大変な名誉だっつうのに、あいつらなんもわかっていないっす」
「それなりに手加減してあげたのですけど、まだ足りなかったようですね。しかしあなただけは我の一撃を目で追うことが出来ていた。合格です。やはり人間にしては素質がある。なのでこれから、強くなるための秘訣を教えてさしあげましょう」
リコッタ嬢はそう言ったあと、離れたところにいる優勝チームを指さす。
自分たちと同じように、試合前の作戦会議をしている最中だ。
メンバーは先ほど敗れたデレクと、若手ではもうひとりの有望株リチャード。
「次の試合、我はサポートに徹します。あのふたりはあなただけで倒すのです」
「そんな……無茶っすよ! ひとりを相手するだけでもきついってのに!」
「やる前からぐだぐだ抜かすな。負け犬が」
タクヤはひっと悲鳴を漏らす。
リコッタ嬢の口調がずいぶんと荒くなっている。
それだけではない。
全体から漂う雰囲気が、あまりにも禍々しい。
「お前には素早い一撃を捉えるだけの『目』がある。筋肉のつきかただって悪くない。騎士団のスカウトが目をつけたのもそこだろう。腕を磨けばそれなりにやれる潜在能力があるはずなのに、持ち前の負け犬根性が邪魔をして成長できていない。じゃあ自分なりに奮起するなり腹を括るなりすれば強くなれるのか? というと話はそう簡単ではない。なぜなら生まれ持った性根は努力で変えられるようなものではないからだ」
「では……おらはいったいどうすれば」
「本来であれば、他人にそれを聞いている時点で見込みがないと答えるべきだな。しかし我は優しい。とてもとても優しいのだ。たとえば今からお前の故郷に行って、親兄弟をまとめて殺してくるというのはどうだろう。そうすれば怒りと絶望が、タクヤ・サワダという人間の在りかたを根底から揺るがすことになる。うまくいけばそれで強くなれるかもしれないな。大切なものをすべて奪った我に、復讐するために」
冗談――だと、思いたい。
現に彼女はクスクスと笑っている。
不気味なほど、穏やかに。
「しかしわざわざ遠出してまで、お前のためにきっかけを作ってやる義理はない。我は優しいが、同時にとても面倒くさがりなのだ。性根が変わるほど鍛えてやるとか意識改革のためにカウンセリングしてやるとか、そういう手間だってかけるつもりはない。どうせただの暇つぶしなのだから、なるべく手っ取り早く、お前という存在を根底から変えてやろう」
リコッタ嬢は楽しそうに言った。
「今から秘孔を突きます。成功率は一割以下。ミスったら爆散して死にます」
「は……? ちょっ」
「えーい! なのです」
無邪気なかけ声とともに、眉間を指で突かれる。
直後、凄まじい衝撃。
視界が一瞬にして七色に染まり、頭の芯からチカチカとしてしまう。
痛い。熱い。苦しい。息ができない。
全身の血液が沸騰し、胃液といっしょに臓腑まで吐きだしてしまうのではないかと恐怖する。
脂汗をかきながら、なんとか息を整えようとする。
――が、そこで力がふっと抜けて、風に当てられたときのような浮遊感を味わう。
まずい。魂が抜けかけている。
焦り、必死になって手を伸ばす。
身体の中に激しい嵐が吹き荒れていた。
振り落とされたら終わりだ。
捻れても折れても、粉々になっても。
しがみついていなければ。
「そうそう、いい感じ。がんばれ⭐︎ がんばれ⭐︎」
タクヤは気づいた。
リコッタ嬢は善意でも悪意でもなく。
本当にただの暇つぶしで。
自分という存在を、おもちゃにして遊んでいるだけなのだと。
◇
「それでは試合を開始する。両チームとも、準備はいいか」
「はいなのです!」
リコッタ嬢が元気よく手を上げる。
続けて、デレクとリチャードのチームが「しゃっす」と騎士団の若者らしい返事をした。
普段ならタクヤも慌てて声を張りあげ、ロドリコに悪い印象を与えないよう努力していたかもしれない。
しかし今は、無言でうなずくだけである。
威勢のよいところをアピールする必要はない。
愛想笑いなんてもってのほかだ。
すっと目を細め、これからはじまる試合だけに集中する。
ロドリコがこちらを見て、戸惑っているのが伝わってきた。
気弱で冴えないタクヤ・サワダはもはやどこにも存在しない。
お荷物扱いされようが笑われようが、構うものか。
おらは――いや、我は。
ただ、剣の道だけを求めている。
「お前に足りないのは気迫だ。負けん気と言ってもいい。あれば本来の実力以上の力を発揮することもできるが、なければ格下の相手に押し負けることすらある。失敗したらどうしようとためらえば素早く足を踏みだせず先手を奪われる。もうだめかもしれないと挫ければ気力が持たずそのとおりになる。気迫が足りないやつはそもそも向いていないのだ。剣の才能を持ちあわせていようとも、優れた戦士にはなれない」
奔流のような変化に耐えきったとき、リコッタ嬢は静かにそう語った。
彼女の表情に愛らしさは微塵もない。
タクヤを見つめるまなざしは、冷徹な強者のそれだった。
「ないものを得るのは難しい。ましてや他者にすぎない我が与えてやるなんてことは不可能だ。ではどうするか? 答えは簡単だ。必要なもの以外は削りとってしまえばいい。幸いなことにお前は向上心がある。手がずいぶんと固くなっていたからな。お荷物と嘲られようとも、毎日かかさず剣を振ってきたのだろう。ならば戦士ではなく、求道者を目指せばいい」
――それでも結局、行き着く先は同じところだ。
彼女は最後にそう告げると、満足げに目を細めた。
あのときはわからなかったが、今こうして剣を構えていると理解できる。
眉間を指で突かれたあの瞬間。
タクヤの中から向上心以外のすべての感情が、削ぎ落とされたのだ。
動物が好きだった。子どもが好きだった。
訓練のあと、お酒を飲むのが楽しみだった。
騎士団の連中とは折り合いが悪かったものの、町に行けば気兼ねなくお喋りできる友人がたくさんいた。
ゆくゆくはエルカザードの女性と結婚して、家庭を持ちたいと願っていた。
……どうでもいい。
まったく興味が湧いてこない。
我が求めるは、剣。
ほかにはなにも、必要ない。
◇
試合がはじまった直後、誰もがタクヤの構えを見て驚いた。
剣を胸の前で水平に置き、弓を射るようなポーズで静止している。
もっとも動揺したのはデレクだった。
自分が十数年かけて編みだした構えが、お荷物野郎ごときに盗まれている。
それも、完璧に。
得体の知れない恐怖が彼を襲った。
直前の試合でわけもわからぬままリコッタ嬢に剣を弾き飛ばされていたことが、震えに拍車をかけてくる。
紫髪の少女は戦う構えすら取らず、なりゆきを見守っている。
頭にちょこんと生えた二本の角が目立つものの、不気味に感じるのはそこではない。
赤々とした『目』だ。
捕食者が獲物を観察するときのような、冷徹なまなざし。
デレクは気を奮い立たせ、迫りくるタクヤを迎えうった。
渾身の一撃――なんなくかわされる。
手首をくるりと返し、さらなる追撃を仕掛ける。
しかし相手はその動きを読んでおり、剣先で巻き取るようにしてこちらの突きを弾き返した。
乾いた金属音が鳴り響き、デレクの剣が宙を舞う。
またしても……と悔やむ暇すらなく、タクヤの鋭い突きが胸もとに直撃する。
ぐえっと蛙のように鳴いたあと、デレクは白目を剥いて崩れ落ちた。
「――こいつ絶対、なんかおかしいって!」
仲間があっさりと敗れたのを見て、リチャードが叫ぶ。
しかしロドリコは険しい表情で腕を組んだまま、こう告げた。
「タクヤに強化魔法はかかっていない。ドーピングも……やっていないはずだ」
「ズルなんてしてませんってば! 秘孔を突いて脳はちょちょいっとイジりましたけど」
「脳!?」
なんかすげえ怖いこと言いやがったぞ、今。
思わず絶句するロドリコ。
タクヤは剣をうっとりと眺めながら、ブツブツと何事かを呟いている。
「ヒヒ……人斬るの、楽しいネ♠︎ もっともっと、上手になりたい、ナ♣︎」
「いい感じに仕上がってきたのです! さあやっておしまいなさい、実験台一号!」
「副団長お! このガキ、実験台がどうとか言ってますけど!?」
リチャードは半べそをかきながら逃げまどっている。
完全な戦意喪失だ。
ロドリコは試合を止めるべきか迷った。
しかし結局、そのまま続行することに決めた。
遅ればせながら、タクヤの秘めたる才能に気づいたからである。
心の持ちようとはよく言ったものだ。
あのお嬢さんがどんな手品を使ったのか知らんが、負け犬小僧が見違えるようではないか。
リチャードには悪いがちょっと粘ってもらって。
お荷物野郎がどれほど成長するのか見てみたい。
防御魔法があるから大丈夫と、甘く考えていた節がある。
刃先が潰れた訓練用の剣であっても、立て続けに攻撃が当たれば衝撃を中和しきれないという事実を、ロドリコは完全に失念していたのだった。
連撃を浴びたリチャードは尻餅をつき、自ら剣を放り投げて降参を宣言した。
しかし剣を振るう快感に魅了されたタクヤは止まらない。
倒れた相手に全体重を乗せ、喉もとに突きをお見舞いする。
防御魔法に弾かれても。
岩を穿つように、何度も。
やばい! 周囲にいる誰もが息を呑んだ。
ロドリコの制止も間に合わない。
このままでは――。
そのときである。
修練場に一陣の風が吹いた。
ぶわっと砂煙が舞い、視界が遮られる。
どさり。
タクヤもまた、地べたに崩れ落ちた。
リチャードと折り重なるようにして、ぴくりとも動かない。
砂煙の中で佇んでいるのは、ロドリコとリコッタ嬢。
それから、もうひとり。
「いったいなんの騒ぎだ? これは」
筆頭騎士ジークフリード・ジフレッドは呆れたように呟く。
状況を問うているわりに、その両眼は確信を持って一点に注がれている。
「ではでは皆さん。ごきげんようなのです」
「待ちな、お嬢さん。俺だって本気で怒るときはあるんだぜ」
首根っこをつかまれたリコッタ嬢は、うさぎのようにキュウと鳴いた。




